いつか忘れえぬ、その瞬間を。

 ネタバレをする気はないものの、さすがにこの短さと構成を考えると、フィルターは付けたほうがいいかな、ということで、ネタバレフィルタは付けました。まぁ感想より、ぜひ本文のほうを先に読んでいただければ、と思います。

 カクヨムよりも以前にこの作品は一度読んでいるので、再読になります。「ねえ、これから駅前の本屋行こうよ」と放課後、家に帰ろうとする〈俺〉を誘ったのは、付き合いの長い幼馴染の一茜(ニノマエ アカネ)で、彼女はどこにでもいる〈普通〉の女の子。物忘れの酷ささえなければ。彼らは〈ありふれた〉日常を過ごす高校二年生、書店へと向かう道すがらに将来の話もするし、書店に併設されたコーヒーショップでは恋の話だってする。〈普通〉の〈ありふれた〉、だけどかけがえないの日々に小さく影が差す……、内容の説明はこのくらいにしておきましょうか。これ以上は、野暮以外のなんでもない。

 本作は忘れゆく記憶がテーマになっています。記憶を忘れることは怖い。でもそれ以上に、忘れてしまったことを忘れることは、何よりも怖い。〈俺〉の口からは淡々と語られてはいますが、その状況に放り込まれた自身を思い浮かべれば、想像に絶します。

 漢数字の一と書いて、ニノマエと呼ぶ。そんな彼女の名前は、まだ二の前の一で足踏みしてしまっているが、やがて進める二を願って、一は二の前でしかない、と。そんなふうにも思ってしまいました。茜、は花屋を目指すにとても似合いの名前です。読後ふと気になって花言葉を調べてみると、『私を思って』とそんな意味合いが込められているそうです。疲弊していく〈俺〉が諦めてしまって、彼女の想いが彼に届かなくなってしまう前に、いつまでも互いに想い合える日常が続くようになって欲しいなぁ、と願いを込めつつ、このレビューは終わりにしたい、と思います。