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志々尾美里

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「シゲさん、早かったですね」

 開口一番、そんな皮肉を後輩のケイが向けてくる。遺体管理室モルグ・センターからの急な呼び出しで休日を台無しにされたオレは、せめてもの意趣返しとばかりにたっぷり時間をかけて出社した。ケイはかれこれ2時間は待たされて怒り心頭なのだろう。ピシっとしたスーツと、不自然に整えられた髪型とは裏腹に、抑えきれない苛立ちがその振る舞いに見え隠れしていて、それが妙に笑えた。


麻薬王フェヴェーラの死体が出たって? いつ、どこで?」

「シゲさん、無精ヒゲぐらい剃って来てください」


 指摘されて顎をさする。細かいダメだしでもしないと気が済まないらしい。


「管理区域外から飛ばされたドローンが、フェヴェーラの死体をぶら下げて侵入。自動迎撃システムが撃墜してしまって、その際に死体が大きく損壊したそうです。辛うじて脳は無事だったので、どうにか死後抽出記憶Dead After Memoryはサルベージできました。それがこれです」


 そういうと、ホログラフ端末が起動して一枚の立体映像が浮かぶ。


 思いつきで積み重ねられたような粗末な小屋バラックが無造作に立ち並ぶ、どこかの町中の風景。空は青く澄み渡り、燦然と輝く太陽の光が優しく世界を照らしている。建物の所々で顔を覗かせる樹木の緑が、生命を謳歌するようにしてきらきらと輝いていた。そして、中央の路地で背を向けながら、空を見上げている少女らしき人影。


 どこか懐かしく、憧憬の掻き立てられるその風景。


「なんだこりゃ。古い映画のワンシーンか?」

「いえ、DAMです。紛れもなくフェヴェーラの」

「こんな景色見ながら死んだって? サルベージする記憶時層メモリ・レイヤー間違ってるだろ。感覚記憶じゃなくて意味記憶を拾ってる。こんな町、もうどこにも無い」

「ミスではありません。深手を負ってたようです。死亡前にA・Iを使用していた形跡が。つまり、薬物の酩酊状態で死ぬと感覚記憶と意味記憶が混在されるらしいです」

「オイ初耳だぞ。じゃ、先月の捜査資料は? あれだってクソジャンキーの死に際の記憶をサルベージした映像じゃねぇか。あれが決め手で犯人を処理・・しただろ」

「同じ質問をしました。そしたら、上官は何て言ったと思います?」

「あぁ? なんて?」

「我々の仕事は容疑者を捕まえることであって、真相を突き止めることじゃない。言ってる意味、分かるよな? だそうです」


 吐き気を催す邪悪とはこのことだ。世界国家ネイション・崩壊コラプスから半世紀、人類は崩壊を逃れるため、民間企業による治安維持管理局を各地域で設立。民間ゆえに規模の大小があり、当初は管理局が乱立していたが、やがて吸収合併や解体があちこちで起こり、元・日本領には今や7つの管理局があるばかりだ。


 残った管理局も、正義感や使命感で運営されているわけではない。国家崩壊の混乱に乗じて、めでたく絶大な権力を勝ち得た者たちが、己の理想を実現しようと偏った思想の元で機能している。オレが身を置いているここは、いずれ全ての管理局を統一・・すべく、法と規律を重んじている。その一環で、全ての人民は何かしらの役割を果たすことが義務付けられていた。統制は取れているように見えるが、運営理事メンバーにとって都合の悪いできごとは平気でもみ消される。ロクでもない雰囲気は感じていたが、自分がその片棒を担がされていると思うと反吐が出そうだった。


「んで、何をする?」

 愚痴をいっても始まらない。そういう反抗的な態度は自分の首を絞める。人民は、管理局によって常に監視・管理されているのだ。模範的で従順な態度を示すことが、今の社会でトラブル無く安全に暮らすコツであると、オレは重々承知していた。オレが見るべき現実は、この管理社会によって用意されている。


「死体は回収できましたが、殺害現場が不明だそうです。それを捜索せよ、と」

「場所を特定してどうする?」

「答える必要は無い、とのことで」

 オレは思わず降参するように両手をあげ、いかにウンザリしているかをアピールした。そんな様子を見て、ケイは苦笑いで車を手配する。やれやれ、休日を殺害現場探しに潰されるとは。だがこれも、自らの幸福な生活を守るために仕方のないことだ。観念したオレは仕事道具を整え、2人でガソリン車ポンコツに乗り込んだ。



