15.半竜人族の少女、魔術談義をする。

龍の国エンデア、首都の宮殿の一室。

そこには“世界龍”をはじめとした多くの龍に、赤や白など特徴的なローブを着た竜、それに鎧を纏った竜人達が集まっていた。

“世界龍”、“幻想龍”をはじめ、“銀角龍”、“死眼龍”、“魂醒龍”…錚々たる顔ぶれが並んでいる。半数以上の竜や殆どの竜人は、その威容に完全に萎縮してしまっていた。

これは先のディグロス皇国侵攻の最終軍議。

戦績、被害、後遺的な影響について話し合い、結論を出して国民に公表することが目的。

戦将として派遣された“幻想龍”、そして副将の“死眼龍”から報告があり、さらに“世界龍”から新たに判明した脅威への対応を指示される。

ここには侵攻に参加していた全ての師団長と部隊長、そして龍と、前回の軍議に参加した者たち、それに傍聴を目的とした者まで数百人が集結している。

一際異様を醸し出しているのは“世界龍”の後ろに彼の能力によって拘束されている人間だろう。その者は皇国で仙匠として【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使用していた老人だった。

「最終的な浸透制圧も滞りなく終了。メレイズ王国に併合統治する事で合意しています。

 数年は小規模な反乱も起こりうる試算が出ていますが現地派遣の二個師団で十分に対処は可能です。」

「反乱規模の予測は。」

ひとりの老人が手を挙げる。

「それには儂が答えよう。

 悪い方向で対処必要数中隊規模の反乱が断続的に発生する。確率三割二分。

 良い方向で数人の暴徒がメレイズの王城前で捕縛される。確率一割七分。」

「承知しました。お答えいただき感謝します。“数賢龍”様。」

司会の竜が静かになったのを見計らって進行する。

「では続けて警戒点について“世界龍”様。」

「これ ー “世界龍”は後ろの人間を指す ー が記憶している時点では二つの文字ダブルスペルまで使う神域存在が確認できる。私の方で調査して仕留めるつもりでいるが、今のところその動向は掴めない。数日中にでも探索をかけるので留意せよ。

 この国に迫った場合はサイルヴァによる足止めと我ら五龍による対処という流れとする。」

その声に“世界龍”の隣に座っている“銀角龍”が頭を下げる。

粛々と話が続く中、一人の伝令が飛び込んできた。

「逸常伝令です。緊急等級Ⅲ。」

跪いて短く言葉を発する竜人の伝令。

「話せ。」

“世界龍”の許可を経てその伝令は口を開く。

「先日シェーズィン・ロイアにて風が発生。

 竜人族の子供が巻き込まれて飛ばされたとの報告が入っています。」

そこまで聞いて、その場にいた全員がその子供の死を予想する。

先日からロイアでは何者かによる連続通り魔事件が発生していた。昨日やっとその犯人が捕えられたと言うことで、ロイアに常駐する龍がそちらの指揮をしているのだ。

そんなこともあり、咄嗟の対応が不可能だろうと踏んだからだ。

更に言えば龍ですらあの風の中を飛ぶのは困難。現に八割以上の龍はあの風の中を飛ぶことができない。

この中には『死者の蘇生』を行える龍が何龍かいるので、その中から一龍を派遣する手順を取ることになるだろう。


エンデアでは、老衰以外の死因において『蘇生される権利』が与えられている。

“魂醒龍”、“聖鐘龍”、“死眼龍”であれば一日、“白金龍”、“祈龍”であれば二日、“世界龍”であれば三日以内の死者を蘇生できる。龍の能力によるもので条件がある場合もあるが、事故や戦死の場合殆どが蘇生されて生還することができるのだ。また、その権利をあえて放棄することも可能だ。過去には敵国の将軍との決闘に臨み、その意思によって華々しく命を散らせた竜人がいたことがある。

このことからエンデアでは死というものは人間や他の種族ほど無条件に恐れるものでもない。“死眼龍”というその要素を持つ龍が居ることも大きな要因だろう。但し、『蘇生される』という事は上記の龍達にその力を使わせることに他ならない。その力を使わせてしまう事は恥であるという意識が強くあり、蘇生された時も体力などが数十年前に弱体化した状態であることから、『死ぬ事』自体避けられている事なのは変わりなかった。


と、ここで“魂醒龍”が気づく。

「待て、この四日間ロイアで肉体を離れた魂は存在していないぞ?」

つまり、死んだ者がいないと言うことだ。

全員の目が伝令に集まる。

「はっ、ウォルと名乗る…」


ガタンッ!!!


