3.幻想龍の激怒と失望。

地面が砂から砂利、土になり建物が増えて街に近づくにつれてウォルの耳に届く人の話し声が大きくなっていく。

夕暮れの暗い空が突如として橙色に染まったのだ。家の中にいた人々は皆その異様に驚いて外に出てきていた。皆口々に何事かと話しているのが聞こえる。

「この空は何!?」

「何か超常の力が働いているのか!?」

「もしそうなら子供たちもこの力に攫われたに違いない!」

彼らにしてみれば、数日前に子供たちが突如として姿を消した後の出来事だ。

今も捜索が続いていたが、手掛かりは一切見つからない。強いて言えば『海に行こうぜー!』という子供の声を聞いた人がひとりいるだけだ。何も残らない事件だからこそあの日の大時化おおしけで海にさらわれたのだろうという意見が大半だった。

それでも自分の子供の安全を疑わない親たちは何かに巻き込まれたのではないかと思っていた。そんな中の異常現象だ。

「何者かに攫われたんだ!」

「そんな証拠もないことを言うな!第一大勢が一度に何も残さずに攫われることなど聞いたことがない!」

街の大人と親たちの間で小競り合いまで始まる始末。

そんな声を横目に二人はウォルの母親がいる家まで早足で歩いて行った。

「子供たちがいなくなって三日も経っているんだぞ…。」

誰かのそんな声が聞こえた。

「三日…。」

急に鮮明に聞こえたその言葉をウォルは思わず復唱する。

それはつまり、母親が三日間家で何もできずにいるということだ。立ち上がって家の中で動くことはできるが、食料などを買いに行くことはできない。

「お母さん!」

思わずステアを置いて家の方に向かって走り出してしまっていた。

「待ちなさい!」

ステアの静止も振り切って、母の待つ家に一目散に走る。

そんなウォルに気づいたのは街の大人たちだ。

よく自分の子供たちと『遊んで・・・』いることは知っていたので、共に流されたものだと思っていた。そんな半竜人族の娘が目の前を走っているのだから驚かないわけがない。

男がひとりウォルを追って走り出す。大の大人と少女。その差はあっと言う間に縮まり、男はウォルを突き飛ばして押し倒す。

「うちの息子をどこにやった!」

突然の怒号と背中や頭に残る衝撃でウォルは何をされたのかもわからないほどに混乱していた。凄まじい形相で迫るその男の手がウォルの首にかかった。少しづつその圧が強くなっていく。

「どうせ何か不思議な力を使って息子を誑かしたんだろう!

 半人め、同じように殺してやる!」

後ろから見ている他の親からも、やってしまえとヤジが飛ぶ。

恐怖と、喉を締められたことで声も出せなくなってしまう。

海に飲まれた時に似たあの感覚が再びウォルを襲った。最後の生き残りをかけてウォルは声を振り絞る。

「くる゛じい……助げてズテア…。」

おそらくウォルが一人ではそのままその小さな命を散らしていただろう。

だが、今回は違った。“幻想龍”が、『仙天楼の五龍』の一龍が、その場にいるのである。

突然の出来事に刹那思考を止めたステアだったが、ウォルが今にも殺されそうになっていると言う現実を認識する。

その瞬間、“幻想龍”は怒りに染まる。

小さな子供に手をかけ、今にも殺そうとする人間の男。

それを支持し、さもそれが当然とばかりに囃し立てる周囲の人間の親。

その歪んだ思考を疑い、止めようともしない周囲の人間。

それに人間の子供達がナイフを振るってウォルを傷つける場面が加わる。


「死ぬのは君たちだ。人間族。」


次の瞬間男の手からウォルが消えた。

前屈みで押さえつける格好だった男はそのまま地面に顔面を打ち付ける。

一拍遅れ、その声に視線を向けた親達の前には一人の女性がいた。

ぐったりとしたウォルを抱え、その顔は怒りに任せ歪んでいる。

カツンと何がが切れた音がする。それが“幻想龍”の神力と龍力を制限していたかんぬきが折れた音だと誰が想像できただろうか。

圧倒的な覇気オーラ、神力と龍力が暴力として吹き荒れる。

一番近くの家からその圧に耐えかねて横に圧縮されたように潰れていく。大きな岩が衝撃によって粉砕され崩れ落ちる。家や岩ですらそうなるのだ。ただの人間がその力に耐えられるわけがない。

