28.半竜人族の少女、再び宮殿へ。

幻想舎に帰ったウォルは久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。

朝日を浴びて起き、朝食をとって何人かに古代魔術オールド・ソーサリーを教え、昼食。午後は講義や訓練室での自主練を監督し、ロノやキコリコ姉妹とおしゃべりして晩ご飯。お風呂に入って『夜の旅列ナイトライン』を見て就寝。

今までの激動の日々と比べると圧倒的にスローライフ。

因みにウォル自身が古代魔術オールド・ソーサリーを訓練するときは自分の部屋で自らが防御術式を張った状態で行うようにしていた。現時点でウォルが取り組んでいるのは時間を操作する術式と世界に干渉していくための術式。ルイン様の片眼鏡の協力も受けて、世界最高難易度の術式を作り上げようとしていた。

訓練室に張られた防御式はウォルの術式を打ち消したり改変してしまう可能性があるので、ステアに許可をもらって自室で行っていたのだった。

一週間ほどが経ったとき、ステアから幻想舎のみんなが召集を受けた。いつかのように夕食の時に集まれという内容。

十一人が席に着いたところで、ステアが喋り出す。

「今日はみんなに大事な連絡があるわ。

 これからの将来を左右することだから心して聞いてほしい。」

その前置きに全員が姿勢を正す。

「読み上げるわね。」

そう言ってステアは手元の紙を読み上げ始めた。

「『仙天楼の五龍』の決定により、高等舎に在籍する全てを即時に参画させる。

 ついては明日の正午より宮殿にて謁見式及び所属の伝達が行われるので全てが参加すること。服装等については正装又は軍服を着用。」

ステアが読み上げた紙を丸めていく音だけが響く。

「すみません、即時に参画、というのは…?」

内容を飲み込めずに質問をしたのはアイシャ。

「そのままよ。高等舎にいるすべての生徒は明日をもって卒業扱いになり、明後日からはそれぞれの新しい所属に配属になるわ。」

そのステアの返事を聞いてもまだ殆どの仲間は頭の上にハテナを浮かべている。

「そちらに跳ぶぞ。」

急に響いた低い声。

全員がその声が出た先を見る。それはウォルの首飾りネックレスからの声だ。

「ディース!?」

ウォルは席から飛び上がるのと、テラスに黒い影が現れるのはほぼ同時だった。

硝子ガラス扉の向こうに見えるのは黒衣集のマントを羽織り、手には大鎌を携えた“死眼龍”。

「お疲れ様。どうしてこっちに?」

ウォルが駆け寄ってそう問うと、ディースは手に持つ大鎌を自らの収納にしまいながら一枚の丸められた紙をそのままウォルに手渡した。

「これを届けるためにな。“世界龍”様からの命だ。

 それから今回の事態を説明する役目も負っている。」

そう言ってディースはウォルの後ろ、席に座った幻想舎の面々を見回す。

「私が説明していたのよ?」

ステアがそう言うが、ディースは今の状況を瞬時に見抜いて反論する。

「この状況を見るに説明が不十分だ。皆理解できていないようではないか。」

その声にアイシャやガジアゼードが救われたとばかりに目を向ける。

「近く、『仙天楼の五龍』より国家非常事態宣言が発令される。“世界龍”様が我が国に対する侵攻を予知された。

 それによって緊急事態に対応するため高等舎に在籍する者を参画させ、備えることになったのだ。一定数の首脳部が被害を受けることまでほぼ確定しているので、新たにそれを補填する新興の力を慣れさせておきたいということだ。」

将来的にこの国の首脳部として成長する高等舎の生徒を繰り上げてその内容に対応させることで、急な交代に備える。ディースの説明で今置かれている状況とその対応の意図を把握したみんなはやっと理解の顔色を浮かべる。

