佳織が見た星空⑨

晴彦は、車の後ろのハッチを開けると、電子キーボードを出してきた。

野外で演奏できるように、電池式のキーボードをいつも車に積んでいるのだ。


晴彦は私にお願いしてきた。


「一曲弾いてほしい。俺が歌うから。星空の下のコンサート」


「お客さん、誰もいないね」


私が意地悪く言ってみた。


「いるよ。今日は満席だ。数億のお客さんが僕たちを見ているよ」


晴彦はそう言い、夜空を見上げた。


「……そうね。地球の全人口よりも多いお客さんかも」


私はくすりと笑い、そしてキーボードの電源を入れた。

試し弾きをしてみる。

夜の海岸に、音は美しく鳴り響いた。

晴彦は、発声練習を始めた。


「よし!」


私は晴彦とアイコンタクトを取った。

そして、両手の指を鍵盤におろした。


前奏を奏でる。

そして本奏へ。

晴彦は朗々と歌い上げる。


・ ・ ・ ・ ・


私の弾く伴奏の音と、晴彦のステキな歌声が、誰もいない海に、

そして夜空に吸い込まれていった。


繰り返す波と、静かに光る星たちだけが、私たちの演奏を聴いていた。

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