大きな何かに殴られたように人が壊れながら吹き飛んでいく。その圧倒的な力に当てられ、空中を舞いながらもその意識を刈り取られていく。本能で逃げようと反対側に走った者もいたが、圧に追いつかれ無様に手足をひしゃげて地面に転がる。

“幻想龍”にしてみれば、今のはただの覇気オーラによる威圧。ここからが本番だった。

「“刻永の磔台エターナル・ピリオド”ー…。」


古代魔術オールド・ソーサリー』それは失われたいにしえの魔術。

衰退、転化し現代に伝わる魔法マジックの源流。現代よりもはるかに強い力を意のままに操ることができる。そして『仙天楼の五龍』はこれを息をするように扱うことができた。

元来、龍の系統を持つ種族はこの古代魔術オールド・ソーサリーに高い適性を持っていた。そしてその知識を持つ『仙天楼の五龍』をはじめとする古代より生きる龍たちが師として存在する。その成り行きから現在は、龍と竜、そして一部の種族だけがこれを使いこなすことができる。人間などの現代種族にも魔法マジックを極め、この域まで到達したものはいる。だがそれでも一瞬触れた程度だ。

特定の術式、発動する単語ワードを用いる魔法マジックと違い、魔術ソーサリーは術者自らが一から術式を組み上げる。その分修得、発動は難解を極め、まず初めにその根本原理を理解しなければ構築にすら至らない。だがその対応力と威力は魔法マジックを遥かに凌駕する。

古代から存在した超常は、使用者が使いこなす『術』から長い年月をかけて使用者が従う『法』になってしまっていた。


“幻想龍”の古代魔術オールド・ソーサリーによって周囲は劇的な変化を見せる。

周囲の家が溶けるように大地に沈み込み、凹凸のない平地が現れる。

ゆっくりとそれを黒い影が覆っていく。そこから突如として数多の影の十字架が立ち上がった。

勝手に動く影の鎖によって縛られ、意識を手放した大人達がゆっくりとその十字架に固定されていく。

途中で意識を取り戻した男が気づいてもがく。

「痛い!やめろ!離せ!なんだこれは!?」

その叫びも“幻想龍”の耳には入らない。小さくその場に響いて虚しく消えていくだけだった。強いて言えば近くの者の意識を取り戻させたくらいであろうか。

叫び声が少し増えただけで、“幻想龍”にその声を届けるほどの力もなかった。

“幻想龍”は、腕に抱えたウォルの胸に手を当てる。

「“意識再起リブート”“完全回復レザレクション”」

立て続けに力を行使する。ウォルがゆっくりと安定した呼吸をし始めたのを確認し“幻想龍”は安堵のため息をついた。

ステアは腕に彼女を抱えたままその場に作り出した椅子に疲れたように腰を落とす。

数秒も立たぬうちに、その場に何人もの黒いローブの人物が現れた。黒衣集だ。

「間に合わず…っ!申し訳ありません。“幻想龍”様。」

一斉にその場に跪いて許しを乞う。

磔にされた人間の男のひとりが何かを喚く。それを腕の一振りで喉を掻き斬り黙らせる。

「よい。私もこれは予想できなかった。私でわからぬのだから其方たちに非は無い。」

ウォルを見たまま“幻想龍”は答えた。

「後から“世界龍”様に咎められるかもしれぬな。その時は私が責任を負おう。」

「お待ち下さい!“幻想龍”様!…っ!」

「よい。よいのだ。」

一斉に反論する黒衣集を黙らせ、ステアは腕の中の少女を見る。妹や娘、そして友のような、至高の“幻想龍”にできたはじめての立場にしがらみのない存在。五龍以外の名前を呼び合えるはじめての存在。

宮殿の廊下を共に歩きながら、これ以上この娘を傷付けさせまいと誓った。そんな数時間前の自分を盛大に裏切ってしまったのだ。“幻想龍”の怒りは人間だけでなくそんな自分自身にも向いていた。

「守ると誓った。何をしているんだ私は。」

何度か深呼吸をし、そのままにしておいた神力と龍力の放出を抑える。このまま放出を続けてしまえば、人間にとってその場にいるだけで死に至る最悪の空間が出来上がってしまう。さらにそのままいくと龍にとっても危険だ。