それでも心配そうな表情は失われない。

「まだ経験の浅い私たちが繰り上げで卒業してしまっていいのですか?」

四年前に高等舎に入ったばかりのキコリコ姉妹が疑問の声を投げる。

高等舎は平均で十年はそこに在籍することになる。それに比べればまだまだ経験が浅いということだ。

「それについても明日に伝達があるが、そこまで心配する必要はない。

 君たちは最優先で保護されると同時にまだ訓練を受けてもらうことになる。大戦に参戦するということはほぼ無いと言っていいだろう。まだその大戦も起こっていないからいつになるかはまだ確定していないがな。」

つまりは『全ては明日に決まる』ということだ。

ディースの説明も終わり、食事が始まると皆一斉に明日や今後についての話になる。一体何が起こっているのだとそれぞれ憶測を話し合うが、『帝国最強の鉾』たる“死眼龍”が行動に自らの武器を携帯している様子からそのことの重大さが計り知れた。

ウォルはというと、一つ席を移ってディースと共に座り、話し込んでいる。短剣を見せられただけで実感が湧いていなかった幻想舎女子ガールズも、その様子を見てその関係を目の当たりにする。

その話を知らない男たちはいまいち状況が掴めていないようだ。

「あの二人は?」

「お互いの短剣を持っている、といえば分かる?」

「本当か!?」

そんな会話が繰り広げられる。

「ウォル、その紙を見てみるといい。

 私もまだ何が書かれているか知らないが、これからのウォルの動きが分かるはずだ。」

「うん、見てみる。」

ウォルがその丸められた紙の封を切ると、中に書かれていたのは“世界龍”からの依頼書だった。命令というよりは、『こうしてくれると嬉しい』というニュアンスの内容だ。

まず、ウォルは幻想舎を卒業の後、便宜的に黒衣集の番外に所属となる。方面司令官である“死眼龍”と共に行動をし、魔術師マスター・オブ・ソーサリーとして援護系統の力を振るってほしいという依頼。

さらに明後日から始まる高等舎在籍者及び龍に対する訓練にも、古代魔術オールド・ソーサリーの指導者として参加してほしいという内容もあった。

「黒衣集番外!?うーむ、なるほど、そうなればウォルを縛れるのは私とホールン、それに五龍だけになる。

 実質的には『自由に動いてくれ』ということだな。」

「要するにこれってディースと一緒に行動しろってことでしょ?」

「ああ、そういうことだ。」

そこまではウォルが受け取った紙の一枚目。

そして二枚目には大きく機密と書かれた判が押されていた。

魔術師マスター・オブ・ソーサリー、黒衣集番外であるウォル・ヴァイケイル・ドラギアに、援護・救助を主な任務とする特殊部隊の設立を依頼する。

 最小人数三、最大人数八。上官を“死眼龍”とし、拠点は幻想楼及び首都宮殿。部隊の編成は設立者に一任。

 詳細は少人数協議の際に伝える。ぜひ前向きに考えてほしい。

 “世界龍”ルイン・ジュオクセン』

「これは?」

そう言って手渡された紙を読み、ディースは頭を抱える。

「これは初耳だ。

 ウォルを殺し合いに参加させる気は無いが、戦争には参加させるということか。確かに魔術師マスター・オブ・ソーサリーを持て余すことは“世界龍”様に限って無いだろうが、このようなことをお考えだったとは。

