13.半竜人族の少女、龍と試合う。

ウォルは顔に差す朝日で目が覚める。

ベッドに入ってはいるものの、自分の腕に腕輪ブレスレットがはめられたままだ。

それを見て、昨日の夜のことを思い出す。

お風呂からの帰りに柱の影で龍達の話を聞いていて、そのまま寝てしまったのだ。

おそらく誰かが運んでくれたのだろう。

話を盗み聞きしてしまったこともバレているだろうから、何か言われるかもしれない…。

そんなことを思いながら服を着替えてロノの部屋に行く。

今日はファッションショーにはなっていないようで、ノックをするとすぐにロノが出てきた。

着ていたのは黒い服。黒と言ってもフリルがついて可愛らしい物だ。

「ルイン様がね、黒の服がお好きだと仰ってたから!」

嬉しそうにそう語るロノ。

昨日の時に色々と聞き出したようだ。

二人が階段を登った時、ちょうど料理店レストランで朝食を取っていたのは“世界龍”と“死眼龍”、それに“空匣龍”だった。

“世界龍”が二人に気づく。

「おや、ロノ、ウォル。ここの席においでなさい。」

三龍が座っているテーブルの空いた二席に二人が座ると、早速朝食が運ばれてきた。

「“死眼龍”と“空匣龍”だ。それぞれディース、スレイスと呼ぶといい。」

「“時龍”ロノです。おはようございます。」

「ディースさん、スレイスさんですね!ウォルです。よろしくお願いします!」

こういうのは挨拶が肝心。

二龍も笑顔で会釈を返してくれた。

「そうだな、ディースの方はイリアルの二つ下の弟だぞ?」

「ステアの!?」

思わずそう反射で聞き返してしまったが、それに二龍は驚いたようだ。

「イリアル様を名前呼びとは!」

ウォルに怪訝な顔が向けられる。

「ああ、私がそう呼ぶように、と言ったんだ。」

すかさず“世界龍”から声が挟まれる。

“世界龍”の言葉があれば、どんなことでも信頼できる。

「おお、そうでしたか!」

それで納得した二龍は相槌を打った。

「ディースは名の通り『死』の要素を持つ。二番目の龍だ。

 スレイスはロノと同じ『間』の要素を持つ“空間龍”だ。」

ウォル、ロノは先客の三龍と共に、異様に凝った朝食を楽しんだ。

サラダの野菜の一つまできれいに飾り切りが施されている。ウォルがここにきてから一番の豪華な朝食だった。その規模はまるで夕食のような量。

ロノが嫌いでいつも残す豆の小鉢が出ていたが、なんとしっかりと食べている。

“世界龍”の目の前で好き嫌いがバレたくなかったのだろう。ウォルがロノの方を見ると、隠れるようにして無理やり豆を口に放り込んでいた。


“死眼龍”。“銀角龍”に続く二番目の龍。

要素としては異色の『死』を持ち、万物の『終わり』を知覚して操ることができる。中でもその眼は目を合わせれば対象を即死させる邪眼として二つ名の由来にもなっている。

実際のところは本人の意思でその切り替えは可能であり、攻撃手段の一つとして活用しているに過ぎないが、あまりにも強烈な印象を残したがために代名詞のようなものになってしまった。

ホールンと誕生年は二万年離れているもののその生存年数は伊達ではなく、ホールンがエンデア最強の盾とすればディースは最強のほことしてその武威を誇っている。更には軍の頭脳としての側面も持ち、過去に三度の世界大戦を遠征指揮官として戦い抜いてきた。