自身の力も使って周囲に散っていた覇気オーラも回収する。

“幻想龍”の呼吸が落ち着いた頃、その周りにも元の大気が戻ってきていた。

「この道の進んだ先にある家、その中にウォルの母親がいる。病を抱えておるようだ。安静にこの場に。」

本来の目的を思い出し、一番そばに控えていた黒衣集に向かってそう声をかける。

「はっ。」

命を受けた黒衣集が数人姿を消す。

遠くに明かりがつき、しばらくののちに消えた。おそらくそこに家があったのだろう。

「お連れいたしました。」

その声と共に、黒衣集とひとりのやつれた女性が姿を現した。

「ウォル!」

ステアの腕の中の存在に気づいて駆け寄ろうとするが、脚がしっかりと動かずすぐに躓いてしまう。慌てて黒衣集が駆け寄ってウォルの母親を支えた。

落ち着きを取り戻した彼女は周りを見回し、建物がなく、町の人々が十字架にかけられている様子を目にした。

「これは…、どういうことですか!?街の人たちをこのようにして!貴女は何者!?ウォルを返してください!」

ここでステアの目は驚愕に見開かれることになる。

この者は自分の娘がこの街の人々からどのような扱いを受けていたのか知らないのか、と。

考えられるのは本人が鈍感すぎて気づかなかった場合、もしくはウォルがうまく隠していた場合だ。ずっと我慢を続ける優しすぎるウォルのことだ。ステアは後者だろうと踏む。

“幻想龍”は声を荒げる母親に静かに問うた。

「あなたはこの者達や子供達が自分の娘、ウォルに何をしていたか知っていますか?」

帰ってきた言葉はステアの予想を裏付けるには十分だった。

「知っているも何も、ウォルのお友達の家族でしょう。そんな人たちをこのようにしていい訳がありません!

 いつも一緒に遊んでくれていたと聞いています!すぐに解放してください!」

それを聞いてステアは悲しそうな目を向けた。

「十分にわかりました。

 貴女はこちらで保護する予定でしたが、少し手段を変えた方がいいでしょう。」

“幻想龍”はウォルの母親に手を向ける。

「“安らかなる眠りセーブ・スリープ”。」

その力でウォルの母親は倒れ込む。結果として肩を貸していた黒衣集がそれを受け止める形になった。

「強制的に眠らせました。“世界龍”と連絡を取ります。

 その後対応を決定しますからそのまま保護して待機しなさい。」

倒れ込んだウォルの母親をそのまま抱え上げた黒衣集は頷いて同意を示す。

それを一瞥し再びウォルを視線を戻したステア。

“幻想龍”は釣床ハンモックを作り出すとウォルをそこに静かに下ろす。

少し離れて立つと、目を瞑って何か力を行使した。固有の力であることを示す水色の渦が発生し、彼女の上半身を包み込む。

「承知しました。寛大な御処置に感謝します。」

そう言って目を開けた彼女は水色の渦を消し、黒衣集に再度指示を出す。

「“世界龍”の指示により本国から人間の子供達を直ちに送り返すことになりました。

 ここの人間族を連れ、この国の王都に向かいます。黒衣集は竜人族の保護を終え次第私の元に集まりなさい。

 王都に向かう時刻は明日の朝です。」

“世界龍”は“幻想龍”の報告を受け、子供達を送り返すと同時に国王本人に今回の是非を問うことを決めた。“世界龍”の命を受け子供達を乗せた最速の飛空船がエンデアを出発する。

子供だけでなく大人からもウォルがこのような扱いを受けていることに、メレイズの国家としての本質を見出してしまったのだ。

「“消去キャンセル刻永の磔台エターナル・ピリオド”“幻想の箱庭イリアル・プリズン”。」

“世界龍”の命を受け、町に新たに掛け直したのは“幻想龍”の名前が入る彼女の最も得意とする術式。


“幻想龍”はそもそも固有能力として『幻想』を操る能力を持つ。これは世界の根本に由来する力で、彼女を彼女たらしめる所以だ。

その力を古代魔術オールド・ソーサリーと組み合わせることで相乗効果を生み出す。

これで捕まえ、閉じ込められた者は彼女の意志以外の力で脱出は不可能。彼女の持つ別の空間に放り込まれる。そこでは彼女の絶対の意思が働く。生と死を含むあらゆるものが彼女の掌の上にある。かの“世界龍”でさえ『反則』を使わなければ離脱が叶わない領域。無限の牢獄であり、絶対の防御壁ともなるそれ。

