23.半竜人族の少女、赤絨毯の上を歩く。〈前編〉

『帝国の鉾』“死眼龍”の隣を歩くのは水色のマントを羽織った人物。

普通ならその色から“幻想龍”だと判断できるだろう。だがその背の高さは“幻想龍”に比べるとかなり低い。ベールを被っていないボブカットの髪も特徴的だ。

正面から見れば分かるが、その目には“世界龍”よろしく片眼鏡を付けている。

しかも“死眼龍”の横を歩くには不自然すぎる少女。

奇想天外な事象を見慣れているエンデア首都の人々にとっても、その光景はかなり異様に映る。

今日は年に二度の勲章・称号授与式。この日は国民の多くが正装をし、宮殿謁見場で行われる式を遠隔の映像で見守る。この首都では映像が宮殿の前に大きく映されるので、中央の大通りは凄まじい人の量。

その人波に飲まれることを避けるように“死眼龍”と水色のマントの人物は龍専用の道を歩いている。どうやらその行先は宮殿で間違いないようだ。

宮殿の前の白い階段と広場には今日の授与式に参加する人々も集まってきている。老獪な将に若い兵、研究者に…。歓談をしている者もいれば、緊張のあまり直立不動の青年もいる。数えてみれば三桁にも届くかという人数だが、例外なくそれぞれが手に金文字の書状を持っている。

その間を黒衣集が周回して実際の参列者のリストと照合していく。その順番ごとに立ち位置を指示し、その式典の準備をしていた。

宮殿内ではなくこの外の広場で受勲者を始めに並べるのは、国民が直接彼らを見る機会を作りその章や称号の重みを体感させる為だ。勲章を受勲するということは国から認められたと同時に期待を寄せられているということ。街を行けば多くの国民から勲章保持者として扱われ、一定の尊敬とそれ相応の動きを期待される。それを自覚させる最初の場がこの門の前なのだ。

既に胸に勲章を提げた猛者たちは少しづつ慣れて周囲に手を振る余裕まであるが、今回が初めてなのであろう若い竜人の集団は恐れをなして縮こまっている。

整列させている黒衣集を含むほぼ全員が、専用道の方から合流しようとする二人に気づく。黒衣集と将兵はその一龍ひとりが“死眼龍”だと気づいて一斉に敬礼。

「“死眼龍”様!」

『仙天楼の五龍』を除けばこの国の実質的なナンバー2。そんな龍が急に現れたのだからその反応には焦りも含まれる。何かやらかしてないかと自分の過去を急いで思い返しているのだ。

それを察するようにディースは軽く声をかける。

「ご苦労。私用で来ているだけだ。続けてくれ。」

「はっ。」

担当の黒衣集は若い龍だったようだ。それでも流石龍と言ったところか、そのディースの声に即座に視線を外し自分の仕事に戻る。だが将兵たちの目はその横の少女に集まっていた。

『どういうことだ、あの少女も今回の受勲者なのか。』『“死眼龍”様と居られるのだから龍や相当な地位にある方に違いない。』そんな会話が聞こえてきそうだ。

ウォルはその視線に気づいていたが、わざとそれを無視してディースに話しかける。

「ディース、送ってくれてありがとう。」

「ああ、私は一足先に宮殿に入っていることにするよ。

 そうだ、ウォル。今日の授与式と懇親会が終わったら少し話せないかな。」

急にディースがそんなことを言い出した。

「終わったら…?いいよ?」

「ありがとう。多分長くなるが、少し時間をくれると嬉しい。」

ディースが改まってこんなことを言うとは珍しい。結局式典が終わったらウォルはディースやホールンさんと帰ることになるのだからわざわざ言わなくてもいいはずなのだが…。

ウォルは何事だろうと予想する。

だが思い当たることが無さすぎて明確な予想を出すことができなかった。

なんだろう…。もしかしたら、もしかしてだけど婚約の申し込みとか!?