「お父さん、今度はいつ会える?」

「そうだなぁ、再来月ぐらいかなぁ」

「えぇ~?!」

「なんだよ、どうした」

「来月はあたしの誕生日があるのにっ!」

「そうだった、ごめんな。よし、仕事を早く終わらせて、来月には行くよ」

「ほんと? 約束してくれる?」

「するさ。プレゼントは何が良い? そういえば新しい」

「ピクニック!」

「ピクニック? どこへ? 管理公園センターか?」

「違うよ、町の外にね、とっても景色の良い場所があるんだって!」

「外って、しかし外は」

「聞いたの。本当にあるんだよ。緑がいっぱいで、汚染の無い場所!」

「分かった。それについても調べておくよ。だから良い子にしててくれな、ユキ」

「うんっ!」



「着きましたよ」

 ケイのひと言でうたた寝から目覚める。クルマを降り、首を鳴らす。


「相変わらず、辛気臭いな」

 少ない目撃証言をもとに、オレ達は管理街区と外の境界にやってきた。厳めしい赤い門をくぐって目の前に広がるのは、かつての摩天楼のなれ果て。空に向かってまるで槍でも突き刺そうとするかのような、刺々しい高層ビルが針山のごとく立ち並び、どこからともなく漂うスモッグが周囲の視界を悪くしている。天気が良いのだけが唯一の救いだが、これがもし曇天や雨天なら、その様子はさながら古典SF小説に登場しそうな近未来のスラムに見えただろう。ここから先は管理外の無人街区。無人なのは公式的には、だが。


 オレたちは二手に分かれて捜索を開始した。麻薬王の殺害現場を見付けてその後どうするかは知らんが、とにかく目当ての場所を探り当ててとっとと休日に戻りたい。無人街区とはいえ、町中で銃をぶら下げて歩くのも気が引ける。ホルスターに銃を仕舞い、周囲を捜索した。


「ったく、なんでこんな面倒な」

 1時間ほど無人の廃墟を探索したが、目ぼしいものは見当たらない。いくつ目かの建物に入りながら独り言を口にしていたオレの耳に、ウィーンという幽かなモーター音が届く。咄嗟に、オレは横へ飛びのいた。カタタタタタ、とミシンみたいな音がして、壁にワイヤー付き寸鉄針弾ニードルが突き刺さる。息つく間もなく床を転がって距離を取ると、刺さった針にバチバチと高圧電流が流れ、青白い光が明滅して壁が崩れた。


「安全設計どうなってやがる。死ぬぞその電圧」

 侵入者捕縛用トラップを改造しているらしいが、あまりの威力に思わずツッコんでしまう。直後、視界の左端で赤い光が灯る。反射的に確認しようとする身体の動きを無理やり変え、不自然な体勢で側転。音もなく照射された高出力レーザーがこれまた壁に穴を空け、焦げ臭さが立ち込め、鼻腔の奥で苦味が広がった。


「ケイ、場所をとく、通信遮断?」

 言いながら違うと感じた。電波の遮断ではなく、デバイスそのものが既に死んでいる。建物付近に乱破磁波ディスターブが飛んでいたらしい。これじゃ応援を呼ぶことはおろか射撃アシストも使えない。


(クソ、離れちまった)

 入口まではおよそ7m。仕方なく奥歯を噛み締め、βエンドルフィン促進剤を身体に流す。出し惜しみしていたら死ぬ。1秒でも早くここを離れなければ。だがオレがそう思うのを読んでいたようなタイミングで、入口にシャッターが落ちる。銃を抜き苛立ちをぶつける様に発砲するが、効果無し。窓は無い。閉じ込められた。


(暗いな)

 唯一の出入り口が閉ざされ、建物の中は壁に出来た隙間から入る僅かな明かりしかない。制服の簡易温感迷彩サーモ・ステルスをオンにし、こめかみに指をあて、眼球の暗視モードを起動しようとして、やめる。もし閃光照明罠フラッシュトラップがあったら万事休す。代わりに銃についたアタッチメントの小型ライトを点ける。次の罠は、作動しない。が、それが罠かもしれない。薄闇のなか、促進されたβエンドルフィンが徐々に五感を研ぎ澄ましていく。


<治安維持管理局の者か>

 どこからともなく急に声がする。反響の仕方からどこかスピーカーからと判別。応答はせず音を消し息を殺す。音性センサーによる照準が目的かもしれない。並行して、相手の声を声紋検索。エラー。そうだ、通信は。