幻想の箱庭イリアル・ガーデン”そこに彼女は絶対に逃さないという強烈な意志を乗せた。“幻想の箱庭イリアル・プリズン”。オーバーキルにも程がある、その力は容赦なく実行に移される。


黒い影が消え、代わりに現れあたり一面を包み込んだのは水色の世界。

それは少しづつ収束し、磔にされていた者たちを絡め取り一箇所に集める。

次の瞬間その檻が消えた。

「“幻想龍”様、お願いします。」

横から声をかけるのはウォルの母親を抱えた黒衣集のひとり。ステアは頷くと手を向ける。

「“幻想の箱庭イリアル・ガーデン”」

ウォルの母親と黒衣集が、水色の光に包まれて消える。

直後、彼女の手の中には二つの水色の光が煌めいた。


ウォルが目を覚ますと、そこは飛空車の中のソファだった。

ゆっくりと何があったのかを思い出す。自分の首に男の手が掛かっていないこと、そして隣にはステアがいることを確認する。

彼女の手のひらの上には水色のサイコロのようなものがふたつ浮いていた。

「ステア?」

「あら、起きたのね。よかった。」

「お母さんは…?」

そう問いかけると彼女は怒ったような笑ったような不思議な顔をした。

「保護はできたわ。安心して。

 でも今少し複雑なことになっていて…。会うのは少し後でもいいかしら?」

「うん、わかった。ステアに守ってもらえるなら大丈夫。」

その言葉で何かを察したウォルは、それ以上聞かないことにした。

それに、窓の外に高層建築は無い。元々母を保護したらすぐにエンデアの首都に戻る計画だった。

龍の国に帰ってきていないということは当初の予定と違うことが起きているということだろう。

「今どこに向かってるの?」

「この国の王都よ。

 今本国から子供たちを送り返してもらってるの。直接国王と会って私が話をすることになったわ。」

ステアはウォルの頭を優しく撫でながら答える。

「私もついて行っていい?」

単純な好奇心もあったが、それよりも。

王都に行くとなると、共に海流に巻き込まれた子供たちや自分の母親まで絡んでくるかもしれない。そうでなければ直接ウォルをつれて王都に行く意味がないから。

そう幼いながらも的確に読み取ったウォルはそのままステアにお願いをする。

「本当は飛空船で待っていてもらおうかと思っていたんだけど…。

 ちょっと怖いことになるかも知れない。もしかしたら悲しいことにも。それでも、一緒に行く?」

「うん!」

少しだけ間が空いたが、ウォルからは元気な返事が帰ってきた。


その日、メレイズ王国の玉座に激震が走った。

突如として別大陸の超大国エンデアから使者来訪の報が入ったのだ。

なんでも『貴国の住民を保護した』とのことで、その送還に併せて使者が来るというのだ。『既結の条約を思い出せ』との一文を添えて送られてきたその知らせに上層部は大混乱に陥る。

即時に裁判長官をはじめとする司法府と公爵を筆頭とする行政府が呼び出され、条約の記録を調べられる。宰相と国王、上位貴族たちはいかにして使者をもてなすべきかという難題に直面していた。

武力はもちろんのこと生活水準などの文明もエンデアは世界随一。遠く離れたメレイズ王国にもその情報は伝わってきていた。生半可なもてなしではいけない。

国を挙げた晩餐会を開くというところで話が落ち着いた頃、司法府からもたらされたのは相互国民保護の条約と竜人族保護の誓約だった。過去にエンデアと結んだものはこれ以外無いという。

聡明な宰相はそこで気づいてしまう。

メレイズ王国では百年前ほどから竜人族を奴隷の身分としていたことに。労働奴隷だけでなくその強さから剣闘奴隷としても竜人族を使っていた。

「竜人族を奴隷としていることが彼の国に伝わったのだとしたら?