いや、こんな子供に対してそれはないだろう。淡い期待を抱いてしまったが、即座にその思考を追い出す。ディースにもあのひとがいるし。いつぞやの写真を思い出して、いやいやと首を振る。

「私は一番奥の右にいる。

 緊張するかもしれないが、こんな機会もなかなか無い。楽しんでみるといい。」

「分かった。楽しむことにする!」

二人はそう言い笑い合って別れる。ウォルを残して“死眼龍”は小さな扉から宮殿の中に真っ直ぐ入って行った。

ウォルは頭を左右に振って髪を整えた。元々腰に届くかという長髪だったのだが、龍との一戦で右側の髪の毛がごっそり無くなったのでディースにお願いしてボブカットにしてもらったのだ。ロノよりは少し髪の毛が長いので、肩にかかるくらいでまとまっている。

しばらくすると黒衣集の一龍ひとりが近づいてくる。

マスター・ウォル・ドラギア様でお間違い無いでしょうか。」

「はい。ウォルです。」

そう返事をするウォル。

ウォルはその黒衣集の背の高さの三分のニほど、更に相手が龍だと言うのにその間には対等とも思える力の拮抗があった。その龍が発する龍力と、ウォルの持つ竜力や古代魔術オールド・ソーサリーの圧がぶつかり合っているのだ。

普通ならばあり得ないその現象、だがウォルがお互い不本意とはいえ龍との戦闘を経験したことがその力を高めていた。龍力に対抗するために無意識下で竜力を高め、常に龍力を打ち消し、吸収せんとする力を纏っている。あわよくば自らの力で龍力を抑え込もうという勢いだ。

その様子を固唾を飲んで見守る二人に近い場所の人々。双方意図していないのだろうが、その周囲に力の渦ができていた。

「ありがとうございます。位置は最前列、授与は式の最後になります。」

「わかりました。最前列、最後の受勲ですね。

 この並びということは謁見場には私が先頭で入るということで間違い無いですか?」

「はい。その通りです。『お進みください』と言う合図がありますので、その後にゆっくり直進してください。」

そう言って手元のリストに丸を付ける黒衣集。

それが終わって離れるかと思いきや、その龍はリストを小脇に抱えて黒いマントの前を開いて中に着ていたローブを見せる。その色は真っ白だった。黒衣集から一龍としての私的な立場に変わった証だ。

一呼吸置き、ウォルに向かって手を差し出す。

「あの、“雪龍”ソノンと申します。

 差し出がましいことは承知しているのですが、ひとつお願いがあるのですが…。」

ウォルは伸ばされた手と握手をしながら

「なんでしょうか?」

と聞き返す。

「お時間がある時で良いのですが、私に古代魔術オールド・ソーサリーの教授をお願いしたいのです。」

ウォルはそれを聞いて瞬時に考える。

まず受けるか受けないか。今日受領する称号はこういうことを積極的に行うためにあると言ってもいい。ということは受けないことは考えられない。だがこのように直接個別の対応をしていればいつか漏れや贔屓が発生するかもしれない。

そこでウォルはホールンさんが言っていたある行事を利用することにした。そう、研修会だ。

「わかりました。

 でも私も時間が取れるかわからないので、研修会の折に教えるという形ではどうでしょう?」

その返事を聞いて龍の顔がパッと輝く。

「いいのですか?ありがとうございます!研修会、参加させて頂きます!」

それはそうと、なぜウォルなのだろうか。『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』の称号を持つのはホールンさんも同じ。

「ホールンさんではどうなのですか?」

少し迷ったが、思い切って聞いてみることにした。

「“銀角龍”様は、より上位の龍の方々に教鞭をふるっておられます。最近はよりそれに力を入れられていて、私たちまで時間を確保して頂くわけにはいかないんです。」

なるほど、ホールンさんは二つ名持ちの龍達に古代魔術オールド・ソーサリーを叩き込んでいるのだろう。ディースからも、ホールンさんが発破をかけまくって古代魔術オールド・ソーサリーの訓練に龍達を駆り出しているという話を聞く。最近は実践に足る龍も何龍が出てきたと言って上機嫌らしい。