朝食を食べ終わり、三龍と別れて一度自分の部屋の方に戻ったウォルは、本を読んで集合までの時間を過ごしていた。

ちょうど一章読み終わった時点で“世界龍”の言葉を伝えるシャレンからの連絡があった。

『運動しやすい格好で訓練室に集まるように。』

その指示の元、ウォルはシャツにハーフパンツの動きやすい格好に着替えて訓練室に向かう。

そこにはずらりと龍が並び、“世界龍”の力によって部屋の大きさはいつもの二倍以上に広がっていた。

ウォルの後ろから続々と幻想舎の面々が集まってくる。

「さぁ、今から名前を呼ぶから龍とペアになって並んで。」

ロノは“空匣龍”、キコは“紫鋏龍”、リコは“言慧龍”。

ウォルとペアになったのは先程一緒に朝食を食べた“死眼龍”だ。

「よろしく。」

「よろしくお願いします!」

簡単に挨拶を交わし、“死眼龍”ディースさんにつれられて指定された訓練室の位置に向かう。

“世界龍”が全体に呼びかけた。

「これから学んでもらうのは応用戦闘術。

 今までも体術や武術を学んだ年長者は実践的なものを。まだ慣れていないものは護身術として基本を学んでもらう。

 早くに一定の水準に達すれば、能力や古代魔術オールド・ソーサリー、【原初の言葉オリジンズ・スペル】を組み合わせたものに進んでもいいだろう。

 他にもたくさんのことを学ぶと良い。それでは始め!」

“世界龍”の号令で授業が始まった。

「さて、ウォル、と呼べばいいかな。

 今回私が教えるのは武装した敵から身を守る護身術と古代魔術オールド・ソーサリーの発展形だ。」

「はい、ディースさん。」

見た目は少し恐ろしげな男の人だが、ディースさんがウォルに向ける笑顔はとても優しい。

「とは言ってもな、ウォルは私を知らぬだろうし、私もウォルのことを知らん。

 ゆっくり進めていこう。

 ウォルはこのような訓練を受けたことがあるかな?」

「いえ、まだ無いです。」

「そうか、それでは基本的で最も重要なところを教えることにしよう。

 心配せずとも良い。ゆっくり着実に進んでいけばいいのだ。

 護身術は学んでおいて損はない。」

ウォルが教わったのは、体術と体の関節への理解を組み合わせた護身術。相手がどんな武器を持っていてもそれを無効化して動きを封じる術だ。

ウォルのような小さな体格で非力な腕でも、容易に大の大人を拘束できるようになる。

一時間ほどの説明と動きの模倣、それにディースさんの支えですぐにコツを掴んだウォルはどんどんと上達していった。

午前中は護身術だけの予定だったが、あまりに早くウォルがそれを習得したので予定がかなり早く進んでしまった。


時間の余った二人は少しおしゃべりをして、ウォルが龍力と神力を可視化できることを伝えると、ディースさんはとても驚いた様子。

「視覚を用いた技術を学んでみるか?」

その問いかけにウォルはすぐに頷いた。

それからディースさんはお昼になるまでの時間で『視の力』を特別にウォルに教えてくれた。

元々神力や龍力を視覚として捉えることができるウォルだからこそ理解できた話。

『視の力』とは、視覚によってそのものの状態を細かく感知し、予測を含ませることで数秒先のことを視る・・

ディースさんの誘導で、他のみんなの動きを見てその『視の力』を練習した。

ロノの前には時計の文字盤が浮かんでいて何をしているのかは分からず、それを視ることは諦めたが、その隣のキコは爪という武具を用いた格闘戦を“紫鋏龍”と繰り広げている。

これなら視るには良さそうだというディースさんの声に従ってキコの竜力、そして身体の中心とその動きを見ることを意識していく。

キコは突きを主とし、体の回転と低姿勢を利用して強烈な連続攻撃を繰り出す戦闘法を訓練していた。その動きを見ているうちに、キコの身体を微弱な竜力が包んでいてその動きがキコの次の動きと連動していることがわかったのだ。

