第1940話・大晦日の朝

※お知らせ。

 本話の続きを、明日から新しく掲載をします。どうか、よろしくお願いいたします。

 新しい掲載先を作りました。

 一話を公開しないと掲載先を公開出来ないようなので、暫定として以前に近況ノートに書いた説明を乗せておきます。

https://kakuyomu.jp/works/16817330658391372155



Side:久遠一馬


 大晦日の朝だ。すでに正月の準備は一部の料理以外は終えている。


 家臣や奉公人の皆さんも屋敷の警備を除いて可能な限り休みにしているので、朝ご飯の支度から自分たちでしている。妻たちが多いので、オレは子供たちの相手をするのが役割になっているけど。


 今日は風に乗って流れてくる町の喧騒もあまり聞こえない。


 その分、屋敷の中は賑やかだ。妻たちや子供たちが集まっているからね。年末はこういうもんだなと心の底から思えるようになった。


「まーま、それなに?」


 子供たちと遊んでいると、春が重箱のようなものを持ってきて、子供たちの興味が一斉にそちらに移る。


「カメリアが生まれた祝いの品よ」


 ひとつ予想外なのは、ナディとの子であるカメリアが生まれた祝いの品が届くことか。


 子供たちが生まれた時には、毎回お祝いとして領民向けに振る舞いとして酒とお菓子を配っているものの、今回は本領で生まれた子供ということで振る舞わないことにした。


 毎回贈り物をする側も大変かなと思ったんだ。今回はナディと相談して大々的にやらないことにした。もともとナディもあまり派手なのを好まないし。


 実は本領で生まれた子供が来たことも、信秀さんと信長さんくらいにしか教えてないんだけど。数日で織田家の主立った皆さんには知られたらしい。


 年の瀬に申し訳ない気もするけど、こういうのを見ていると織田家内の横の繋がりが上手くいっているんだなと実感する。


「おかしだ!」


 春が中身を見せてやると、子供たちのテンションが一気に上がる。今回の贈り物は八屋のカステラだからだろう。


「今日のおやつにしようか」


「あとで?」


 ケティとの子である武典丸が悲しそうにオレを見ている。今食べたいと言わなくても分かる顔だ。朝ご飯前だしお腹が空いているんだろう。


「マーマたちが美味しい朝ご飯を作ってくれているよ」


 武典丸が悩み始めた。どっちも食べたいんだろうか? ケティに似たのか美味しいものを食べるのが好きな子なんだよね。


 おっと、そんなことを言っている間に朝ご飯の支度が出来たみたいだ。


「いただきます!」


 牧場に行っている妻たちもいるので全員ではないものの百人以上での食事って、ほんと大家族とかそういうレベルじゃないよね。


 妻たちとも夫婦であることに変わりはないけど、この時代とも元の世界とも微妙に違う夫婦関係と言えるだろう。


 仮想空間での積み重ねもあるし、それぞれに独立した人生を歩みつつ家族という形で生きることで落ち着いた。


 子育てに関しても特殊だと思う。みんなで育てる。それはオレたちで決めたことだけど、そこにこの時代の価値観と配慮や風習が入り混じった。


 信秀さんや土田御前は本当の孫のように可愛がってくれるし、資清さんたちも甘やかさず大人として接してほしいという、オレの要望に応えるように過剰に畏まらず肉親として子育てに加わってくれているんだ。


 ちなみに子育てに関しては、孤児院やお市ちゃんとの交流がだいぶ参考になったな。


 今日はなにをしようかなぁ。昨日は本の読み聞かせをしたり、積み木とかで遊んだりしたんだよね。


「まーまのおふねにのりたい!」


「うふふ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。でも今日は船を出せないね。年が明けたら乗せてあげるよ」


 子供たちは元気いっぱいだ。大武丸なんかはリーファにせがむようにくっついている。


 仕事を完全に忘れて今日はたくさん遊んでやるか!