 この少人数協議というのは明日の夜に行われるもののことを言っているのだろう。その時に聞いてみるしか無いかもしれないな。」

「分かった。それには私もディースも参加するってことでしょ?」

「ああ。」

「じゃあ私から聞いてみる。

 もしその場面がなかったら、ディースにお願いしてもいい?」

ディースはしっかりと頷く。

「もちろんだ。

 慌ただしいが、明日にまた迎えに来る。」

「もう行っちゃうの?」

「“祈龍”様のところにもいかなければいけないからな。

 すまんな、長く居れなくて。」

「ううん、それなら大丈夫。気をつけてね。」

夕食をとるウォルを残して、ディースは立ち上がった。

「ステア、私は行くぞ。また明日に来る。」

「はいよ。」

ウォルの時よりも遥かに簡単な挨拶を済ませ、“死眼龍”は転移して消える。

様々なことが重なった突然の出来事に幻想舎の混乱は続いている。


その夜ウォルが訓練室に掛けられている防御術式をいじっていると、幻想舎所属の十人全員がその部屋に入ってきた。

「ウォル、お願いがあるの。」

「「「「古代魔術オールド・ソーサリーの発展を教えてください!」」」」

ロノの声から始まったそのお願いと共に、みんなが一斉に頭を下げる。

「発展?発展と言ってもさまざまな系統があるから…。

 古代魔術オールド・ソーサリーを教えるのはいいけど、具体的に何を習得したいかによって変わってくるよ?」

突然の出来事に驚きながらも、ウォルはひとまず全員を輪になって座らせそのお願いの真意を聞いた。

シャレンが代表して答えるには、明日から予想だにしなかったことが起きてこの幻想舎を卒業することになるが、まだ習得できていないものがたくさんあるので今晩だけでも目一杯自分の力を高めたいということだった。今までのウォルの教えのおかげで二つ三つの術式の並列展開、それに無言展開を習得していた面々は、さらに上の技術を学ぶことを望んだのだ。

「いいよ、教えてあげる。

 みんなが目指すところは殆どが国防関係よね。

 なら、これから一人づつ私と一対一の模擬戦をして、欠けてるところを教えることにするね。」

教えるなら中途半端には終われない。だが時間は今夜限り。そのみんなの熱意を信じて、ウォルは強行することにした。

始まったのは一対多の逆スパルタ授業。

連続してみんながウォルに術式を打ち込んでいくが、漏れなく全て撃ち落とされ、反撃カウンター術式を浴びることになる。それだけでなくウォルはそれぞれの動きを観察する余裕さえあった。

結果として、ウォルの攻撃への反応に難ありのシズンとザインは反撃カウンター術式を組むことになった。戦えてはいるものの継続能力に乏しいクエリィルとガジアゼード、キコは回復術式を。全て平均以上だがさらに上を望んだアイシャとリコは転移の術式を教わる。黒衣集として一つ上の集団に所属することとなるロノ、シャレン、アンスタリスの三龍はウォルとの実戦形式を継続してその感覚を養う。

「シズン、術式が脆い!あらゆる場面を想定して!」

「承知ぃ!」

「回復は体表面だけじゃないでしょ!鱗だけ直してどうするの!体内損傷にも目を向けて!」

「はい!」

「わかった!」

「二人には難しいことを言うね。

 物体と場、界の関係を考えて。それが曖昧だと術式が完成しない。」

「座標に存在する点…!」

「アンスタリス、反応遅れてる!シャレン、パターン化してるからすぐに防げちゃうよ!