 これだけ離れているのだから伝達に長期間を有したとしても違和感はない。

 人間以外の種族を奴隷に落とした時、この誓約があることに気づけなかった。

 だが常識的に考えれば奴隷化は完全な誓約違反だ。」

それが宰相の口から語られた時、残ったのは静寂だった。

全員の頭が生き残りをかけて全力で思考している。

「戦うことは?」

ポツリと出た貴族の意見に、宰相はそれを真っ向から否定する。

「竜の国だぞ。伝説上の存在とやり合おうと思うてか。」

この国にも竜の出てくる伝説はいくつか存在する。だがそれらの全てにおいて竜は神とも言える存在として扱われていた。

使者の到着は明日の朝。

「この国の竜人族を集めよ!早急に手当てをして出来るだけよい状態で引き渡すのだ。

 全員をその場で引き渡せば、即座に虐殺のようなことにはなるまい。」

国王の一声。

それしかない。それが全員の共通意見だった。

もうすでに取り返しがつかないが、今からでも竜人族を手当てして出来るだけ安元な状態で引き渡せばその場としては・・・・・・・収まるのではないかということだ。

少しでも時間的猶予を…。

綱一本の希望を見出した玉座に、絶望を与える知らせが飛び込む。

『国に一人も竜人族がいない。大半が檻に入れられていた者だというのに、跡形もなく消え失せている。』と。竜人族の保護に走った近衛兵達からの情報。

なぜそのようなことが起きたのか、それは場違いにも思える下位貴族からの何も知らぬ具申によって明らかになった。曰く、『奴隷にしていた竜人族が、黒い服を着た何者かに連れ去られた。周囲の者が斬り掛かったが、一瞬のうちに返り討ちにあった。』と。

その黒い服を着た何者か、それは今玉座の前にいる者であれば容易に想像できる。それがエンデアからの手であることは明らかだった。

こうなった以上国王の思いついた一手は使えない。

なりふりかまっていられない。そう思った宰相は周囲の国に救援を求めることにした。

その相手は隣の大国。噂では最高戦力として『竜殺しの騎士ドラゴンスレイヤー』を抱えるという。山岳国家である隣のディグロス皇国は穀倉地帯を持たない。メレイズなら食糧を提供することで救援の対価とすることができる。

今度こそ一縷の望みをかけて、複数の早馬を飛ばす。国王だけでなく裁判長官、公爵、宰相の名前を連名で記した。メレイズ王国存亡を賭けた大博打だった。

『服従するとしたらー…、国外に逃れるならー…、戦うとしたらー…。』

そんな話し合いが延々と続いた。国家首脳が無能ではなかったことがメレイズ王国の救いだろうか。

玉座に光線が走る。日の出の方向に空いた窓からだ。

朝…メレイズ王国が最も恐れた朝が始まる。


本国からの子供達の送還船と合流した“幻想龍”とウォルは、巨大な飛空船の甲板にいた。

周囲には飛空船の護衛の竜たちがその威を誇るように滑空している。

飛空船の一番前、柵に寄りかかるようにして眼下を眺めるウォルのすぐそばには“銀角龍”が護衛として付いている。

「ウォルさんは空からの景色がお好きなのですね。飛空車での移動の際もずっと窓際におられましたし。」

「うん、ステアとか、ホールンさんが空を飛んでいる時の景色と同じでしょ?