それで時間が無いので比較的若い彼らに教える余裕は無いのだ。彼らにとっても忙しい“銀角龍”の時間をそれ以上奪うわけにはいかない、と。そこで新たに『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』となったウォルに声をかけてきたという訳だ。

「感謝します。ありがとうございます。当日はよろしくお願いします。」

これでもかという平身低頭でウォルの前から去っていく“雪龍”。その向く先であるウォルも恥ずかしくなってしまうほどだ。

ウォルはホールンさんやディースが、龍の集まる場で『古代魔術オールド・ソーサリーを学べ』とか『術式の並列無言起動が出来なければ論外』とか圧力をかけているのではないかと予想する。そうでないと“雪龍”がここまで必死になる理由が無いのだ。

その光景を思い描いてウォルはふふっと笑った。


次にウォルに声をかけてきたのはやっとのことで緊張を克服したらしい若い竜人だった。

その緊張の反動でテンションは高く、場を意識しない発言や行動ができてしまう。

「よっ!俺はアレック。よろしく!」

「こんにちは。ウォルです。」

なんともフランクに話すその青年。ウォルは端的に返事を返す。

そのやり取りを愕然として見ているのは話に行くのを止め損なった同僚の竜人達だ。『さっき黒衣集が頭を下げながら話していたのを見ていなかったのか、その召し物が“幻想龍”の物だと気づいていないのか。』そう言いたいに違いない。だが既にウォルに話しかけてしまったので当人の前でそれも言えず、こちらを見ることしかできていないようだった。

「その片眼鏡、すごいね!

 “世界龍”様のものにそっくりだ。外さなくていいの?それを付けて式に臨むなんて勇気あるなぁ!」

『そっくり、なんじゃなくてそれそのものなんだよ、下賜された物だからね』と言おうとしてウォルは思い留まる。とてもめんどくさいので言い返したいところだが、もう直ぐ式が始まるのでここで長くなるのは避けたい。

「そう、ありがとう。」

そっけなくそう言って列の前の方を向く。

「なんだよ、つれないなぁ。ねぇ、君めっちゃ可愛いじゃん。

 これが終わったら一緒にお茶とかどう?」

「結構です。この後も先約がありますので。」

なんという的確に地雷を踏み抜きまくるその速度。ウォルはもう既にめんどくさいを通り越して眼中に無かったが、この国の上位陣ホールンさん達の張った鳴子なるこを鳴らしまくっていた。

「ねぇ、どこに住んでるの?今日はどんな勲章を?」

それでもなおズイズイと前に来る竜人。

「ねぇ、俺の彼女にならない?勲章持ちの彼氏だぜ?」

ウォルもこの場にいるということは何かしらの勲章を受勲するということ。それすらも忘れて有頂天になっている。

ウォルの手に力の奔流が生まれる。一撃くらい入れても問題ないだろうと思ったのだ。

それに気づいた同僚がやっとことで彼に組み付き、無理やり自分の列に戻す。

「うぉ?なにするんだよ!ウォルちゃん、また後でね!」

ウォルが横目を向けると必死に頭を下げてこちらに謝ってくる同僚達。ウォルは彼らに軽く会釈をした。他の参列者はそれを見てなにもできない。止めようにもその方法が無いのだ。黒衣集である龍が頭を下げるような『仙天楼の五龍』以外の存在と相対した事など無きに等しい。接し方がわからないのだ。最悪の場合であるその怒りを買ってしまう事を思い浮かべれば、我関せずを貫いた方が吉にも凶にも転がらない。

視線を戻す時に後ろの老竜と目が合ったが、やはり話しかけてくる気配は無かった。

「開門!」

そんな彼らを残して宮殿の大扉が開く。

ウォル達の周りをいくつもの小型撮影機ドローンが飛び始めた。中継が始まったのだ。この小型撮影機ドローンもホールンさんと“世界龍”の合作。映像を転写できる水晶を中心に、飛行の術式が組み込まれた輪がその周りを回っている。