「頭や目の動き、相手の位置どりや体重移動。その全てに注目するんだ。」

肩から腕の方に力が流れればそのまま突き。

同じ体の動きでも脚のほうに力が動けば回転蹴りが続く。

「これを極めれば未来が見えるようになるんですか?」

「うーん、それは少し違うな。

 より明確な一歩先の動きを予測できるようにはなるが、それが確定した道筋というわけではない。自分がどう動くかを判断する材料の一つが増えるのだと思うと良い。」

「より高い確率で起こることがわかるようになるってことですか?」

「その通り。ウォルは理解が早いな!」

ディースさんはしっかりとウォルのことを褒めてくれる。たとえ失敗してしまった時でもその挑戦を讃えてくれるのだ。

師事するウォルからしても自分のやる気を落とさずに居れるので、とても楽しい時間だった。

「素早い理解があれば自身が優位に立てる。

 だが、『思い込み』では逆効果になってしまうぞ。」

ディースさんの忠告を胸に、さらに目を凝らす。

次に見るのはキコと戦っている“紫鋏龍”だ。

龍力が一切漏れ出さず、その練度がうかがえる。やはりホールンさんやディースさんのように龍力を完全に制御しているのだ。

そしてローブを着ているので脚や腕の動きがとてもわかりづらい。

体の中心線がどこにあるかすら不鮮明なのだ。その手にある大きな鋏もどう持っているのかが隠れていてわからない。

実は逆手に持っていて肘の方まで刃が届くということもあった。これは対面のキコがとても戦いづらそうだ。

この戦い方は実戦ではかなりの優位を得ることができるに違いない。

「龍を『視る』のはなかなか時間がかかるぞ。さまざまな龍を視てその情報を増やしていくといい。」

ディースさんは見た目は怖いが、慣れてくればとてもいい人だというのがわかった。細かく褒めてくれるし、ウォルの目線に立ってわかりやすく説明をしてくれる。

ホールンさんとはまた違った良さだ。

お昼の時間になったが、まだまだ訓練を続けるペアは多そうだった。

「ペアごとに自由に昼食にしてもらって構わない。

 その代わり今後二時間以内に昼食の席に着くようにはしてくれよ?」

“世界龍”がそう言ったので、ウォルとディースさんは相談をしてすぐに昼食を食べに行くことにした。

「何を食べるかい?」

「えーっと…」

昼食のメニューはいくつかの中から自分の好きなものを注文する形式だった。

いつもよりも豪華な内容にウォルの目が踊る。

気になっているのは鳥のグリル。だがその量はウォル一人で食べれるものではない。妥協案を挙げるとしたら隣にあるグラタンだろうか。

そんなウォルの様子を目敏く見ていたのは対面に座るディースさんだ。

「ふむ…そうだな、私はこの鳥のグリルにするとしよう。

 でも量が多そうだ。ウォル、二人で取り分けて食べるというのではどうかな?」

「はい!それでお願いします!」

ウォルは自身の目の動きをディースさんに看破されたなどとは微塵も思っていなかった。

偶然にも転がり込んできた最高の展開に顔を綻ばせる。

運ばれてきた鳥はウォルが思った以上に大きかった。ディースさんはナイフを操り、皿に乗る量に切り分ける。

「これはウォルの分だ。

 どんどん食べて。まだまだこれだけあるから。」

食事の間もディースさんはウォルが飛ばす質問に全て答えてくれた。

普段何をしているのか、好きな食べ物、更には神力と龍力の秘密まで。

ディースさんの普段の管轄は首都内の治安維持。歩いたり飛んだりして全体を巡視し、その安全を守っている。週に二度はこの下にあるシェーズィン・ロイアの死眼舎で学問や護身術を教えているのだという。非常事態にはホールンさんと並び最高指揮階級の役職についてこの国を護る。なんとディースさんしか知らないこの国の防御線などもあるらしい。

一転して、好きな食べ物はパウンドケーキ。食事で言うならスープにこだわっているそうで、首都にある拠点のディースさん専用のキッチンには大鍋でスープを作る設備があるとのこと。意外にも甘いもの好きなディースさんは、毎日の午後のおやつは欠かせないのだと言う。

そして、新知識としてウォルが触れたのは、神力と龍力について。

首都にはそれぞれの力の量を測定する機器があり、それによって力を数値化できるのだ。

龍力であれば、竜人族であれば三桁まで、竜であれば四桁、龍になれば五桁以上を記録する。四桁以下は『竜力』と呼ばれ、区別する場合もあるようだ。龍は生誕した時に基準値である一万程度の龍力を保有する。ここから年月と鍛錬を続けることでその数値は少しずつ上昇していく。正確には『龍力の保持できる最大値』だが。龍はその力を纏ったり、咆哮に載せたり、飛行する時の推進力として利用している。

神力はさらに複雑。まず、機器にはその数値は記録されないが、神域存在と言われる神力の保持者は機器の反応でそれがわかる。次に、その機器の反応がどこまで残るかでおおよその神力の量を判断することができる。【原初の言葉オリジンズ・スペル】を常用するには最低でも千程度は必要。それに満たない者は『下位存在』と呼ばれる。いざという時だけ【原初の言葉オリジンズ・スペル】が使える程度だ。四桁に乗れば『中位存在』。五桁を越えた量を持つ者は『上位存在』と呼ばれ、人間の基準で言う『副神級』に相当する。そして六桁になれば『高位存在』。『主神級』として大きな信仰の対象となり、強大な力を振るうことができる。

