「戦士の飲み物」
翌日月曜の朝、師は労働者たち全員を聖堂に集めました。そうして一人一人に、熱帯の木で作られた簡素な十字架を手渡されました。
「これが、あなたがたの身を守ることがあるかもしれません」
どこか寂しげに、師はおっしゃいました。
「キリスト教徒は保護されるべきと、私たちは考えていますから」
「見せる前に殺されます!」
労働者の一人が叫んだ。
「あいつらは俺たちを見れば殺す。ためらいも何もなく殺す。こんなものを見せる前に――」
「知っています」
師は大きく頷かれました。
「スペイン人たちがこの島を我が物とする様を、私は見てきました。はじめに上陸した時から、ずっと……侵略の戦いで、彼らがどれほどの非道を働いたかも、すべて知っています。私はそれらの戦いに、従軍司祭として同行していました」
師は頭を振りました。
「残されたあなたがたが、どれほどの危険に晒されるかもわかっているつもりです。だが私の知るかぎり、あなたがたを人として扱ってくれる
師は、ご自身が胸に提げた黄金の十字架を握り締めました。
「虫のいい話だとは思います。ですがいつか、本当の意味であなたがたが神の愛を知ることを、私は心から願っています……その贈り物が、神とあなた方を繋ぐ鍵になることを祈っています」
「司祭様は、これからどうされるのですか」
労働者の一人が訊いた。
「八月十五日、私はサンクティ・スピリトゥスの街でミサを行います。その折に、あなたがたの現状を告発するつもりです……そしてゆくゆくはスペインに渡り、王室に
「殺されますよ。……あいつらはみんな殺してしまいます。司祭様も殺されます」
「怖くは、ないのですか」
口々に訴える労働者たちに、師は微笑まれました。これほどに陰りのない晴れやかな笑顔を、師が浮かべられるのはどれほどぶりでしょうか。
「もちろん恐怖はあります。ですがあなたがたが味わった苦痛と恐怖に比べれば、ものの数ではありません……神が共に在る以上、私に恐れるものはなにもないのです」
労働者たちは顔を見合わせました。そして、なにやら小声で話し合っているようでした。
そして一声、ありがとうございましたとだけ言い残し、農場を取り巻く熱帯林へと消えていきました。
一週間後、師と私は身辺の片付けを終え、サンクティ・スピリトゥスへの出発を目前にしていました。キューバ島の中心部にあるその街は、最近スペインとの交易で急速に発展しつつあるとのことです。富の背後に、どれだけのインディオの血が流れているかは想像することもできませんが。
すっかり空になった聖堂で、師と私が二人くつろいでいると、不意に入口の戸を叩く音がしました。
「よかった、まだおられた」
もとの労働者たちが五人、何やら大きな荷物を持って入ってきました。皆が手に麻袋を持っていますが、大きさはまちまちです。
「余所へ発たれる前に、お返しをしたくて」
一つ目の袋からは、石の鉢と乳棒が出てきました。二つ目からは、何やら突起のついた器のようなものが。
「司祭様は、戦いに赴かれるのでしょう」
「それも、とても恐ろしい」
三つ目の袋からは、奇妙な茶色の実がたくさん出てきました。労働者たちが石の鉢ですりつぶすと、嗅いだことのない香ばしい匂いが辺りに立ちこめました。
「海の向こうでは肉や野菜とも交換できる、値打のある実です。すりつぶして飲めば恐怖を取り去ります」
四つ目の袋からは薄黄色の粉が出てきました。何度か見たことのある、トウモロコシの粉です。
最後の五つ目からは唐辛子が出てきました。これも、彼らはすりつぶし粉にしました。
できあがったすべてを、彼らは突起のついた器で水と共に混ぜ合わせました。赤褐色の奇妙な飲み物が、陶器の器の中で泡を立てました。
ひとしきり混ぜ終わったところで、労働者の一人が、師へ器をうやうやしく差し出しました。
「カーカーアトル、という飲み物です」
師は瞑目して十字を切ると、両手で器を受け取りました。
口につけ、器を傾けます。師のこめかみがぴくりと震えました。
労働者たちが固唾を飲んで見守る中、師は器を口から離し、にこやかに大きく頷きました。
「ペドロ。あなたも飲んでみますか」
「えっ」
渡された器には、三分の一ほどのカーカーアトルが残っていました。ぶつぶつと泡が立ち、よく分からない
うっ、と、思わず戻しそうになりました。
苦味と辛味が一度に襲ってきました。
すると、どうでしょう。
茶色い実の作用なのか、それとも唐辛子のためなのか、身体がかっかと熱くなってきました。
これがカーカーアトルの効能なのでしょうか。
五対の目が、私と師に注がれています。師は、いつも礼拝でそうしていたように、穏やかに微笑まれました。
「これがあれば、恐れるものは何もありませんね……あなたがたの想い、確かに受け取りました。私は、必ずやこの非道を広く知らしめ、止めてみせます」
師は、五人の一人一人を抱きしめていきました。
空になった器を抱えながら、私はその様を、ただ黙って見つめておりました。
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