五枚目



 その後、事件は急展開で解決に向かいました。

 先生の推理と見つけた証拠を元に、野木さんとご両親は再び警察を訪れました。結果、改めて事件性ありと判断され、捜査が始まったのです。

 最初に取り調べを受けたのが、例の冬堂先輩でした。

 冬堂はお二人の中学時代の先輩で、後に工業高校に進学。学校が違った後も時々、秋介さんと遊ぶ仲だったそうです。海岸沿いに私有地を持つ地主の息子で、高校中退後は親の工場をたまに手伝いながら、無職を謳歌していたとか。性格はマイルドヤンキーかつオタクで、大のラノベ好き。

 そんな冬堂ですが、警察の取り調べを受け、秒で犯行を自供したそうです。

 話の発端は一月前。オタク会話から飛び出した《異世界召喚》の悪戯を冬堂が気に入り、計画がスタートしました。アイデアは秋介さんですが、実現させたのは冬堂の技術、工業高校の経験と親の工場からくすねた道具あらばこそです。軽トラックも親から無断で借りたそうで。うちの先生と同じスネかじりです。

 竹と布地を使った消失トリック、それに魔法陣の原理は、完全に先生の推理通りでした。真夜中に何度も実験し、竹竿は目立たぬよう縛り付けておいたのだとか。

 警察の捜査では、その縛り付けた傷から微量の塗料が検出され、工場が特定されたのも有力な証拠となりました。竹を固定した際、黒塗りしたロープを使用したことがあだになったようです。雨でも流れなかったんですね。

 《異世界召喚》の全貌はこんな感じです。

 決行日は風の強い台風の前日。二人の下校前に《幽霊小道》に先行し、仕込みを終えた上で街路樹の上に待機。秋介さんが所定位置に来たところで、たわめた竹を解放しました。裏地を黒塗りした布は一瞬で秋介さんを包み、消えたように見せると同時に樹上に持ち上げます。同時に布の下に付けられたスイッチが揮発したエタノールに点火し、火文字の魔法陣を地上に残します。野木さんが茫然としている間に、秋介さんは冬堂の手を借りて布から街路樹に移動、野木さんがあきらめて立ち去るまで、密集したユーカリの梢に隠れて、息を潜めていたそうです。

 さて、これだけなら悪戯で終わる話ですが、なぜ秋介さんが帰らなかったのか?

 結論から言いますと、冬堂が監禁したからです。

 犯行の動機は、いわゆる三角関係。

 冬堂は中学時代から野木さんが好きで、《異世界召喚》に熱心だったのも、彼女の気を引きたい一心でした。計画が成功したら、彼女に告白したいと漏らしたことから、焦りを感じた秋介さんが計画前に野木さんに告白、彼氏の座をかっさらいます。

 二人は隠していたそうですが、別ルートからこの事実を知った冬堂は怒り心頭、密かに復讐を誓います。まぁ同情の余地はあります。

 《異世界召喚》成功の打ち上げでさんざん飲ませた上で(未成年なのに!)、私有地の鍾乳洞に閉じ込めました。誰も近寄らず、入口に鉄柵が嵌められた洞窟は、うってつけの牢獄です。直接殺すのは嫌なので、餓死させるつもりだったそうです。

 でも、そこはボンボン。罪悪感から夜も眠れなくなり、生死を確かめるのも怖すぎてできない。進退窮まったところで現れた警察に、あらいざらい吐いてしまったのも無理ありません。

 そして肝心の秋介さんですが、しっかり生きてました。

 監禁された半月の間、鍾乳洞を伝う水を飲み、流木で火起こしし、コウモリやネズミを捕って食べてたそうです。

「異世界に行かなくても、冒険はできる」

 病院で点滴を受けながら力説する、秋介さんの横顔が印象的でした。

 かくして、事件は大団円を迎えたのです。



        ◇◆◇◆◇



「先生は、異世界に憧れたことあります?」

 かつて《異世界召喚》があった場所で、私は尋ねました。

 その後、私たちは度々、《幽霊小道》を訪れるようになりました。ユーカリの芳香が、先生の鼻にいいんだとか。

「少年時代から憧れてるよ。鼻炎のない世界に行きたくてね」

「その鼻、子供のころからなんですね」

 事件報道を受けて剪定されたユーカリ並木は、不気味さも解消され、周囲の住人に喜ばれていると聞きます。工場跡にショッピングモールが建つ計画もあるそうです。

「やっぱり現実が嫌だから、異世界に憧れるんでしょうか?」

「現実よりつらい異世界には行きたくないけどね」 

「それは確かに」

 冬堂の裁判も始まりました。罪状は逮捕・監禁罪。

 殺人未遂にならなかったのは被害者意識の欠如の賜物でしょう。秋介さんのタフネス故の幸運です。それでも三月以上、七年以下の懲役。執行猶予がつくかは微妙なところです。

 裕福な家庭に育ち、何不自由なく暮らしていた彼でも、異世界に行きたかったのでしょうか。

「先生、ユーカリの花言葉はご存じですか?」

「なんだったかな」

「『再生』『新生』『思い出』。

 ユーカリは森が焼けても、そこから芽を伸ばすんです」

「なるほど。

 つまり冬堂の恋にも、まだチャンスがあるわけだ」

「ないです」

 どうしてうちの先生は、かっこよく締められないんでしょう。


 《異世界召喚殺人事件》は、これにて終了です。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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異世界召喚殺人事件 ~探偵・花水木 啜~ 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

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