龍は初めから五桁の神力を持つ存在だが、その量を桁が変わるほど増やすことはほぼできない。ディースさんは六万と少し、あの“白金龍”ですら九万九千と六桁に届いていないのだ。

この値は龍力と違って【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使用しても減るわけではない。どちらかといえば神域存在の中での格を表しているようなものなのだ。


昼食を食べ終わり、少し休憩をした二人は訓練室に戻る。

午後はウォルが待ちに待った古代魔術オールド・ソーサリーの訓練だ。

ほぼ熟練者の腕を持つウォルにとっても、ディースさんは少し先を行く先輩。

ディースさんは実践的な使用やそれを用いた戦闘まで経験しているのでウォルはここぞとばかりに質問、実践を繰り返した。

ディースさんに教わったのは三つの古代魔術オールド・ソーサリーの極意。

まず一つ目として、術式の分類。

古代魔術オールド・ソーサリーは包括術式と個別術式と呼ばれるものに分かれていて、その汎用性と専門性を使い分けるとより効果を発揮しやすいということ。

そして二つ目は、型としての使用。

よく使う術式を複数組み合わせた型を作っておき、その術式を一斉に展開することで即時的な対応を可能にすること。

そして三つ目は古代魔術オールド・ソーサリーの発展。

強化リィンフォース』、『弱化リリース』、『相乗シナジー』、『統合インテグレート』、『改良インプルーヴ』の五つからなるもので、一つの術式をもとにそこから力の調節などをすることができる。

ホールンから『ウォルは熟達者顔負けの技術を持つ』という話を聞いていたディースは、ウォルに助言をする。

「ウォルは、この発展の五つを覚えることで自由に力の調節ができるようになるだろう。

 ホールンから自身の制御を外れて発動したことがあると言う話を聞いたからな。

 ごく稀なことだが、瞬時に術式を組めてしまう場合は意図せずしてそれを発動してしまうことがある。その時に自身の制御下に戻すことができるようになるぞ。」

ディースさんは実際にウォルの前で発展の五つを使って見せ、その時の意識などをわかりやすく伝える。

そしてなんとウォルは、その天性の才能ですぐにこの五つをものにしてしまった。

試しに一度暴走した移動術式を展開し、『弱化リリース』を使う。

強化リィンフォース』前の術式よりは強く、制御できないほど強くはない。ウォルの思い描く力に術式が安定していた。

「いいぞ!少しづつ『弱化リリース』を下げていくことで自分の訓練にもなる。」

ウォルは他の四つの発展技も使ってみる。視覚強化と感知を『統合インテグレート』してみたり、捕縛用の鎖と動きを止めるものを『相乗シナジー』してみたり。

強化リィンフォース』も前回のように暴走することはなかった。この短期間でも、ウォルの古代魔術オールド・ソーサリーの制御技術が向上しているからだ。


「ウォル、私と実践形式で撃ち合ってみるか?」

ウォルが作り出した術式を実際に人に向けて撃つは初めてだ。その言葉に不安を感じたが、ディースさんであれば大丈夫だろう。

「ならば私が立ち会いをしよう。何かあれば私が止める。」

そう申し出てきたのはなんと“世界龍”。訓練室の中央を開けるように指示し、二人を手招きする。

「感謝します。」

「ありがとうございます!」

二人はそう頭を下げて、“世界龍”の前に進み出る。

向かい合って、一礼。お互いに五歩離れて間隔を取る。

「本気で来てみなさい。私もそうしよう。」

ディースさんが上に羽織っていた黒のローブを脱ぐ。その中には青紫色の服を着ている。所々で布が重なっている、ウォルが知らない様式の服だ。

「それでは、始め!」

“世界龍”の合図を受けて、両者は即座に術式を展開する。その速度はウォルが少し早いだろうか。だが数で言えばまだディースさんの方が多い。

ウォルは無言多重展開など手始めに、今習った発展まで使いこなして術式を組み上げていく。

双方から攻撃の術式が飛び、それは例外なくお互いの前で打ち消されるか防がれる。

その撃ち合いは最早実戦と変わらない。

思わず教えていた龍達が手を止めて二人の試合を眺めるほどだ。

周囲にいる者たちも、龍であればその現象が確認できるものの、幻想舎の他の生徒ではその内容を知ることすらできない。

ウォルは防御を盾を主軸に、それを強化する形で行なっている。対してディースさんは実際に飛んできた術式に対して型をいくつか入れ替えることで対応していた。

攻撃はと言うと、ウォルは槍や剣などの武器を具現化して飛ばす他、展開した小さな星の力を利用してその軌道を変えたりする変則的な連続封殺の動き。ディースさんは光線を断続的に放ってそれを屈折させることでウォルの死角から術式の隙間を突こうというものだ。