<死体はくれてやった。私はもう死んだ>

 さも自分が麻薬王であると匂わせる発言だが、信用しない。そもそも肉声かどうかも分からない。分かっているのは、オレが鳥かごの中の鳥、もしくはまな板の上の魚類に近い状態であるということだけ。相手の正体に対する詮索は、安全が確保できてからでいい。


<ここの事を黙っていれば、無事帰してやる>

 声の主が提案を口にする。魅力的に思えたが、古今東西そういうセリフは真実を含まない。


<それとも、君こちらへ来るか? 今の世界は、君の望む世界か? 違うはずだ。権力を手にした一部の愚か者が追い求める下品な理想を、民衆は押し付けられているだけだ。誰もが、自分の望む世界を見ていたいはずだ>


 警戒を強めていると、突然周囲の明かりが全て闇に消え世界が暗転する。緊張が一気に高まり、身体中に力が入る。そこら中から銃口を向けられてるような感覚。死をイメージした次の瞬間、優しい明かりに包まれた世界が唐突に現れた。


 思いつきで積み重ねられたような粗末な小屋バラックが無造作に立ち並ぶ、どこかの町中の風景。空は青く澄み渡り、燦然と輝く太陽の光が優しく世界を照らしている。建物の所々で顔を覗かせる樹木の緑が、生命を謳歌するようにしてきらきらと輝いていた。


「なんだ、こりゃ」

 あまりのできごとに呆然としていると、何かが足に当たる。攻撃かと勘違いしたオレは臆病者のように飛びのくが、その正体が赤いゴムボールだと気付いて酷く困惑した。


「ごめんなさい」

 ボールを追いかけてきたらしい少女が、申し訳なさそうに立っていた。白と水色のワンピースから白い足がすらりと伸び、身体は細いがしかしそこには生命力があふれる様な瑞々しさがある。そして少女の顔を見て、オレは気が狂いそうになった。


「ユキ……!」

 頭の奥で理性が猛然と警報を鳴らす。有り得ない。これは死んだ娘・・・・の姿を利用してオレを篭絡しようとする相手の罠だ。集中力を増しているオレは即座にその可能性に気付くが、胸の奥から込み上げてくる例えようもない感情の津波がそれを押し流す。腰が抜けたように膝を地面につき、銃を落とした。カタカタと奥歯が鳴る。視界が涙で歪んでいく。


「ねぇ、あれ」

 ユキが怯えたように、人差し指を向ける。その先には、黒い影に覆われたヒトガタの塊が蠢いている。どうやら、こちらに向かってきているようだ。オレにはそれが、娘とのささやかな時間を奪おうとする不吉な化物に見えた。


パパ・・、怖い」

「ユキ、下がってろ」

 銃を拾い、ユキをかばうように自分の身で隠す。構え、狙う。黒い影が一瞬怯んだように止まる。何かを訴えるような雄叫びをあげているが、通信の壊れた無線機のようなノイズにしか聞こえない。おぞましい化け物が不気味な咆哮で威嚇している。そう思えた。


「お仕事が終わったら、ピクニックに行こうね、パパ・・

 甘えるように、後ろでユキがささやく。


「あぁ」


 つぶやいて、オレはユキの方へ振り返る。


「そうしよう」


 乾いた音がして、世界が再び暗転した。



「異常無し、だとよ」

 ロビーで待っていたケイに、オレは検査着のまま結果を伝えた。


「そうですか」

 無感情にケイがいう。


「悪かったな。銃を向けて」

「正直、撃たれると思いました」


 捜索しようとした廃墟には、エアロゾル化されたA・Iが散布されていたらしい。吸い込んだオレは徐々にクスリが脳に回り、自分の妄想の世界に自ら迷い込んだようだった。


「なぜ、戻ってこれたんですか」

 自分でも本当のところは分からない。あのまま、自分が見たい世界の中へと入り込んで、我慢せずに流れに身を任せていれば、もしかしたら今よりずっと幸せになれたかもしれない。大切なものを失った世界で、生き意地汚くしがみついている今よりは。


「さぁな。だが、ひとつだけ言える」

 あの時、オレにささやいたのが本物のユキだったなら。オレは後輩だと頭のどこかで理解しながらも、引き金を引いてしまったかもしれない。しかし、偽物だったのだ。あの世界も、いざなおうとしたアイツも。


――今の世界は、君の望む世界か?


 望んでなどいない。クソったれな世界だ。だが――


「ユキは、オレをお父さんって呼ぶんだよ」


 窓の外には、荒廃したかつての摩天楼が物悲しくそびえていた。



                                     了

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