ワン・デイズ・メモリーズ ~君と俺の、虫食いだらけの記憶~

木立 花音@書籍発売中

ワン・デイズ・メモリーズ ~君と俺の、虫食いだらけの記憶~

「ねえ、これから駅前の本屋行こうよ」


 それは、物忘れの激しい幼馴染の、こんな一言から始まった。

 部活動休養日の放課後。さっさと家に帰って、録画がたまっているアニメでも視聴すっかな~なんて思っていた矢先、俺に声を掛けてきたのは幼馴染の一茜にのまえあかね

 小中高と進学していく中で何度かクラスが一緒になり、また、お互いの家が近所だということもあり、なにかと付き合いが長い。


「駅前の本屋って、去年できたあそこだろ?」

「そ、そうだよ! まああれだ。特にこれといって他意はないの。単純に、欲しい本があるだけなの」


 あたふたと両手を振って、身の潔白でもアピールするかのように、慌てて言葉を紡ぐ茜。こいつ背が低いので、小動物みたいで可愛い。


「だめ?」


 拳を口元にあて見上げてくる。可愛い。


「まあ、いいけど。今日はとくにやることもないし」

「わ、やった!」


 とたん。ぱっと笑顔の花が咲く。いや、実にわかりやすい。

 こいつが狼狽えているのにはまあ理由がある。これから俺たちが向かう書店は、チェーン店のコーヒーショップが併設されていて、店内の雰囲気が非常に良い。そんな事情も相まって、俺たちが通う学校でデートスポットとして認知されている場所だった。

 そんな訳で、店内には時々高校生のカップルがうろついている。男女が歩いていれば、自然とそういった目で見られる。


「んじゃ、早速向かいますか」と俺は鞄を手に持った。

「う、うん。善は急げね」

「なあ、茜」


 茶髪のミディアムボブを翻した茜に声をかける。


「え?」

「おまえ、鞄忘れてる」


 案の定、彼女の鞄は机の上に放置されたままだった。


「は、はにゃ!?」


 この酷い物忘れさえなければ、こいつも普通の女の子、なんだが。



 夕闇迫る街角。俺たち二人は、目的地である書店を目指し歩いた。隣にいる茜との距離が、先程からやたらと近い、時折肩が触れそうになって、不覚にも俺はドキドキしてしまう。

 歩きながら、色んな話をした。茜が振ってくる話題は、概ね将来にまつわる話。俺たちももう高校二年生。いい加減、先々のことを真剣に考えないといけない時期だ。

 話が途切れると、茜はこちらをそっと見上げてにへらと笑う。緩んだ頬に夕陽が当たり、まるで朱が差したよう。鼓動が速くなった心臓のあたりを押さえて、逃げるように顔を背けた。


 そんな茜の夢は花屋になること。花屋になる為、必要な資格というのはこれといって無いのだが、それでも彼女は【フラワー装飾技能士】の資格を取得したいのだという。

 これは、花輪や花束を制作する際に役立つ国家資格の事で、持っていると職業柄色々便利だし、就職の時も有利な材料になるんだとか。


「でもお前、ちゃんと勉強してんの?」

「ぐぬぬ……」


 痛い腹でも探られたのか、頭を抱えて丸くなる茜。やっぱり可愛い。


「大丈夫だよ! ちゃんと勉強してるから! これからちゃんと本気出すから」

「それ、サボっている奴の台詞」

「はにゃにゃ。いいんだよ! そういうあきらだって、頑張らないといけないんだよ。将来の夢、野球選手になることでしょ?」

「まあ一応ね」


 とは言え、本気でなれるとは思っていない。確かにうちの野球部ではレギュラーだけど俺は投手じゃないし、第一、俺くらいの才能の人間は、それこそ掃いて捨てるほどいる。


「ま、なれなかった時に備えて、ちゃんと勉強もしてる。公務員になる為にな」

「そっか。頑張り屋だよね彰は。学校の成績だって良いもんね」

「よせやい」

「でも、夢は諦めちゃダメ。小学生の頃、エースピッチャーだったんだから。今だって、投げようと思えば速い球投げられるんでしょ?」

「無理だよ。俺、コントロール悪いし」


 と言って、茜の頭にぽんと手を載せる。ふにゃ、と変な悲鳴がもれた。


「まったく。そんな昔のことだけはよく覚えているんだから」


 本当にな。この進路の話、先週も殆ど同じ内容で話した事は、すっかり忘れているくせに。



 目的地である書店は、前面がガラス張りになった開放的な空間だ。目的の物が探しやすい、ジャンル分けされた本棚が複数ならび、客の姿も結構多い。茜色の光が窓からたっぷりと入り込み、俺たちの影が床に並んで伸びていた。

 茜の探し物は、すぐ見つかった。それは、一年前に発売された恋愛小説。映画化が決まったニュースが何度も流れていたので、流石の茜でも覚えていたらしい。ついでに俺もラノベの新刊を手に取り、二人でレジに向かった。

 会計を済ませたあと、隣のコーヒーショップに向かう。コーヒーショップと書店の間に仕切りが一切ないので、店内はとても開放的で明るい。

 俺はブレンドコーヒー。彼女はカフェオレを注文した。カップを持ってダイニングエリアに移動すると、壁際の丸テーブルを挟んで座る。

 Wi-Fiも完備されたダイニングエリアには、サラリーマンや同じ制服を着た高校生の姿も見えた。空調も適切な温度設定で心地よい。


 そのまま、時間はただゆったりと流れた。

 時折他愛もない会話をしながら、購入した本を其々黙々と読み耽っていく。

 俺は特に気に留めてもいないのだが、とにかく彼女は何かが気になるようで、時々本から顔を上げては、視線を左右に彷徨わせた。落ち着きなく足を組みかえるたび、制服のスカートの裾から、白い太ももがちらちらと覗き見える。