徐々にその攻防は苛烈さを増していく。

双方最早相手の術式を見て対応というよりも、いくつかの術式を展開しておいて先手で守るという防御形態だ。

その速度は常人の知覚速度を超え、さらに加速する。

最早龍ですらそれを追うことは不可能。実際に今起きていることを全て理解できるのは“世界龍”と“銀角龍”、かろうじて“魂醒龍”と言ったところだろう。


死眼龍二番目の龍”という超存在との試合。

その中で、ウォルは更に一つ上の高みに到達する。


『新規の術式の即時展開』。


思考、想像を汲み上げる動作を極限まで瞬間的に納め、術式の生成と同時に展開する。あたかも術式名だけでそれが展開されたかのように錯覚する速度。

その高みに至った今のウォルの目には、ディースさんが使う術式がどのような効果を持つのかがはっきりとわかる。『視の力』を併用することで、対応速度が上がったのだ。

だがそれはディースさんも同じ。

二人は相手の術式をいかに無効化し、自身の術式をいかに作用させるかという反対術式の書き合いになっている。

作られては消えていく術式を補填するためにより強固な術式が必要となってくる。

そんな時に有利を取ることができるのがウォルの即時展開だ。

既存の術式を展開する時、その術式がどんな力を持つかなどの断片的な小さな情報が相手に渡る。

それをもとに対抗術式を展開することになるのだが、即時展開の場合はその小さな情報が限りなく少ない。

数秒のうちに勝負が決まる世界。相手は一手二手と遅れていくことになるのだ。

だがディースさんも負けてはいない。

同じように即時展開を駆使してウォルとの差を引き戻す。

ウォルとディースさんの頭の周囲に文字が浮かぶ。思考力を跳ね上げ、血管の破裂を修復する限界突破ドーピングの術式だ。

二人の応酬はさらに加速していく。


突如として二人がお互いを吹き飛ばす。

双方の防御限界に達したのだ。それでもなお二人は術式を展開して受身を取り、自分の体を安定させる。

お互いが手を向け合ったところで、“世界龍”の静止が入った。

「そこまで!」

その声を聞いて二人は脱力する。二人とも息が上がっているが、先に立ち上がったのはディースさんの方だった。

歩み寄ってウォルに手を伸ばす。

ウォルも倒れることなく片足を立てて呼吸を整えていた。

「さぁ、立ってください。私の好敵手ライバル。貴女は確実にこの世界で五指に入る古代魔術オールド・ソーサリーの使い手でしょう。」

ウォルはディースさんの手をとって立ち上がる。

負傷した体内も既に術式で修復済みだ。

「ありがとうございます!」

ウォルはディースさんの目を見て大きく返事をした。

周囲の龍からは大きな拍手が沸き起こる。その龍にもウォルに対しての羨望の目が浮かんでいた。

そう、ディースさんのように古代魔術オールド・ソーサリーを駆使して戦える龍は数が少ない。

原初の言葉オリジンズ・スペル】を常用してはいるものの、ここまで古代魔術オールド・ソーサリーを使いこなせるわけではないのだ。

今ウォルより高い技術を持つのはホールン、ディース、そして“原初”くらいだろう。

そもそも“世界龍”や“白金龍”は古代魔術オールド・ソーサリーを使うような感覚で【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使えるが故にあまりこれを使用しようとしない。

実戦では格闘戦や武器、それに【原初の言葉オリジンズ・スペル】もあるため、まだまだウォルは太刀打ちすることが出来ない。だが、古代魔術という『術』の中でウォルは最高峰の力を手に入れたのだ。