広すぎる国土全体に散らばる国民にどのように情報を届けるかと考えた時に、その音声と映像を見せるのが一番手っ取り早い。各都市などの主要施設に空中に映像を映す画面スクリーンを設置し、国の行事などを中継するのだ。

扉の中から出てきた黒衣集の一人がウォル達最前列に声をかける。

「お進みください!」

ウォルはその一歩を踏み出した。一歩づつ階段を登っていく。先を行く黒衣集が昇る速度に合わせていれば問題ない。背後から凄まじい視線の量を感じる。今撮影機ドローンを含めこの場にいるすべての国民の目がウォル達に向いているのだ。大きすぎる扉に近づけば、背後からの圧力は少し弱まる。だが次は左右からの圧迫感を受けた。

その扉をくぐるとすぐに万雷の拍手に迎えられる。

赤い絨毯カーペットの両側にさまざまな姿の人々が所狭しと立っている。そこには初めてウォルがここを歩いた時に想像した光景と全く同じものが広がっていた。正装ローブやドレスを着込んだ竜、竜人達。謁見場で直接授与を見ることを許されている高い地位にある者や同盟国の来賓がその殆ど。天井からの煌びやかな光、そして絨毯カーペットと同じ等間隔に掛けられた赤色のエンデア紋章がその場を彩る。

遥か向こうに一番大きいエンデアの紋章が掛かっているのが見える。あれが反対側の壁。ウォルにしか知り得ないことだが、その向こうには五龍の控え室があるのだ。ステアは今そこにいるのだろうか。

ウォルは高揚を抑えながらゆっくりと絨毯カーペットを進む。

やはり参列者の多くがウォルの羽織るマントと片眼鏡を見てその真意を察知し、感嘆の声を上げる。ウォルが放つ力も相まってその姿は龍にも劣らない存在感を放っている。ローブや片眼鏡に着られていると言うよりも着こなしている印象があるのはさすがウォルというべきか。

所狭しと並ぶ参列者が途切れた先には、龍と黒衣集が綺麗に整列している。皆黒いローブの前を開けて自分の色の服を見せる格好だ。黒衣集とはいえ一龍としてそこに並ぶことを認められているからこその姿。

ウォルは一番手前に見慣れた三龍を見つけた。ロノ、シャレン、アンスタリスだ。まだ黒衣集のマントは羽織っておらず、それぞれ正装ローブだけで立っている。

その三龍さんにんも首都に来ていたのだ。シャレンとアンスタリスはウォルを見ても微笑むだけだったが、ロノは臆せずそのまま手を振ってくる。そのまま両手を髪の毛に当ててジェスチャーをしてくる。ウォルが髪の毛を切ったことを言いたいのだろう。龍の中で一番端に立っているというのに、その動きは一番目立った。

ウォルは左手をちょっとだけ挙げてそれに答えた。

片眼鏡が両側の龍達の名前を表示していく。その中には幻想舎に来ていた“陽龍”ドーン卿や先ほどの“雪龍”もいる。

ウォルの目に一段高くなった床がはっきりと見え出すと、両脇には二つ名持ちの龍が並ぶ。

〈定位置を表示します。〉

片眼鏡がちょうどのところでウォルにその位置を教えた。丁寧に画面の中に足跡まで付いてその立ち位置を明確にしている。

その足跡に両足を合わせて立ち止まり、ゆっくりと息を吸って吐く。

やはりその場の緊張感は想像を遥かに超えるものだ。ピリつく空気がウォルの顔に刺さる。だが身体はなぜかその空気の影響を受けなかった。お陰で膝も震えずしっかりとその場に立つことができている。