ここまで伝令が声を発したところで、三つの椅子が跳ね上がる。

三龍がその名前を聞いて思わず立ち上がっていた。

全員の目が今度はその音の原因である“幻想龍”、“銀角龍”、“死眼龍”に向く。

「すまない、続けてくれ。」

“銀角龍”が謝って続きを促した。

「ウォルと名乗る竜人族・・・の少女が飛翔して追跡し、無事救出したようです。」

ここまで聞いて、この大きな一室が紛糾する。

「竜人族の少女だと!?何かの間違いではないのか!」

「あの風の中を飛ぶなど不可能だ!」

「正しい報告を上げ直させろ!」

怒号が飛び交い阿鼻叫喚。それもそのはず、竜人族には万一にもそのようなことは不可能だとほぼ全員が思っているからだ。

「待て。」

そこに鋭く響くのは“世界龍”の一声。その瞬間瞬時に部屋全体に満ちていた声が止む。

「サイルヴァ、その少女にロイアの風の中を飛ぶことは可能か?」

全員の鋭い目が“銀角龍”に向けられる。

「可能でしょう。我が“銀角龍”の名において断言しましょう。

 彼女は古代魔術オールド・ソーサリーによる飛行術式で龍速を超えます。その力が有れば不可能ではありません。」

それを聞いて反応に困るのは他の面々。

古代魔術オールド・ソーサリーで龍速を超えるなど前例がなく、絵空事のように感じるが、あの“銀角龍”の名で断言されてしまったのだ。

「龍速をっ…!?」

「やはり不可能だ!」

「だが、“銀角龍”様のお言葉だぞ。」

隣り合う者同士で小さく話し合う参加者達。

龍の中にもその事実に驚きを隠せていない者がいる。

「それほどの者なのですか。そのウォルと言う少女は。」

どこからともなく上がったその疑問に答えたのは、“銀角龍”ではなく“死眼龍”だった。

「私と古代魔術オールド・ソーサリーの実戦試合で引き分けた。」

部屋全体が無音になる。その全てを表す“死眼龍”の一言が、沈黙を強制させているのだ。

“死眼龍”は“銀角龍”と並ぶ古代魔術オールド・ソーサリーの名手。二龍目の『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』の称号に最も近い存在と呼ばれているのだ。

“銀角龍”と“死眼龍”は『仙天楼の五龍』に次いで最も力を持つ龍。そんな二龍にここまで言わせるその少女。

「いいかしら。その娘は古代魔術オールド・ソーサリーは突出しているが、他は学び盛りな年頃の竜人の少女。それで幻想舎に編入して学ばせているの。

 追及したりはしなさんな。直接その技量を試そうなどと思わないことよ。」

“幻想龍”がこの話は終わりと言わんばかりに念を押す。

「失礼、責める訳ではありませんので。」

そう言って尚も発言をしたのは“赤煌龍”。侵攻には参加していないが、兵站にあたった龍の一龍ひとりだ。

「その少女の働き、勲章級ではありませんか?

 ロイアの風から命を救ったとなれば、この国の常識を覆したと言っても過言ではないでしょう。」

かなりの龍から賛同の声が上がる。

最古の龍達のお墨付きがあり、全員が報告を真実であると認識したようだ。

「そうだな。一考してみよう。」

そう言ったのは“世界龍”。

“世界龍”には“赤煌龍”の真意が分かっていた。

そのままにしておけば確実に国内に話が噂として広がる。するとそれを聞いた一部の魔術自慢の者が真似をしだす可能性があるのだ。

ウォルには龍速を超える術式の強さと最高峰の“死眼龍”に比肩する練度がある。だからこその結果なのだが、半端者が同じことをしようとしても水面やロイアの大地に叩きつけられて命を落とすだけ。それを間接的に止めると言う意味で『特別である』ことを示す勲章の授与は効果的なのだ。