 ロノ!相手は自分から陣の中に入ってこない!」

三龍と撃ち合いながらもそれぞれに的確な指示を送るウォルはもはやみんなにとって同年代の域を超え、二つ名持ちの龍と対峙しているかのような錯覚を起こさせた。

撃ち合い、指示を出し、助言を投げるに留まらず、この訓練室の修復まで行っている。

全力を出し切り、術式を維持できなくなった者から脱落していく。ウォルによる回復術式が飛ぶものの、それは全てを回復し切ることはできない。

「まだできる!」

「もう一回お願いします!」

まだ力があった仲間の提案により夜通しで行われた訓練も、朝までウォルの前に立っていることができたのはシャレンだけだった。

そのシャレンが膝から崩れ落ちる。全員がダウン状態だが、この一晩でこの場にいる十人の古代魔術オールド・ソーサリーの力は飛躍的に上昇していた。

緊張感、早い展開、明日への不安などのプレッシャーに耐えながら自らの意志を操ることでその強度が増しているのだ。

「みんな、お疲れ様!回復術式をかけるね!」

ウォルによる身体と精神の回復術式がみんなを覆っていく。

「みんなお風呂に行ってきな!朝食には間に合うよ!」

「なんでそんな…元気なの…。」

これだけの術式を使っておいてなお元気なウォルを見て、ロノがその場全員の本音をこぼす。

まだ立ち上がれないガジアゼードやリコ、アンスタリスを引きずって十人は全員でお風呂に向かう。リコやアンスタリスは途中からアイシャとキコに抱えられたのでよかったが、ガジアゼードはシズンとザインに片手づつ持たれてそのままズリズリと男風呂に持って行かれていた。

それを見送ったウォルは訓練室の防御を修復し、残留していた術式の余韻を取り除く。こう言った一手間が次回の使用を簡単にする。すると部屋の一角から声がかかった。

「ウォル、流石ね。

 もうあの子たちなら他の高等舎の子たちと比べても古代魔術オールド・ソーサリーは頭ひとつ抜けているわ。龍の三娘に関してはもう実践レベル。」

「なんだ、ステアだったの?」

「ごめんね、邪魔したくなかったから【原初の言葉オリジンズ・スペル】で隠れさせてもらっていたの。」

「ううん、いいの。多分ステアかホールンさんのどっちかだと思っていたから。」

「あら!バレちゃってたの。」

ウォルはステアが差し出す果実水をもらって一口含む。

「ふぅ、だって私は【原初の言葉オリジンズ・スペル】を判別する術式が使えるのよ?もうちょっと改良しようと思っているし。」

「そうだったわね!ホールンがとっても楽しみにしていたわよ?」

そう、ウォルはこれに関する論文を提出予定なのだ。例外なくその術式も常時展開しているので、ウォルの近くで【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使えば容易に暴かれてしまう。

「もうできてるんだけど…ちょっと改良できるかなって思ってそのままにしているの。

 せっかくなら一番いい状態で公表したいじゃん。」

それを聞いてステアは苦笑い。

「ウォルもすっかり研究者なのね。

 あの馬鹿たちみたいにならなければいいけど…ふふふっ!」

二人は並んで階段を上がっていく。

疲れもしていないウォルは、睡眠と同等の回復を自身に施してそれでおしまい。

早めに料理店レストランについたので、先に座って既に出ていたラスクをつまむ。

「ねぇ、ステア、私もこれでここから離れることになっちゃうってことよね?」

「確かに所属としてはそうだけど、ウォルは私の友達なのよ?いつでもここに帰ってこれるわ。

 それに、もし研究室を持つならシェーズィン・ハインの物件はどうかしら?首都もいいけど、ここなら自由に振る舞えるわよ?」

それを聞いてウォルの心は一気に落ち着いた。

ここを離れればステアに会える機会も減るし、自分にとっての休める場所がなくなってしまう。そう考えると不安だったのだ。

「だよね!いつでも来れるもんね!」

そして研究室の件も、案外悪く無いかもしれない。首都にいれば大規模な実験や模擬戦はできないし、周囲への騒音や不安を与える可能性がある。それに比べてここならばウォルのことを見知った人たちしか居ないし、十分な広さもある。今後幻想舎に来た子供たちに古代魔術オールド・ソーサリーを教えることもできるだろうし、一石二鳥だ。

このことはディースに相談してみよう、とウォルは決めた。

お風呂から上がった幻想舎の仲間たちも合流して朝食を摂る。

今回はウォルもしくはステアの大規模転移によって全員を一気に宮殿まで連れていくことなった。全員が正装に着替えるために一度自分の部屋に戻る。ウォルも部屋に帰って“ボックス”の中から正装ローブを取り出した。