それはステアから贈られたマントに起因していた。そのマントは着用者にとって負の効果を表面で打ち消し、反射する力を持っている。なのでマントに覆われた身体は不思議と温かく、顔だけが場の刺々しい影響を受けているのだ。

意外と開式宣言が出るまで時間があったので、ウォルは首を動かさないように周囲を観察することにした。片眼鏡の力で遠くまで見たいところが自在に見える。

ディースが言った通り、五龍が立つ位置に一番近い場所にホールンさんとディースが立っている。左にホールンさん、右にディース。そしてその二龍の身体の向きは他の龍と違って斜め。つまり、左右で向かい合うのではなくこの謁見場全体を見れる向きなのだ。

それは二龍が『仙天楼の五龍』に次いで力を持ち、その権力の一部を代行する立場を示していた。彼らは他の龍同様五龍に従う家臣であり、同時に他の龍と違いこの国を治める支配者でもあるのだ。

「『仙天楼の五龍』様方が入場されます。」

その声に一斉に跪く謁見場の一同。ウォルも片膝を落として五龍の入場を待った。

奥の扉が開き、まず初めに“祈龍”が姿を見せる。続けて“幻想龍”、“白金龍”、“原初”そして“世界龍”の順番だ。

壇上等間隔に左からステア、“原初”、ルイン様、“白金龍”、“祈龍”の順に並んでいる。ウォルはそれが五龍の立ち位置なのだろうと断定した。五角卓の座る位置も今と全く同じなのだ。

同時に“世界龍”の動きに合わせて宙に浮かびながら入場に追随した勲章の数々にも目がいく。その数は数百に及ぶだろう。重ね合わせられているとはいえそれは壁のような数。

「皆、楽にせよ。」

いつも話す時とは違う“世界龍”の荘厳な声。

まず初めに立ち上がるのは黒衣集、そして龍達。そして両側の参列者。ウォル達が立ち上がるのはそのあとだ。


「まず始めに、人間の国で命を落とした我らが三百十の家族へ追悼の意を示し魂送の儀を行います。“魂醒龍”様、“聖鐘龍”様。」

その司会の声に進み出たのは白い鐘を持つ龍と円形の額冠をした龍。

額冠の龍が両手の中で白い球を作り出し、それを上に高く放り投げる。それはすぐに落ちることなく光となって散り、キラキラとこの謁見場の中に舞い降りた。

カァーーーーン…

同時に澄んだ鐘の音が一度大きく響き渡る。

その音はウォルが思った以上に長く伸び、じんわりとその空間に溶けていった。

魂送の儀は龍の間に伝わる死者を弔う儀式の一つ。実際の魂を送るのは遺体がこの謁見場にあった時既に行っているが、このように行事などで国民が一堂に会する時、儀式的にもう一度行う慣習になっている。

カァーーーーン…

もう一度鐘が打ち振られる。その間誰ひとりとして動かず、その鐘に耳を澄ませていた。その音には何か心を落ち着かせる効果がある。前を見れば“世界龍”は天を見上げてその余韻に浸り、ステアも目を閉じて祈っているかのようだった。

ウォルも今回のディグロスという人間の国での出来事はディースから聞いていた。あの槍を扱う人間の国で、滞りなく侵攻は進んだもののその地下で遺体となった竜と竜人が大勢見つかり、その死後経過した時間から蘇生すら不可能であったこと。そしてその惨状は目を覆いたくなるほど惨たらしいものであったこと。

ディースによるとそのようにして失われた魂の多くが『魂の河』の流れに乗らずこの世界に留まってしまうのだという。死霊ゴーストと呼ばれる存在だ。そうならぬように“魂醒龍”の力と“聖鐘龍”の鐘を用いて河の流れに乗せるのだ。それが本来の『魂送の儀』。