その後はロイアの話題に触れることなく最終軍議は終結した。

結果としてその後に臨時の勲章授与審査会が“世界龍”の召集で開かれた。その知らせが当の本人に届くのは少し先の話になる。


最終軍議から日付は少し遡り、幻想舎。

ウォルはひとり訓練室の中央で座っている。

最近はロノやキコリコ姉妹に声を掛けず、ひとりでここにいることが多かった。

目を瞑って古代魔術オールド・ソーサリーの術式を構築するときの姿勢をとる。だが、今回ウォルが挑戦するのはそれではない。

魔術ソーサリー』。

古代魔術オールド・ソーサリーの源流にして、自らの意思を直接術式として作用させる古来の技術。

ウォルはそれを習得せんと訓練を行っていた。他の三人を誘っていないのはこの為だ。

この場にウォルを超える古代魔術オールド・ソーサリーの使い手はいないので、必然的に独学となる。

多少は書庫の本が参考になるものの、それも微々たるものだ。

『自分の意志をそのまま…。』そうは思うものの、ウォルの思考は古代魔術オールド・ソーサリーの方に直結している。考えるだけで術式が構築できてしまうので、逆に魔術ソーサリーを使うことが難しいのだ。

一日中そうしていたウォルだが、その日は結局その成果を得ることはできなかった。

夕食くらいは一緒に食べようとロノからの誘いを受け、料理店レストランに向かう。テーブルにはロノとキコリコ姉妹が待っていてくれた。

みんなの指にウォルから送った指輪がある。

ウォルが席に着くや否や、リコが身を乗り出して喋り出した。

「ねぇ、ウォル?この指輪なんだけどさ。

 ウォルの力で何か四人の仲間を示す術式を付与できないかな?」

リコがウォルにそう提案する。

「いいかも!それ、名案じゃない?どんな術式がいいかな?」

ウォルがそう返すと、ロノが待ってましたとばかりに次々と提案する。

そのことを考えていたのはリコだけではないようだ。

「お互いの居場所が分かるとか!

 指輪で話ができるとか!

 なんか物を送り合えるとかも面白そう!」

実際にそれを付与するのはロノではなくウォルなのだが、そのことを考えずにどんどんと案を並べていく。だが、それも問題ない。今のウォルの手にかかればなんとも容易いことなのだ。

「おっけー、ちょっと待ってね。」

そう言ってウォルは頭の中で術式を作り、それらを全て組み合わせて一つの型を作る。

「できた。みんな指輪をこの机に置いて?」

そう言ってウォルは自分の指輪を外し、目の前の机に置く。

四つの指輪が並んだところで、ウォルはそれに向けて術式を埋め込む。

「第六十八型、〈“友情の輪メイト・メモリアリ”〉」

その術式を受けた指輪は輝きを発する。

四人は机から自分の指輪を取って眺める。淡く光って仄かに熱を発している。

「ロノが言ったこと、全部詰め込んでみた!

 あとは強化とか、守りの術式も入れておいたよ!」

あっという間に超技術オーバーアーツの詰まった魔術具の出来上がりだ。

原初の言葉オリジンズ・スペル】を付与ペーストした訳ではないので聖遺物などには含まれないが、人間の国で言えば国宝級。

「指輪をつけた状態でもう一方の手で触って、話したい、と強く思えば声が繋がるし、これを送りたい、と目の前にあるものを念じれば相手に受け取り許可が行ったあと、転送ができるよ。

 あとは、探索って言えば他の三人がいる方向に矢印が出るようになってる。長さでその距離もわかるよ!」

嬉々として説明をしていくウォル。

「ねぇ、これやばい・・・のなんじゃね?」

キコがそう言うが、作った本人はそれを自覚していないし、ロノははしゃいで聞いていない。

リコだけがゆっくりと頷いた。

「あとは、身体強化と半自動展開の盾がひとつ。無意識の攻撃に対して展開するけど、自分の意志でも狙ったところに出せるよ。」

ウォルは説明がめんどくさかったので口に出さなかったが、そのほかにも仕掛けギミックがたくさんある。

えぐい・・・ものでいけば、『ウォルの組んだ三つの術式から相手によって自動で有利な組み合わせを作る反撃カウンター術式』、『【原初の言葉オリジンズ・スペル】を感知して警告を発する仕組み』、『所持者が命の危険に晒されたときに、指輪が感知できる範囲で他の三人に状況を伝達する仕組み』などだろうか。

これはウォルの実験も兼ねていた。

中でも【原初の言葉オリジンズ・スペル】の感知はウォルが独自に作り出した術式で、先日の体験から自身の感じた感覚が元になっている。

これがあるのと無いのとでは状況判断が格段に違ってくる。ウォルは【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使用する相手と対面したとき、感知して避けると言う戦法を考えていた。