アイシャをはじめとする龍を除く殆どが宮殿に行くのは初めて。テラスに正装を着て集まったみんなはソワソワしているのが容易にわかる。

そんな中でウォルは慣れたもの。みんなより遅れて階段を登ってきたが、その姿を見てみんなが一斉に歓声をあげる。

凝った正装に纏ったステアのマント。マントは前が空いているので腰の短剣がはっきりとわかる。そして一番は片眼鏡だろう。キラリと光るそれは周囲に“世界龍”の圧を感じさせる。

「これで全員揃ったかしら。」

水色のベールを纏い、いつもの対外用の服装をしたステアが人数を確認する。

「あとはあいつが来るのを待つだけね。」

そこにいる誰よりも早く、ウォルは『あいつ』の気配を感じ取っていた。ウォルがゆっくりと視線を中央線セントラルラインの方に向けると、その上空を黒い一龍が滑空している。迎えにきた“死眼龍”だ。転移で一気に移動してくることもできるが、中央線セントラルラインの警邏も兼ねて朝早くから飛んできていたのだ。

「ウォル、似合ってるな。」

テラスに降り立ち人の姿に変わったディースの第一声がそれだ。

「ありがと!」

ウォルがそう返すのと、ステアがディースを引っ叩くのが同時だった。

「惚気てんじゃ無いわよ、このアホ龍が!普通そこは『迎えに来た』でしょう!?」

「はいはい、お迎えに上がりました。

 転移は宮殿前の白い広場に。既に他の二舎の生徒は集合を始めています。」

それを聞いてウォルは転移先の座標をあの広場に設定する。

「おっけー、じゃあいくよ!地面から少し離れたところに転移するから着地してね!」

それを聞いて全員が身構える。

『“円界の扉サークルゲート”』

ウォルの術式が足下に出現する。それは巨大な円形の穴のよう。薄い膜が張っているようようでその底は見えないが、みんなは足からそこに吸い込まれていった。


宮殿前の広場では、中央を開けるようにして左右に白と赤の制服を着た大勢が集まっていた。白金舎と赤鱗舎の生徒だ。その殆どがピシッと髪を撫で付け、もしくは髪を一つにまとめて、一糸乱れぬ綺麗な整列を披露している。彼らこそこの国の未来を担うエリート集団。数多の選抜をくぐり抜けてきた猛者だ。

強い圧を放っているのは白い服の方。こちらは白金舎で、政治に携わる人材を育てる。胸のポケットにはペンがあり、片手に短いステッキを抱えている。

殺気が漏れているのは赤い服。赤鱗舎は軍の将校となるべくその訓練を積んでいる。腰には統一された剣が下げられ、制服に布鎧 - 金属線を編み込んだ布でできた服。刃物等を受けることができ、手甲まで組み込まれている。 - を採用している。

その生徒たちの前には舎の長である“白金龍”と“原初”がいる。

そしてそれぞれの舎の監督官が複数人周囲に立って生徒たちを監視していた。

ここで少しでも動けば後で呼び出しを食らうことになるだろう。五龍の手前ではわずかな粗相も許されない。これが幻想舎との違いだった。

それぞれ五龍が舎の長としているものの、実際に教鞭をとっているのは“幻想龍”だけ。その点幻想舎は遥かに自由度が高く、高度な教育を受けることができると言える。おそらく幻想舎の生徒なら何か失敗をしても許されるだろう。直接五龍に師事した存在であるが故に。それに比べて他の舎では常に監督官が責任を負う。その分厳格な規律の下で過ごすことになるのだ。

少し前に“銀角龍”がこの場に現れ、幻想舎の生徒が直接転移するから中央を開けておけ、という指示を出していった。

ほとんどの生徒は“幻想龍”の力で転移してくると考えているだろう。大した規則も無く、政治においては知識不足、戦闘においては経験不足の甘ったれた連中、という意識すらある。そいつらのせいで自分達は長く待たされている、と。