 いつもこんな景色を見てるんだ、と思って楽しくて。」

ウォルが楽しそうに答える。それを見るホールンの目はまるで孫を見ているかのようだった。

「そうですねぇ。竜人族の中にも翼を持つ者はいますが、この高度を飛べるのは龍や竜の特権でしょう。特に音を超える高速飛行は龍にしかできません。

 言うなれば、龍としての誇りの一つでしょうか。」

解説も交え高らかに謳うホールンさんをウォルは輝く目で見つめる。

「あの、ホールンさん達龍は“原初”さんと“白金龍”さんから生まれたって聞いたんですけど、みんな兄弟姉妹ってことなんですか?」

ここぞとばかりにウォルは気になっていたことを聞いてみる。

「ええ、そうです。生まれた時期はバラバラですが、みんな兄弟姉妹です。

 生まれた時に取り込んだ要素の差によって数多の龍が誕生したのですよ。

 “幻想龍”と“祈龍”は一番目と二番目。実を言えば私は三番目に生まれたんです。

 私には二人のような神力に因る要素はありませんが、『金属』と『大気』の要素を持っています。このようにね。」

ホールンさんは手をかかげ、一瞬にして金属を生み出し、それの形を変形させていく。

出来上がったのは小さめの腕輪ブレスレットだった。

「せっかくですからこれを差し上げましょう。」

差し出されたそれをウォルは両手で受け取る。とても細いが、なんとそこには緻密な細工が施されている。葉とエンデアの紋章を崩したような図柄だ。

ウォルは右手にそれをつける。

「ありがとう!」

溢れんばかりの笑顔と共に感謝の言葉を送る。ホールンさんも満足そうだ。

「そうですねぇ、“幻想龍”と“祈龍”は、生まれた時に強大な力を取り込んだんです。

 取り込んだと言うよりは取り込む資格があったと言う方が正確でしょうか。

 二人とも他の五龍と同じように神力を自在に操ることができます。もちろん龍の中にも操ることができる者はいますが、彼らは規格外。何せ神域存在。

 天変地異を起こせると考えるとその力の強さがわかるでしょう?」

「うん。」

ウォルは大きく頷いた。そして一度ステアを見る。

「だからこそ彼女らは『仙天楼の五龍』と呼ばれ守護者、先導者、創造者として上に立っているのですよ。」

「その、神力っていうのはどんな力なの?

 私はその神力が見えるんだけど、みんな纏っているだけで実際はどうなんだろうと思って。」

ウォルはステアが龍力を使う場面には遭遇している。例えば宮殿の扉を開ける時だ。その使い方からしてその個人を特定することができるのではないかと思っている。

神力については…。印象が強い場面で言えば“祈龍”が円門から入城する時。半透明の力は網目状に広がって“祈龍”が水の翼を作る元となっていた。

それでもいまいち神力というものはわからない。

「そうですねぇ。神力を持っていることと使いこなすことはかなり違います。

神力というものは言うなれば世界そのものを改変できる力というものでしょうか。その量や練度によっても効果の強さは変わってきます。ただ神力を持っているだけではその資格があるというだけで宝の持ち腐れなんです。

神力を自在に使いこなせるものだけがこの世界の最高位者である『神域存在』となることができるのですよ。」

ウォルは世界そのものを改変と言われてもいまいちピンと来なかった。

その疑問が残る顔を見たのだろう。ホールンさんは追加で説明を加えた。

「つまり、みんなが当たり前だと思っていることを、自分が思い描くように自由に変えることができるんですよ。」

そこまで言われてその凄さを自覚する。

「みんなが当たり前だと思っていること…。例えば水を粘土みたいにするとか?」

「ふむ…。極端な例えですが、できます。その力を使う人がどれだけ神力を使いこなせるかにもよりますが、五龍クラスになればできると思いますよ。」

「私には龍力も神力もないし…。いいなぁ。」

やはりそれだけ聞かされれば一度は使ってみたいと思ってしまう。

「龍力はともかく、神力は後天的、つまりある日突然得ることもあるようですよ?」

「そうなの!?もしかしたら私も使えるようになるかもしれないってこと!?」

「ええ、その可能性は十分にあります。例えば…“原初”もそうですよ。」

ウォルの目に希望の光が灯る。もしかしたら“幻想龍”みたいになれるかもしれない!

「もし使えるようになったらホールンさんが教えてくれる?」

「ふむ…それは遠慮しておいた方がいいかもしれませんね。

 私もまだまだ神力に関しては学んでいる身です。“幻想龍”に直接教わった方がいいでしょう。」

「でも、“幻想龍”と“祈龍”のすぐ後に生まれているってことは、ホールンさんは五龍に一番近いってことだよね!だったら先生にもなれるよ!」

「そうですねぇ、そうだといいのですがねぇ。」

拳を握って力説するウォルとはにかむホールンさんは目を合わせて微笑んだ。


「ちっ、ホールンめ、ウォルと仲良くしおって。腕輪ブレスレットの贈り物だと?

 私もまだ装飾アクセサリーを贈っていないと言うのに。」

完全な私怨による悪態を吐きながらステアはメレイズ王国での会談の打ち合わせだ。

ホールンを除く他の黒衣集に護衛の竜、正使者として派遣された氷竜フロストの長が集まっている。

まずは氷竜フロストの長が正使者として赴き子供達を届ける。その後に“幻想龍”が直接乗り込んでことの次第を質す計画だ。

朝日を背にして一団は進む。メレイズ王都から優雅に天空を進む集団が見えるのも時間のうちだった。

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