所謂『当たらなければどうと言うことはない』と言う理論だ。

もちろんホールンさんのような熟練者にそれが効かないことは分かっているが、初撃を避けることができれば相手に大きなプレッシャーをかけることができる。

その隙に逃げることも、誰かを救出することもできる確率が上がるのだ。

一通り指輪の使い方を説明したところで、四人の話は明日の講義のことやシャレンが盛大にやらかしたのを見た話、などその指輪からは遠ざかっていった。

ロノの話を聞いて爆笑した四人は、まだ夕食が来ないのは自分達が注文していないからだと気づく。

慌てて四人はメニューの中からそれぞれの夕食を注文する。

「本日のやつのA!」

「私はお腹空いてないからサンドイッチでいいわ。」

「ひとり鍋セット!リコ、ちゃんと食べなきゃダメだよ?」

「私はー…『シチューで!』」

それを言って、ウォルは気づく。

今自分が発した言葉が、ここ数日追い求めていたものにとても似ていたからだ。

魔術ソーサリーの原理は『宣誓』なのではないか?と。

今のメニューの注文、それは自分が何を食べたいかを表明すること。

ホールンさんが魔術ソーサリーを使ったときのことを思い出してみると、あれも自分がどうするか、相手をどうしたいか、と言う宣誓だ。

三人は目の前のウォルの目が突然変わったことに気づく。この目をしているときは何かを考えている時だ。

特に古代魔術オールド・ソーサリー関連で。

ウォルの目が空中を泳ぐ。頭の中で思考を反芻しているサインだ。

その目が止まり、一度ゆっくりと瞬きをする。その様子を三人は何も言わずに見つめている。

ウォルは急に机に両手を置いて深呼吸をし、一度頷くと口を開く。

「“私はロノの後ろに転移する”。」

ウォルの口から漏れたのは普通と言葉とは異なる音。だがその意味を他の三人は理解することができた。

刹那、ウォルが三人の視線の先の椅子から消える。

その気配はロノの後ろに移っていた。

「うそ…。」

リコの口から声が漏れる。

いつぞやの“銀角龍”と同じ動き。それが魔術ソーサリーであると理解したが故に。

「“私は再び椅子に座る”。」

そしてウォルは椅子に戻る。

そのあと四人は夕食が運ばれてくるまでに一言も発することができなかった。

「Aセット、サンドイッチ、ひとり鍋セットにシチューです。」

その声が四人の静寂を破る。

「ウォル、魔術ソーサリー使えたの?」

「ううん、今できるようになった。」

「どゆことー!」

ロノが大袈裟に、そして実際に吹っ飛んだ。その顔に浮かぶのは驚きと笑顔。

「すごい!ちょっと、ほかに何も言えないけど、すごい!」

突然の出来事にリコは語彙力を失っている。

「他にも使えるの?」

キコの問いかけにウォルは魔術ソーサリーで応える。

「えーっと、い、み…“水が四人のコップに注がれる”。」

ウォルの視線を受けた水差しがひとりでに空中を動き、ほぼ空になっていた四人のコップに順に注がれていく。仕事を終えた水差しは自分の定位置へと帰っていった。

三人の視線が再びウォルに集まる。ウォルは照れ隠しに無理やり話題を転換した。

「食べよ!冷めちゃうよ。」

「なんでそんなすぐに切り替えられるのよ。

 自分の凄さをもうちょっと自覚して、誇った方がいいってほんと…。」


夕食とお風呂を終えて部屋に帰ってきたウォルは、ベッドに座って首飾りネックレスを手に乗せる。何かあればこれを使って連絡できると言っていたので、魔術ソーサリーが使えるようになったことをディースさんに報告しようと思ったのだ。