「ん?」

一番はじめに反応したのは“原初”。

続いて“白金龍”がそれに気づく。

その様子を見て生徒たちの間に緊張が走る。幻想舎の奴らが転移してくるのだ。そして、巨大な円形の魔術陣が現れ、そこから十数人が落ちてくる。

どんな連中なのかと視線を向け…その瞬間、吹き荒れたのはあり得ないほどの圧力。魔術的なものでもあり、龍力でもある。思わず二舎の生徒の多くが体勢を崩してしまったほどの強大な力。

先頭に着地したのはひとりの少女。ふわりと広がるそのマントは“幻想龍”の物。だがその力すら霞むほどの圧力を放っている。

その両側には『仙天楼の五龍』が一龍“幻想龍”、そして『帝国最強の鉾』“死眼龍”がいる。

だがその二龍は完璧に自らの力を制御し一滴も周囲に放出していない。

少女が手を振るとその頭上の魔術陣が消え、同時に場に溢れていた力も収まった。

その転移術式は少女による物。優秀な頭脳を持つ生徒たちはその事実を瞬時に悟る。そして驚愕する。“死眼龍”、そして“幻想龍”すらも転移する術式をその少女は使うことができるのだ。

一般的に転移などの術式は自らを転移させるものになる。他者を同時に転移させるには、古代魔術オールド・ソーサリーの技量や力が転移の対象をよっぽど上回っていなければいけないのだ。

ならばそれは先日に魔術師マスター・オブ・ソーサリーの称号を得た少女に他ならない。

そしてそれに追随したのは三龍をはじめとする幻想舎の生徒たち。竜や竜人すら居るというのに、その圧力は下手な龍を凌駕する。

この状況でも談笑して笑うその姿に白と赤の生徒たち、そして監督官は戦慄すら覚えていた。

“死眼龍”がその少女と言葉を交わして先に歩いていく。十人の生徒はその場に留まって並び、その少女は“幻想龍”と共に“原初”と“白金龍”に挨拶をしている。

その挨拶も最敬礼ではなく簡単に頭を下げるだけ。にも関わらずその二龍からは笑顔で声をかけられている。

その少女が戻ってくる時、その胸に輝くのは三龍鱗章。幻想舎という魔境の一端を垣間見た生徒たちは自らの考えが間違っていたことを知る。彼らは一人一人が龍にも迫る鍛え上げられた集団だ。

「行きましょうか。」

その“白金龍”の呼びかけに、“幻想龍”と“原初”が反応して歩き始める。その後ろを一糸乱れぬ動きで行進していく生徒たち。相変わらず幻想舎の生徒は規律もなく、ただ単に歩くだけ。その様子にかなりの違和感を感じて苛立ちを感じるが何もいうことはできない。

わざとかはわからないがまだその圧力は健在。下手すれば技量すらも負けるかもしれないという焦りが『規律を正せ』と叫びたい気持ちをグッと抑えている。


ロノたちにしても、初めて他の舎の生徒たちと会うということで緊張があった。

“白金龍”と“原初”の教えを受けた精鋭たち。彼らに負けぬよう、少しでも力をつけようとウォルに頭を下げたのも昨日のことだ。

果たして…。

自分がウォルの作り出した術式を通過していくのがわかる。足から感じる軽い空気。白い地面が見えて、そこに着地。

そして両横に赤と白の集団がいるのを確認し、初めて生じた感想は『軽いな…。』だった。覇気も殺気も無く、幻想舎にいる時のようなピリッとした圧が無い。身構えていたので拍子抜けといったところが本音だった。

