語り手が選び取ったものは。

〈思いつきで積み重ねられたような粗末な小屋(バラック)が無造作に立ち並ぶ、どこかの町中の風景。空は青く澄み渡り、燦然と輝く太陽の光が優しく世界を照らしている。建物の所々で顔を覗かせる樹木の緑が、生命を謳歌するようにしてきらきらと輝いていた。そして、中央の路地で背を向けながら、空を見上げている少女らしき人影。〉

 ネタバレにはできる限りは気を付けますが、事前情報なしで読んだほうがより楽しめるでしょう。作品をまず読んでください。
 
 舞台は国家崩壊から半世紀経つ、元・日本領。民間企業による7つの治安維持管理局が点在し、〈オレ〉はそのうちで全て管理局の統一を目指す管理局に身を置いている。
 麻薬王の死体からサルベージされた郷愁を誘う記憶と、死亡前に使用された形跡の見つかるA・I。まだ統一こそされていないものの、ほぼディストピア的な監視下社会の中で、割り当てられた役割を演じる〈オレ〉は、現実と虚構が曖昧な感覚に引きずりこまれていく。

 というのが本作のストーリーなのですが、一度読んだあとに読み返すと、導入でまったく違った感覚を得る文章があり、それが前述の引用した文章でした。
 最後に語り手は大きな選択を与えられて、その中で選び取った結末は、「いま」へのかすかな希望か、あるいはそれさえもまだ虚構の続きなのか。
 一筋縄ではいかない余韻を残す、とても印象的な短編でした。

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