やり方がわからなかったので、色々試してみる。呼びかけてみたり、古代魔術オールド・ソーサリーを使ってみたり。

そして、試行錯誤の後に龍力を由来するものなのではないかと気づいた。

ロノに教わった龍力の循環 ー ウォルは竜人族なので竜力だが… ー を使って、飾りチャームに力を流す。

それは正解だったようだ。

界が繋がったような感覚がして、すぐ向こうにディースさんがいる気配がする。

「ディースさ…」

そう呼びかけようとしてウォルは一度留まる。

そう言えば、ディースさんはこれを渡したときに呼び捨てで構わないと言っていた。

緊張するが、思い切って話しかけてみる。

「ディース?聞こえてる?」

「おお、その声はウォルだな。聞こえているぞ。」

向こうもウォルがこれを使ったことを分かっていたようだ。驚いた様子もなく自然な返事をくれる。

「今どこにいるの?忙しくない?」

まずは相手の様子を確認する。相手は“死眼龍”。重要な会議でもしていたら、それを中断するわけにはいかない。

「ああ、大丈夫だぞ。ホールンと食事をしていたところだ。」

『ホールン、ウォルだ。私があげた話術石…』

くぐもった遠い声がして、そうホールンさんにウォルのことを伝えているのが分かる。

「こんばんは、ウォル。」

急にホールンさんの声が鮮明に聞こえる。ディースが集音範囲を拡大してホールンさんとも喋れるようにしたのだ。

「こんばんは、ホールンさん。」

「初めての通話だが、何かあったのかな?怪我や危険な事でなければいいのだが。」

そう簡単に連絡は来ないと思っていたのだろう。ディースさんが心配している。

「大丈夫、元気だよ!」

「そうか、それは良かった。ということは、何かニュースがあるのかな?」

流石は“死眼龍”。あたかもウォルの思考を見抜いて、話しやすくしてくれているようだ。

「あのね、あのね、私、魔術ソーサリーを使えるようになったの!」

「何ぃ!?それは本当か!」

本当ガチか!!」

二人がとても驚いているのが分かる。

「ゴホンゴホン、ウォル、どんなふうに習得したのか教えてくれるかい?」

思わず素で出た声を取り繕うように咳き込み、ホールンさんが聞いてくる。

料理店レストランでね、メニューを頼むときに、それが魔術ソーサリーに似てると思ったの。それでね、明確な意思表示と宣誓が必要なんじゃないかと思って。」

「ほほーう。なるほど、そういう至り方をしたのか。」

「確かに似ているな。そこから『宣言』に持っていったのか。」

二人が感心しているのが分かる。身近なことから着想を得て一つの高みへと到達したのだ。

「素晴らしいですね!」

「凄いぞウォル!」

二人がしきりに誉めるのを聞いてウォルはとても嬉しくなる。

「それから、今日新しい古代魔術オールド・ソーサリーを作ってみたんだけど、どんなふうに作用するのかイマイチよく分かってなくて。

 ちょっと考えを聞かせてほしいの。」

この二人になら気兼ねなく相談できる。

「おお、いいぞ、もちろん。」

ウォルは二人に【原初の言葉オリジンズ・スペル】を感知する術式について話す。

「ウォル、詳しく。」

ホールンさんが食いついてきた。

ウォルは自分の経験を織り交ぜたこと、訓練室と“世界龍”に付与してもらった小物には反応したことを細かく伝えた。

「ウォルの判別した意識を複製して構築しているのかな。」

「おそらくそうだろうな。だが、よく打ち消されないな。」

向こう側で二人も議論をしているのが聞こえてくる。

「判別だけだからではないか?認知に留まっているから中立で在れる。」

ウォルはそんな二人にさらに細かい疑問をぶつけていった。

「これ、それがどんなものかみたいな解析系まで含めると負けるってこと?」

「そうだな。『有るか否か』で留めたことで効果を保持できたのかもしれん。」

「干渉術式判定にならない条件って何?」

「改変しない、暴かない、動かさない。」

ウォルの質問に二人はどんどん答えていく。ここはまだホールンさんの方が経験があるのですらすらと回答しているが、実を言えば当のホールン本人も自分がわからない問いが飛んでくるのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。

