第9話 ケアマネさん交代?
8月27日(土)
実家では、妹1、妹3と一緒に、父母の携帯電話や保険の事など、さまざまな契約の見直し、確認、書類整理をする。今まで母がやっていた事なんだけど、高齢になって来たし、そろそろ(遅いかも)私達も、しっかりと把握しておかなければ…と思い。
妹1は、しばらく実家にいてくれるので、夕方、私は一人で自宅へ帰宅する。
高速道路を運転しながら、涙が出来てきた。父は、本当に、後3ヶ月から6ヶ月の命なんだろうか? もっと、早いのか、遅いのかも解らない。初めて、親を亡くす恐怖や淋しさを、本気で想像した。56才でも、親を失う事が、こんなに悲しくて、不安になるものなんだ。実家では、深刻な話題でも、母と妹達が一緒だったから、時々笑みが出るくらいの話しも出来たけれど、一人になると、淋しさと悲しみが拭えなかった。涙が出るほど、悲しいし、不安なんだけど、心の何処かに、母が言う様に、父は大丈夫なのではないだろうか? 医師が言う余命よりも、もっと沢山生きていられるのでは? と思っている自分もいた。
高速を走っている途中に、打ち上げ花火が見えた。数年前、家族で、父の故郷、弘前市の桜祭りで見た花火を思い出し、また、涙が出た。花火でさえも、涙を誘う。
8月28日(日)
とても疲れていて、2時間ほど、昼寝をしてしまった。
夕方、妹3からラインが来た。「母が、爆ギレして、明日のS総合病院への相談はなくなりました」との事。
あ~その様子、想像できる。きっと、母と妹1が「明日は、S総合病院で、どんな事を言ったらいいか」と言う話をしていて、母と妹1の考え方の違いや、S総合病院への信頼の温度差が出て、口論になったんだろう。
高齢の方々は、先生と言う肩書きがつく人には弱い。このS総合病院では、母も、以前誤診をされていて、苦しい思いをしている。父が救急搬送された時も、きちんとした診察をされずに帰され、苦しい思いをした。40年もこの病院で診てもらっていて定期的に血液検査もしてもらっていたが、肝臓の腫瘍だって気づいてもらえなかった。それなのに、母は病院に対して遠慮がちだ。家族には、思いっきり怒鳴ったり罵倒したりするが、肩書きがある人には弱いらしい。
仕方ない。母と妹1の口論を聞いていた訳ではないので、今日の所は何もフォローしないでおこう。一晩経ったら、2人の気持ちも落ち着くかも知れないから。
8月29日(月)
母から、車の保険の事で、調べて欲しいと言われていた事があり、午前中に調べて、その内容を母に伝えた。その時に、昨夜の口論の内容を聞いたが、母は、説明しながら、また怒り出して、声が荒々しくなり、聞いているのも嫌になった。パワーが炸裂していた。内容と言うよりも、その怒鳴り声が威圧的なのだ。人間、年齢を重ねて行くと、パワーダウンするのかと思っていたけれども、そうでもない人もいるんだなあ。介護の仕事をしていて思った事なんだけど、認知症になると、その人の性格のコアな部分が、いっそう濃くなる感じがした。母の場合、もし、認知症になったら、いつも怒っているかも・・・・。
けれど、母とのバトルにも屈しず、妹1と妹3は、午前中にS総合病院に行った様だった。
夕方、妹1から電話が来た。S総合病院の相談窓口で、救急搬送された時のおざなりな対応や、今まで長年診て頂いていたのにもかかわらず、腫瘍がある事に気が付かなかった事、前立腺癌の治療を中断する事は可能か、今後こちらに転院して診てもらう事は可能か、緩和治療の説明などを、穏やかな雰囲気で相談してきたとの事。父の前立腺癌の主治医(T医師)も、突然にもかかわらず、お時間を下さるとの事だったので、急遽母も呼んで、相談する事が出来たそうだ。それで、母、妹1、妹3の心にあったわだかまりも、ゼロにはならなかったけれど、適度に収まった様だった。そして、T医師の提案で、内科や外科の医師にお伺いをたて、来週月曜日にまた今後の事を話し合う時間を設けて下さるとの事だった。この事で、妹1も、妹3も、全てをS総合病院で診てもらう事にしても良いのではないか? と思い直したそうだ。
そして、午後は、ホームドクターS医師の所に行き、もし、今後、自宅で介護する場合、緊急時等、どのくらい対応して頂けるかと言う事を確認しに行ったそうだ。S医師は、開業医なので、基本的には、往診はしていない。前回、父の所には、好意で来て下さったと思う。なので、今後、自宅で緩和治療を続けて行くとしたら、やはり訪問診療専門の病院にお願いした方が良いとの事。そちらなら、時間や曜日の制限なく、緊急時にも対応してくれるそうなので。
こんな風に、病院や介護の世界の仕組みや、流れを、一つ一つ学びながら、迷いながら、進んで行くしかない様だ。一番の軸は、父の気持ちを優先しながら、苦痛なく、なるべく最後までQOLを保てる様に、と言う事。
8月30日(火)
今日は、午後5時から、T総合病院のM医師・父・母・妹1・妹3で、面談をする日。M医師から、父に、肝臓の腫瘍の事を告げて頂き、「どうしたいか?」と言う事を聞く予定。それによって、今後の方針を決定する。私は、自宅から、ラインのテレビ電話で参加させてもらう予定だった。なので、夕方5時には、携帯の前に座れる様に、家事や雑事、夕飯の下準備などをすませる。