Side:斎藤道三


 いつからであろうか。家中、いや我が一族と子らから疑心が消えたのは。


 数日前から新九郎を始めとした皆が戻っており、各々の近況を語りつつ酒を飲んだりしておる。


 孫も増え、尾張に倣い子を育てておるせいか。皆、よう笑う子ばかりじゃ。


「父上も少し飲みませぬか?」


「そうじゃの。今日くらいは良かろうて」


 新九郎に勧められるまま盃を手に取ると、酒を注いでくれる。


 かつて薬師殿に助言されてから、わしは酒を減らしており、今では飲まぬ日のほうが多い。特にひとりで酒を飲むことはほぼなくなった。


「いかがされました?」


「わしがかように子や孫に囲まれて余生を過ごせるとは思わなんだからの」


 ふと、昔を思い出したからか。涙が込み上げてきそうになる。


 わしは正道とは無縁の男。人には言えぬ手段を用いたこともある。守護家と争い追放までしたのだ。美濃の国人ばかりか家臣や一族すら信を得られず、我が子新九郎でさえ、当主の器にあらずと内心では思うておった。


 それが、かような日々を得られるとは……。


「左様でございますな。某と父上は、ひとつ間違うと互いに刃を向けておったことでしょう」


 嘘偽りなく本音を語る新九郎に、他の子らと孫らが静まり返った。信じられぬと言いたげな者もおるな。されど、事実じゃ。


「ただ、人はやり直せるものでございます」


「……立派になったな。新九郎」


 込み上げてくる涙をこらえきれずにおると、孫の喜太郎が紙を差し出してくれた。


 わしのゆく道は地獄に通じておるのではあるまいか。幾度そう思うたことか。倅がわしを超えてゆき、孫に案じられる。


 過ぎたる幸せとはこのことであろう。


 いずこでかような道に進んだのであろうか? そう思うと、十年の年月を経てもあまり変わらぬ内匠頭殿の顔が浮かぶ。


 今でも二十歳くらいに見られることすらある。見た目で威厳を保つなど考えもせぬ御仁じゃ。


 わしのような者まで導くとはの。まことに神仏の使いではと言われると否と言えぬわ。


「まだまだ老け込まれては困りまする。我らにもっと教えを授けてくださりませ」


 ああ、そうじゃの。織田の大殿や内匠頭殿には伝えられぬものがある。穢れ地獄に落ちるべく定めがあったわしにしか伝えられぬことがな。


「老け込んでなどおらぬわ。わしはまだまだ生きるぞ」


 二度と、かつてのような世になどさせぬ。たとえわしが地獄に落ちてもな。


 子や孫、子々孫々の世のために。


 わしは最後の最後まで生きて、古き世に戻らぬための番人にでもならねばなるまい。



◆◆


 永禄三年、師走の尾張は例年通り穏やかな様子であった。


 久遠一馬の妻である久遠ナディが、本領である久遠諸島にて産んだ子を連れてきたことで、尾張では祝いの品を贈るなどしていたと記録にある。


 当時久遠家では、子が産まれると領民にも酒や菓子を振る舞うなどして祝っていた。ただ、一馬は元来それほど派手好きではないこともあり、本領で子が産まれたことは公にしておらず内々で祝っている。


 子供が尾張に来訪したこの時も、大々的に祝いをするなど予定していなかったのだが、それでも事実が伝わると多くの祝いの品が贈られており、この事からも久遠家が当時どれだけ慕われていたのかが窺える。


 清洲では新年の挨拶と大評定に出席するために織田家直臣が集まっていた。中でも当時すでに古参と同等の扱いを受けていた斎藤家では、当主である斎藤義龍と先代である利政親子を中心に賑やかな年の瀬を迎えていたことが、斎藤家の家伝として残っている。


 親兄弟で争わない織田の治世に利政は涙して喜んだという。


 『謀叛を嫌うならば、謀叛を起こさせぬ体制にするべき』とは、一馬が足利義輝に語った言葉として伝わるが、織田家の治世はまさにそれを実現したものであると言える。


 京の都や奥羽では波乱の気配が未だ消えぬ状態であったが、尾張は盤石であったというのが現代の定説となっている。




 次話について、新しく掲載を分けました。リンクを貼っておきます。

 第1941話・新年信を迎えて……

https://kakuyomu.jp/works/16817330658391372155/episodes/16817330658568507645


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戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。 横蛍 @oukei

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