「私の眼は弾かれるが?」

「そうなの!?」

「それはお前、あわよくば有利を取ろうと言う意志が強すぎるんだよ。」

ディースの自分の力を利用した高度なボケも光る。

「これ反撃カウンター術式組める?」

「一度受けてみないと分からんなぁ。」

「無理じゃないか?ウォルの感覚フィーリングを欺くのは。」

「あ、やっぱり根底意識の方が防げないよね。」

繰り広げられるのは三人の専門家プロフェッショナルの会話。

こうなったらもう止まらない。次から次へと古代魔術オールド・ソーサリーの話題が出てくる。

後半になってくるとウォルも自分の研究結果を踏まえて二人の疑問に仮説を提示したりしている。

「この前“雲龍”と“光龍”が来てな、探索系術式で防御系術式を打ち破るという新説の添削を押しつけて帰ったんだが、どう思う?」

「えー、それって探索系の透過性を利用しただけなんじゃないの?確かにそう見えるけどさ。」

「やはりウォルもそう思うか。」

「それかその透過性自体に攻撃術式を混ぜて乗せちゃえばいける?それを言いたいなら。

 だったら、移動系にしたほうが簡単でしょ。

 ちょっと防御直前で自動回避する術式作ってみるからそれで実験してみる。」

「それあれか、“視線の楔スパイク”みたいな半精神系統なら…。」

「あー、そっち?」

「うーむ、それにしては理論が単純すぎて使えんのよな。なんかネタを提供してくれないか?」

「要素を交えた術式の強弱理論、あれ面白いと思うの。

 自然現象に対する影響とかどう?

 もしホールンさんがやらなければ私やってみようと思ってるけど。」

「自然現象か…。面白いかもしれんな。

 一度自身と違う要素現象の術式を構築した時の事は考えたが、そうか、そことも比較する必要があるな。」

「お、考えてみる?」

「ウォルの提供をありがたく頂戴しよう。」

やはり議論だけで収めることができないのが古代魔術オールド・ソーサリーだ。実際に術式を構築して実験する過程が必ず必要になる。

今この場で話し合っても、結局実践を経て結論という流れなのだ。

議論の話題がなくなってきた三人は近況報告のような雑談を始める。

「最近私の執務室に幻想舎での龍議に参加した龍が古代魔術オールド・ソーサリーの指導を受けによく来る。あの時の二人の試合が相当響いているらしい。」

「実際の龍の練度ってどんな感じなの?二人は置いておいてさ。」

「まぁかなり差があるが…。上が多少突出していて、そこから技術力が低い奴が階段状に増えていく感じか。」

かなり辛辣な意見がディースから出る。

「そんなに辛口評価なの!?」

「実際にウォルとの試合を経験してしまうとな。

 ホールンとも模擬戦をするが、やはり一人一人違うから新鮮だったんだ。

 それでこちらに戻ってきてみれば練度の低い龍ばかり。」

「確かに、言わんとする事は分かる。」

ホールンさんの同意も入る。

「かと言って【原初の言葉オリジンズ・スペル】の練度が高いかと言えばそうでもない。テコ入れが必要か?」

「はっはっは、やめておけ。お前がテコ入れをすれば死龍が出る。」

「死龍って…。」

「そうだな、訓練量で圧死させてやるか。」

ここでホールンさんが時計を見て絶句する。

その時間は例に漏れず日付を超えてしまっていた。ホールンさんとディースの前にある食べかけの料理はもちろん完全に冷えている。

「まさかこんな時間だったとは!」

「うそ、うわ!」

「しまった、つい夢中に…。」

話の最後でディースがウォルに提案をする。

「ウォル、今度の休みっていつだ?ホールンと私はしばらく首都を離れられそうにないから、こちらに来てくれると嬉しいんだが…。」

「えーっと、五日後?」

「よし、私もその日なら動ける。」

「やった、じゃあその時に首都に行くね!」

一言二言でウォルの首都行きが決まってしまった。

「長く拘束してしまって悪かったな。」

「すまない、時間が…もしこちらに来るまでに変化したことや判明したことがあれば是非これで伝えてくれ!」

「わかった!時間は大丈夫!ありがとう色々聞いてくれて。」

「ええ、こちらこそですよ。」

「じゃあな、ウォル、良い夜を!」

「うん、おやすみ!ディース、ホールンさん。」

ウォルは循環させていた竜力を切る。それと同時に向こうの音も聞こえなくなった。

ベッドにそのまま寝転んだウォルは、自然と笑顔になる。

古代魔術オールド・ソーサリーを語り合うことがこんなに楽しい事だったとは。

ホールンさんの意外な一面も知ることができた。話に夢中になったり驚いたりするといつものとても丁寧な口調ががっつり砕けるのだ。

新しい情報もたくさん教えてもらったし、明日も魔術ソーサリーの実験をしてみよう!

そう思いながらウォルは部屋の明かりを消す。

古代魔術オールド・ソーサリーの新しい実験』、『二人とおしゃべりをする事』。

二つも、ウォルの楽しみが増えた。

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