ディースも『死』を知覚できる存在として魂の関わるものには並々ならぬ知識を有する。そこからウォルに噛み砕いて説明してくれていた。

鐘の音が消えると、二龍は上段に立つ『仙天楼の五龍』に頭を下げて元の列に戻る。

「ありがとうございました。」

その司会の言葉が謁見場を一気に現実の世界に引き戻す。ウォルですらその音に囚われて意識を飛ばし掛けていたほど。そこからざわめきが戻り、授与式が始まる。


「只今より称号及び勲章の授与式典を挙行致します。まず初めに団体への授与です。」

司会である黒衣集の一龍ひとりからそう声が響く。

事前の取り決め通り、最初に受勲する何人かの竜人と竜がウォル横を通り『仙天楼の五龍』の前に進み出ていく。

「赤・第一軍・第八師団・第三中隊、第二位白金楯章並びに緑葉章。」

赤い服を着た竜が“世界龍”の前で跪く。“世界龍”は空間に浮く勲章の中から二つを取って、立ち上がった竜の胸に付ける。

「此度の侵攻を食い止めたこと、実に良き働きである。

 ここに第二位白金楯章並びに緑葉章を授与する。

 今後は被害の早期修復に努め、指導的立場としての活躍を期待する。」

「はっ。」

一礼する竜。

その後に四角い盆に乗った数多くの勲章を受け取った。団体としての受勲の場合、中隊長が代表して受勲し隊員達の勲章も受け取るのだ。

この赤・第一軍・第八師団・第三中隊は先日あった帝国領空への侵犯に対して出動し、交戦。相手の戦闘力が高く初撃で半数が壊滅してしまうという事態に陥ったが、中隊長をはじめとした隊員達の判断でその場で時間を稼ぎ“霆翼龍”そして“銀角龍”の到着まで持ち堪えたという勇敢な部隊。彼らのおかげでその侵攻は国境付近で防ぐことができた。幸運なことに死者は無し、だが重傷者が多すぎたことでその中隊の戦闘運用は取りやめになった。なので今回防御面で優秀な結果を残した者に贈られる楯章の上から二番目である第二位白金と戦傷章である緑葉章が贈られた。


「次に幻想楼・三番研究室ラボ、帝国輝章。」

進み出たのは腕を三対持つ竜。どこかでみたことがあると思ったら、幻想楼の料理店レストランでステアが話しかけていたあの竜だ。

「竜に関わる多種族の病に光を差し込む素晴らしい働きである。

 ここに帝国輝章を授与する。

 今後とも医療技術の発展に尽くし、その力を存分に発揮してくれ。」

彼こそウォルの母が罹る『竜力過蓄症候群』通称『竜力症』の抗体を作り出すことに成功した竜。現在も研究を続け、治療薬の完成にあと一歩のところに迫っている。治験期間を経て、実用化まであと数年。

竜力が原因であったこの病はエンデアにとっても悩ましいもの。他の国家と交流を行う際に最も壁となって立ちはだかる問題だったからだ。それを解決に導く研究ということで今回名誉勲章の帝国輝章が授与されることになった。数年後に薬が実用化すれば、帝国輝章の上位勲章である天楼章が授与されることは確実だろう。


その後も二、三の団体が勲章を受け取る。

続けて個人の受勲だ。個人では、勲章の格が低い順に授与されていく。

一番初めに進み出たのはあのウォルに話しかけてきた若い竜人。すなわちこの若い竜人が今回の授与式で一番格の低い勲章だということだ。

「第三位銀鉾章。」

鉾章は軍事における攻撃的な働きに与えられる章。第三位銀ということはその中でも中の下といった具合か。確かに国同士の交戦が少なくなった現代において鉾章を受勲することは賞賛に値するのだが、手放しで褒めるには少し劣る章だった。