そして、時間があったので、S総合病院や、緩和治療に関して、ネットで調べてみた。すると、父の前立腺癌の主治医のT医師が、なんとT総合病院の泌尿科の臨時医師も担当していると言う事が判明した。これには、びっくり。S総合病院のT医師も、T総合病院のM医師も、何も言っていなかった。こういう事って、公にしたらタブーの話なんだろうか? ライバルなのかと思っていたけれど、病院同士の繋がりがあるのなら、それぞれの病院を否定する様な事を、軽々しくそれぞれの病院に言ったらダメだなと思った。すぐに姉妹のグループラインで報告する。皆、ビックリスタンプを返信して来た。
夕方4時。妹1から電話。母の運転で、病院に向かっている途中の様だったが、車の中で、母と妹1が口論になり、その証言を求めて私に電話をして来たのだ。内容は、数日前、母と妹1が保険の話をしていて、お互いが「言った、言わない」で揉め、その時、近くにいた私に「もし聞いていたのなら、どっちが正しいか証言して欲しい」と言う事。その時私は、M医師との面談の内容を、忘れない内にパソコンに入力しようと画面に集中していて、母と妹1の言葉は、あまり耳に入っていなかった。口論しているのは知っていたが、内容に関しては、覚えていなかった。
しかし、今、そんな事を、車の中で口論している場合か? ただでさえ、母の運転には不安を抱えているのに、こんな事で、母がイライラして事故でも起こしたら…と思うと、気がきではない。母と、妹1、似た物同士で、お互いに折れる事ができない様だ。携帯の向こうから、母の「わかった、わかった、私が悪かった」と言う声が聞こえ、取り敢えず、一件落着? した様だった。
これまでもそうだったが、今後も、母と妹1の間の、譲り合えないバトルは、予想される。私も、母との間では、大きく意見が違う時が多々あるが、妹1の様に、ハッキリとは言えない。妹1が言ってくれて助かる時もあるが、こじれる事もあった。母と妹1は、水と油ではなく、油と油だ。ぶつかると激しい炎で燃えさかる。何とか、皆で協力して、穏やかに、父のサポートをして行きたいと、願う。
その後、私は、携帯の前に座り、本を読みながら、グループラインの電話がなるのを待っていた。でも、緊張していて、本の内容が頭に入ってこない。画面を通してでも、父の姿を見る事が出来るのは、普通なら嬉しい事なのに、恐らく弱っているだろう姿を見る事が怖かったのだ。でも、携帯はならなかった。6時になっても、何も変化がなかったので、諦めて、キッチンに行き、食事の支度を始めた。
夜、7時頃、妹3からラインが来た。
病院の都合で、父とは会えず、M医師とだけ面談をして、S総合病院に紹介状を書いて頂く事にしたそうだ。父には、まだ腫瘍の事は話していない。父の様子は、食欲が低下していて、腰痛・吐き気も治まっていないそうだ。
そして、母と妹1が、何かまた別件で口論したとの事。
その後、今度は、母から電話が来た。母は、困惑した感じで「妹1が、売り言葉に買い言葉を本気にして、ケアマネさんを断ってしまった」と言った。その言葉に、私は、驚いた。私も耳にしていた、母の数々の暴言は、すべて本気ではなかったと言う事なんだろうか?
介護タクシーを、急遽お願いした時も「介護タクシーの手配が取れないかも知れないって。だから、あんな小さい事務所に頼みたくなかった。妹1が言うから、あそこにしたけど、失敗だった。大手なら、こんな時でも、すぐに手配できるのに」とか「何でも、妹1とケアマネさんが私を抜きで話をすすめる」と怒っていたから、妹1が解約すると言って、安心したのかと思っていた。違うの? 実際に解約となると、今までの事を全部、一からやり直さなくてはいけない。地域統括センターに行く所からやり直しなのだろうか? 書類を読むのが嫌いな母が、一連の手順を踏みながら、新しい介護事務所と契約を結ぶのは面倒な事だろう。その事に、母は気が付いて、困惑しているのだろうか。
このケアマネさんは、妹1の知り合いで、父の事では、契約をする前から、一連の手続きについて教えて頂いたり、相談に乗って頂いていた方だ。私としては、信頼していて、何でも聞きやすくて、「良い方が担当になって下さった」と思っていたのだが、これからも頻繁に連絡を取り合う必要があるのだから、やはり、母の気持ちも大事だ。けれど、別の方が担当者になっても、時間が経てば、母の不満は募るだろう。誰になっても、母が変わらなければ、同じだ。
誰でも、口から出た言葉には、責任を持たなくては行けないと思う。感情的になって、つい言ってしまった言葉ほど、始末が悪い物はない。言った本人は、スッキリするだろうけど、言われた相手や、その言葉を聞きたくなかった周囲の人は、心が辟易して、ずっとその言葉が、身体の何処かに残ってしまう。恐らく、暴言や人を傷つける言葉を発する人と言うのは、そういう言葉を言われても、心に残らず、跳ね返せる人なのだろう。
また、これから、介護事務所を決めたり、手続きをしたりするのは、とても面倒だ。しかも、今、父は入院していて、実際に、介護保険を使っているのに。介護申請の証書や、入院手続きの書類には、介護事務所を書く欄がある。それもまた、書き直すのか? ああ、面倒だ。でも、ここで「心から謝って、またお願いしたら」とは言えなかった。恐らく、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、また、同じ事が起こると思うから。なので、母には「もう、仕方ないよ。お母さん、自分の知り合いに、ケアマネさんがいるって言ってたでしょ? そういう人に、頼んだら?」と言うと、母の声色がコロッと変わって「そうだね。そうするか」と言って、納得した様に、電話を切った。
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