一拍遅れて前方の“白金龍”と“原初”の圧を感じる。彼らは力を抑えていることは明白だったので余計に生徒の圧の無さが際立っていた。

ウォルやステアのように、大きな力を抑えている様子でも無く、単純に力が無いように感じる。

「思っていたより…。」

「意外とだね。」

ロノとシャレンがそんな会話を交わす。

「ウォル、私は先に行っている。その後の少人数協議では近くに座れると思うが…。」

「うん、わかった。」

ディースはウォルに声をかけて先に歩いていく。そしてその先の宮殿の大扉を手を振って開く。その先にはウォルにとって三回目となる謁見場が口を開けていた。

「ウォル、挨拶に行きましょ?」

ステアが言っているのは“白金龍”とオリガ“原初”様のことだ。

まずは二龍の中でよりその位が高い“原初”の方から。

「オリガ様!お久しぶりです。」

「おお、ウォル。元気にしておったかな?」

「はい、おかげさまでこの通り元気です。

 あの、ベルトストラップなんですが、形状変化の力があるんですね!」

「おや、そんな力を込めたかな…。」

ウォルは“原初”に短剣を見せる。

「おや、おめでとう。

 確かに所有者の思い描くように変化すると力を込めていた気もするのぉ。」

「ありがとうございます!」

「この後の協議でも会うじゃろうから、長い話はその時じゃな。

 儂も古代魔術オールド・ソーサリーには一家言あってな。楽しみにしておるぞ。」

「はい!私も楽しみです!」

次は“白金龍”。ウォルが直接話すのはこれが初めてだ。

「こんにちは。ウォル・ドラギアです。よろしくお願いします!」

「あらぁ、こんにちは、ウォルちゃん!私のことはアズウェンと呼んでね。

 ずっとお話ししてみたいと思っていたの。」

「そうなんですか!?ありがとうございます!」

相変わらずある意味で暴力的なその容姿。それにこの微笑みが加わるのだから彼女にときめかない男は居ないだろう。ウォルですら少しクラッとしてしまうほど。ステアとは違う美しさ。だが…。

うちのひと・・・・・があれだけ褒めるのだから、気になってしまうじゃない?

 また後でお話を聞かせてね?」

「はい!よろしくお願いします!」

恋愛面で彼女の視野には一龍しか映っていない。“白金龍”が愛しているのは“原初”ただ一龍なのだ。

その二龍と同じ位置に止まるステアと離れ、ウォルはロノたちがいる位置まで戻る。帰っていくウォルに一斉に視線が注がれた。だがもはやそんなものに気を取られるウォルでは無い。さっさと列まで帰ってロノたちの会話に加わる。

「ねぇ、ウォルから見てこの人たちはどう?」

「どうって?」

「感覚的な強さとか、見た目とか…。」

この人たち、というのは両横に整列している白金舎と赤鱗舎の生徒たちのことだ。

「ここだけの話、赤い服の人たちでもあんまり強くないかも。昨日の調子のみんななら多分圧倒できる。」

「え、そこまでなんだ。」

弱いかも、とは思っていたが古代魔術オールド・ソーサリーのプロであるウォルから見てもそこまで評価が下がるとは…。

「どちらかというと政治面とか、そっちの能力に秀でているのかな。予測だけどね。」

「そうだよね、そう考えるしかないよね。」

「じゃあ、“白金龍”様はどう?」

「うーん、そうだね、結構ルイン様に近い印象ね。しかもいくつかの【原初の言葉オリジンズ・スペル】を常時展開してる。強いことは間違いないと思うよ。」

それを聞いて頷くロノ。

「やっぱりそうだよね。ルイン様に近い!」

「“世界龍”様を強調しなくていいのよ?ロノ。」

四人が笑ったところで前の三龍が進み出す。

「行きましょ。」

ウォル、シャレン、アンスタリスと続いて歩き出す。

このような場で一般的には龍、竜、竜人の順に並ぶが今回は魔術師マスター・オブ・ソーサリーの称号に三龍鱗章を持つウォルが一番。屋根がある場所まできたところで謁見場の中がはっきりと見える。

向こうには“祈龍”と“世界龍”が生徒たちを待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

五龍之帝國〜半竜人族の少女と幻想龍〜 八木 漸 @Yagi_Zen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