もし、この龍の国に到達せず、人間の国でこれからも生活していたのなら絶対に自身の持つ才能に気づくことはできなかっただろう。

「ウォルの力はまだまだ伸びる。

 もし魔術ソーサリーすらも習得したならば、ホールンの持つ魔術師マスター・オブ・ソーサリーの称号も近いだろう。」

そのディースさんの声に、なんと“世界龍”が反応する。

「そうだな、それは間違いないだろう。

 試合終了。両者握手。」

ウォルとディースはその場で握手をする。

「少し疲れてしまいました。何か上でを飲みましょう。」

そういうディースさんの後をウォルは追って、二人で階段に向かう。

二人が居なくなったその後の訓練室に残ったのは、遥か高みを見た幻想舎の生徒達の感嘆の余韻。

「あの娘、凄まじい成長速度ね。」

「はい。私たちの誇りです。」

“聖鐘龍”の呟きにシャレンが答える。その言葉にみんなが一斉に頷いた。


中階層まで上がってきた二人は、カウンターで飲み物を頼む。

用意してもらった果実水を飲みながら、ちょっとした反省会だ。

「ディースさんは思考の加速と修復以外の式を使わないんですか?」

「いや、使わずとも行けるかと思ったのだが、今は初めから使わなかったことを後悔しているよ。

 それにしても、ウォルの式は周囲を囲むものが多いから後方への隙が無いな。」

「途中で反射の式が飛んできたので、先に組んでいて良かったです。」

「そういえば、途中で組んでいた文字だけの式はなんなのだ?

 結局最後まで作用しなかったように思えたが…。」

双方が質問をしあう二人の会話は師と弟子ではなく対等な関係にあることを物語っていた。

「あれはですね、攻撃性の式だけを判別して相殺するようにした反撃カウンター術式です。

原初の言葉オリジンズ・スペル】を参考にして作ってみたんですけど、うまく作用していて安心しました。」

「あの私の攻撃が消された時か!

 なぜ消されたのかわからなくてとても焦ったぞ。そのような作用になっていたのか!」

ディースさんは唯一先ほどの試合で自身が見つけていた綻びの正体を知って愕然としている。

そう、元になっているのはウォルが“世界龍”の支援を受けて作り出した【原初の言葉オリジンズ・スペル】。

それをモデルにして、文字として存在させておき、対象の攻撃性術式が飛んできた時だけそれと相殺して散るように作られている。さらに文字の修復機能も持たせているので、継続して防衛することができるのだ。

原初の言葉オリジンズ・スペル】に絡めるという発想は存在していたが、既に存在するものを古代魔術で再現するという前例がなく、ディースさんの数少ない盲点をついていたのだ。

因みにこの盲点によって先ほどの試合でディースさんは思考の数割をこの解析に割かざるを得ず、術式の展開速度と精度が下がっていた。


話しているうちに“世界龍”からの召集がかかった。

二人は階段を降りて講義室に向かう。生徒は机に座り、龍は壁際に並んで立っていた。

「さあ、この二日間という短い時間だったが、どうだろう、自身の成長を感じることができたかな?」

全員が首を縦に振る。

個人差はあるものの、みんな大幅な成長をこの二日間で感じていた。

「私から見ると、十一人全員が確実に成長していると思う。

 これからもこの幻想楼には龍がやってくる。そうなった時に積極的に声をかけて、自ら学びを深めてほしいと思う。

 ペアを組んだ龍とは今後もいろいろ相談できるようにするから積極的に活用するように。」

アイシャの号令の元、生徒達は一斉に感謝の言葉を述べる。龍達も一斉に頭を下げた。

そこからみんなは中階層に移動する。テラスの外に広がる空は茜色に染まっている。一日が終わろうとしている。

“世界龍”を始めとする十龍が帰るのだ。

ステアやシェーズィン・ハインの人々がみんな集まって見送りに来ていた。

その並んでいる龍の列から離れて、ディースさんがウォルの方に歩いてくる。

「これを持っておいてほしい。いつでも私と連絡を取ることができる。

 もし首都に行く時があったら私の拠点にも来るといい。

 そうだな…できればその時は私をディース、と呼んでくれると嬉しい。」

そう言って差し出されたのは黒い飾りチャーム。正二十面体の石、おそらく黒耀石であろう、を編んだ黒い紐で留めたものだ。それを差し出した両手で受け取ると、ディースさんは踵を返して龍の列に戻る。

「道中、気をつけて!」

そのウォルの声に“世界龍”やディースは手をあげて答えると、テラスから外の空に身を投じる。

次々と龍は柵を越えていった。ウォルやロノが柵に寄りかかって下を見ると、龍達がその姿を人から龍に変えて大空を滑空していくところだった。

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