四枚目


 鼻の通った先生は、眼光からして違います。

 まさにハードボイルド、ダンディズム漂う探偵の面構えです。

 なーんて、鑑賞してる場合ではありません。

 先生の名探偵タイムは一分間だけです。限られた時間で事件を解決に導けるかは、助手の力量次第です。そのための下調べなのです。

「先生、魔法陣の謎からお願いします!」

「──火文字の材料が引火性の液体なのは間違いない。

 炎の色と入手の容易さから見るに、おそらく工業用エタノール。

 鼻を突く異臭は、ユーカリの香りで打ち消される」

 背を伸ばし、滔々とうとうと推理する先生の姿は、オペラ歌手のようです。

「これを揮発させないためには、蓋が必要になる。

 例えば布──不燃性の布の表面を石畳に偽装し、被せておく。

 この暗さなら、色さえ合わせればまず気付かれない」

「魔法陣の下書きは、床の傷に紛れるよう、あらかじめ彫っておく。

 溝を深く彫れば、炎が長持ちし、魔法陣だけが残される」

「な、なるほど」

「魔法陣の着火には、ワンタッチで行える電子式ライター。

 モーメンタリスイッチを組み込み、離すと作動するようにする。

 これを布地の裏に仕込み、引き上げると同時に点火を行う」

「引き上げる、ってどこにですか?

 それに魔法陣の上には、秋介さんがいます」

「無論、樹の上へ。被害者を乗せたままだ」

「上!?」

 思わず頭上を見上げました。ここでも伸び尽くしたユーカリの枝が、夜空を塞いでいます。緑の屋根の高さは5メートルばかり。ジャンプで届く高さではないですし、仮に届いても、枝の先に高校生の体重を支える強度があるでしょうか。

「視覚的なごまかしなら、後から野木さんに見つかったはず。

 この場から人一人を逃がすには、論理的に上しかない。

 魔法陣は、視線を下に誘導するための仕込みにもなっている」

「ですが、どうやって上へ?」

「布地は不燃性、かつ十分な強度のあるものを選ぶ。

 表地は石畳の灰色、裏は黒に塗り、点火スイッチを仕込む。

 サイズは人一人を包み込める広さ。

 布地の端を黒塗りのロープに結び付け、樹上四方向に伸ばす」

 言われてみれば、ここは四本の街路樹の中心です。

「樹の上まで被害者を引き上げる方法は幾つか考えられる。

 もっとも安価なのは竹竿の反発を利用した方法だが──見たまえ。

 密集するユーカリの繁みに、不自然な空間があると思ったんだが」

 先生がランタンを掲げ、街路樹を下から照らしました。

 道に面した枝の一本に、切断の痕跡があります。普通なら気づかないほど小さなものですが、今の先生の目はごまかせません。

「まるで剪定されていないのに、ここだけ枝が落とされている。

 跳ね上げた竹竿が、枝に当たり音を立てないための仕込みで間違いない。

 私の推理が正しければ、四本の樹すべてに同じ細工が見つかるはずだ」

「あうっ、すみません」

 しまった。これは私が先に見つけるべき証拠でした。

 先生に先に見つけられてしまうなんて、助手の面目丸潰れです。

「まとめれば、こうだ。

 十分な長さの竹竿を、折り曲げた状態で縛り、複数用意する。

 これを四本の街路樹に固定し、竿の先端と布をロープで繋げる。

 ロープは黒塗りにしておけば、この暗さではまず見えない。

 布は魔法陣の仕込みに被せて敷く。こちらも石畳と同色で気付かれない」

「被害者が乗るのを確認した後、竹を解放すれば、布は被害者ごと跳ね上がる。

 布の裏地は黒で、被害者は一瞬で闇に消えたように見える。

 後には点火された魔法陣が出現し、地上の目を引き寄せる。

 その間に被害者はロープを伝い、街路樹へと脱出する。

 犯行日は台風前日。多少の物音は葉擦れの音に紛れてしまう」

 さすが先生、犯行を見ていたかのような圧巻の推理です。 

 でも一分まであと少し。事件の核心には、まだ足りません。

「それじゃ、この異世界召喚は自作自演ってことですか?

 なら、どうして秋介さんは戻らないんです?」

「被害者の抵抗がなかった以上、その答えしかありえない。

 おそらくは狂言の悪戯だが、単独犯ではない。

 事前に準備し、樹上で竹を解き放つ役が、一人は必要だからだ。

 それに道具の準備や竹の運搬は、車のない高校生の手に余るはず。

 この悪戯は入念に準備されている。手伝った協力者が必ずいる」

 神託のような先生の言葉に、野木さんも聞きほれています。

「おそらくは悪戯で始まった《異世界召喚》が、途中から犯罪に変わった。

 そう考えれば一連の流れに説明がつく。

 事件発覚後も姿を見せない共犯者──

 被害者の戻らない理由は、この共犯者にあると見て間違いない。

 ……まぁ多分だけど」

 きりりとした先生の声が、急にふにゃふにゃしました。

 まずいです。そろそろ一分経過です。

「先生、最後に共犯者の正体を!」

「うう……考えられる犯人像は……

 十八歳以上男性、被害者との交流、理工系、工場勤務、無職か失業中……

 軽トラ所有……裕福な家庭……突発的犯行……幼児性……」 

「他には?」

「他は……ううっ……

 異世界……の話が通じる……ラノベ好き……」

 ついに先生の鼻から、鼻水がぶら下がりました。

 覚醒タイムは長い鼻詰まり期間の対価なので、連続しては使えません。

 先生の推理を元に犯人を追い詰めるのは、助手である私の役目です。

「まさか……冬堂先輩……?」

 野木さんが震え声で、そうつぶやくのが聞こえました。

 心当たりがあるようです。私の役目はないかもです。


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