 忙しないな、と彼女の視線の先を目で追うと、同じクラスのカップルが見えた。ははん、と俺はなんとなく察する。人目を気にしているということは、きっと何時もの展開がやってくるんだと。


 やがて、そのカップルは席を立つ。飲み終えたカップを片付け、そのまま店外に姿を消した。


「あなたのことを思うだけで、胸の奥がきゅっと音を立て軋むの」

「ゴフッ」


 タイミングを見計らったかのように口を開いた茜に、思わずコーヒーを噴き出しそうになる。

 え、なに? ド直球の告白なの? 言い回しが新しいパターンすぎるでしょ。


「すいません茜。今なんて?」

「ああ、ごめん。声が漏れちゃってた? 今読んでいる小説の台詞なの。話も佳境に入ってきたから、思わず口からでたのかな」

「そ、そうか。ちょっとばかり心臓に悪いから気をつけてくれ」

「はーい」


 返事軽いな、と思いながら本の世界に戻ったその時、再び茜の声が響く。


「ねえ、本当は私のこと、どう思ってる?」


 落ち着け、これは小説の中の台詞。俺に向けた言葉じゃないのだから。


「幼馴染ってさあ、やっぱり不利なのかな?」

 

 小説でも漫画でも、だいたいそうだな。幼馴染は負けフラグって言葉もあるしな。


「積極的な女の子って、やっぱり嫌い?」

「いや、そんなことはない」

「ん、なに?」

「あ、いや……。今読んでいるラノベに出てくる台詞」

 適当に誤魔化しておくと、茜は「ふーん」と訝しむような目を向けてくる。「ま、いいけど」


 しまった。思わず答えてしまった。だが、なおも茜の独り言は続く。


「ずっと前から好きでした。私と付き合ってください」


 遂に告白のシーンですか。この短時間でよくそこまで読んだもの。それで? 彼の返事は?


「返事」

 と強い口調で言う茜。

「は?」

「だから、返事」

「まさか今のって、本気の告白?」


 確認を求めると、茜は開いた本で顔を隠しながら頷いた。

 本当にもう。こいつは明るいわりに、妙な所が不器用なんだよな。だから、放っておけないというか。


「最初から、こうするつもりで俺を誘ったの?」


 すると彼女。一度目を合わせた後、真っ赤になってこくんと顎を引く。なにこの可愛い生き物。


「そっか、うん、勇気出して伝えてくれてありがとう」


 思えば、お前の方に言わせちゃってる気がするな。原因は全て、心の何処かで関係の進展を諦めてしまっている、俺の方にあるんだよな。

 茜は、とある病を患っている。

 病の名は、前向性健忘ぜんこうせいけんぼう。発症以前の過去の記憶を思い出すことに障害のある、逆行性健忘ぎゃっこうせいけんぼうの方が有名だが、彼女が発症した前向性健忘は、より特殊な症状を持っている。

 それは──夜、寝て起きるたびに、前日の記憶を思い出せなくなってしまうというもの。病を発症したのは高校に入学して間もないころ。だが、何故茜が障害を患ってしまったのかは定かになっていない。ストレスからくる心的外傷が原因なのか。それとも、頭部を強く打つような出来事でもあったのか。ただひとつはっきりと言えるのは、その日以前の記憶は問題ないのに、そこから後ろ──現在までの記憶が虫食い状態になっているということ。

 この病が原因となり、茜は学業成績も芳しくないし、この一年ほどで俺に五度告白し、その全てを忘れてしまった。何度恋人同士になっても続かぬ関係に俺は疲弊し、次第に期待を寄せることもなくなってしまった。

 今日こそ記憶、持ちこしてくれるだろうか。一縷の望みをかけて、俺は何時もと同じ台詞で答える。


「いいよ」、と。

「え、本当にいいの?」

「だから、いいってば。何度も言わせんな」


 ほんとだよ。何度も何度も、世話のやける奴だまったく。


「なんだかこんなの嘘みたい。ちょっとだけ、頬っぺたつねってもいいかな?」


 そう言って、泣き笑いの表情に変わった茜を正面から抱きしめた。


「ななな、なに? 彰」

「今から俺の言うことを、黙って聞いてくれ」

「うん」

「俺もずっと前から、お前の事が好きだったんだ」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃない」


 そう──これを伝えるのも、今回で六度目。


「嬉しい」


 囁くような声が返ってくる。

 でも、これで満足しちゃダメなんだ。ここで俺の方からもう一歩踏み込まないと、何も変わんない気がした。だから──


「なあ、キスしてもいいかな?」


 ねえ、茜。

 君はもう、忘れていることでしょう。これからするキスが、ファーストキスじゃないってことも。君が一番最初に告白をしてくれた思い出の場所が、この書店だってことも。

 ワン・デイズ・メモリーズ。

 今度こそ俺たちが両想いのまま、明日を迎えることができますように。心の中で願掛けをしながら、静かに唇を重ねた。


 これはまるで、君が大好きな花にまつわる、「花占い」のようなルーレット。

 一つずつ記憶の花びらが、毟られていくルーレット。


 スキ。

 ワスレル。

 ワスレル。

 スキ。

 ワスレル。

 ワスレル。

 スキ──。


~END~

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