それを胸につけて堂々と並ぶ列に戻ってくる。

ウォルの横を通り過ぎた時にどうだと言わんばかりの視線を向けてきたが、ウォルはそれを見る気も起きなかったのであえてそれを無視した。

一人だけ浮ついた行動は、蔑みを通り越して可哀想になってくるほどだった。実際ウォルとその青年とのやり取りを見ていた後ろの竜は哀れみの視線を向けている。


そして授与式も終盤、ウォルのすぐ後ろにいた老将が進み出る。

「白・第二軍・第一師団長、龍牙章及び第一位白金鉾章。

 そして将軍ジェネラルの称号。」

その受勲内容が読み上げられた時、一斉にどよめきが起きる。今までで最も高い勲章。

龍牙章は軍事勲章において最高位のもので、それを受勲するには他から突出した功績を残し、五龍に直接その実績を認められる必要がある。そして鉾章の中でも最高位の第一位白金。

実はこの竜、ステアが率いたディグロス皇国侵攻の際に独断で小さな隊を率い裏取りを行っていた。そしてその予想は見事的中し、避難してきていた人間の皇の家族や『竜殺しの騎士ドラゴンスレイヤー』六人を捕縛したのだ。本人も左腕を失う重症を負ったが、彼らの持つ槍を独自の方法で完封し、単身で逃走を図っていた一団を下した。偶然発見した逃走経路だったが、その道には【原初の言葉オリジンズ・スペル】による隠蔽がかけられていたので“幻想龍”ですら気づいていなかった。もし逃せばその槍は他の人間の国に渡り再び竜や竜人を巻き込む悲劇が起きていただろう。

緊急時ということで事後報告となったが、“幻想龍”は咎めることなくむしろその慧眼を褒め称えた。その結果龍牙章と将軍ジェネラルの地位を受けることになったのだ。

“世界龍”は第一位白金鉾章を授与し、龍牙章に手を伸ばさずに一歩下がる。進み出たのは“幻想龍”。

龍牙章は推薦した五龍が授与することになっているのだ。

「私は何も言いません。あなたの働きはこの勲章の輝きが示しています。

 これからも将軍ジェネラルとしてこのエンデアの強大な国家を維持する鉾のひとつとなりなさい。」

そう言ってその老将につけるのは牙をかたどった勲章。それは今までのどの勲章よりも強く光り輝いていた。

そして“幻想龍”の手の動きに合わせて、二本の剣をかたどった細長い勲章がその竜の襟に出現する。将軍ジェネラルを表す物だ。

将軍ジェネラル、それは名誉階級と実務階級を掛け合わせた称号。

まず、実務的な階級としては数多くの大隊、師団が集う地方軍を指揮する権限を持ち、龍に代わって代将を務めたり現地司令官としても活動することができる。この称号を持つ者の命令を上書きできるのは『仙天楼の五龍』と二つ名持ちの龍しか居ない。場合によっては全軍に檄を発することもでき、非常に大きな権力を与えられている。

名誉的な階級としても、常時その格が限りなく龍に近い位置まで引き上げられる。軍に所属する者からは例外なく敬礼を受ける権利を有し、『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』のようにこの宮殿に自由に出入りもできる。

さらには現在この称号を持つ者はエンデア帝国内で十八人。そのうち半数が龍と聞けばどれほど稀で力を持つ称号であるかが分かるだろう。武力、知力、判断力などさまざまな技能を獲得し、軍を動かすことができると認められた証。

軍に所属する者の目指す頂点はこの将軍ジェネラルの地位と龍牙章だ。

「ありがたき幸せ。この私めの愚行を褒め称えて頂いたばかりかこの様な章まで。

 より一層の忠誠を誓います。」

ゆっくりと一礼して踵を返し、戻ってくる竜。


そして、最後はウォルの番だ。ウォルはゆっくりと歩いて五龍の前に向かう。

見知った顔が並ぶが、このような公式の場で対面したことはなかった。ウォルは自分が思った以上に緊張しているのに気づく。

『楽しむ、楽しむ。一回しか体験できないことかもしれないし!』

ディースが言っていたことを思い出し、そう自分に言い聞かせた。

「ウォル・ヴァイケイル・ドラギア。

 青赤水・三龍鱗章並びに二環天楼章。そして魔術師マスター・オブ・ソーサリーの称号。」






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