このレビューは小説のネタバレを含みません。
世界電球という、
人々を幸せにする(はずの)装置に囚われないポラリス少年の心の葛藤が、
シャノ――もう1人の装置に囚われない少女――の瞳を通じて、
描かれています。
少し想像してみてください。
世界で自分だけ「幸福」を感じることができないという状況。
幸福を感じることが出来ず、しかしそこには間違いなく「不幸」が存在
するのです。
私たち(読者)が普段感じている幸福、または不幸の在り方を考えさせ
られるはずです。
私たちの日常の中にある心の錯綜、あるいは昔抱いていた"それ"を
ポラリスとシャノを通して見ているかのようでした。
貴方の心を照らすものは何ですか?
一度考えてみるいい機会かもしれません。
PS:私の心は休日の睡眠時間に照らされています。
人類を幸せにする装置「世界電球」
しかし、主人公のポラリスとシャノだけは「幸せ」にはなれなかった。
だから、ふたりで世界電球を壊しに行こう。
作中では人を幸せにする「世界電球」なるものが存在する。
世界電球のおかげでみんな負の感情など抱かずに幸せに生きている。
そんな中なぜかその世界電球の恩恵を受けられずに不幸せだと感じる人間が、主人公のふたりである。
幼い頃に出会ったふたりは互いに誓い合った。いや、呪い合った。
ふたりだけが世界のすべてと信じて疑わないなか、この世界――世界電球をぶっ壊してやろうとふたりは計画するのだが。
読んでいくなかで私が感じたのは、主人公たちはひどく独善的だということだ。
自分(ふたり)以外の人間は幸せに生きているというのに、それをぶち壊そうというのだから。
ある意味正統的な「セカイ系」なのかもしれない。
きみとぼくだけの世界があれば他は壊れたっていい。
だけど、この独善性こそが人間なんだと思う。
それを人はエゴと言い、もしくは希望と言い、はたまた愛などと言うのだ。
そう、この作品には確かに「人間」が描かれている。
そして結末が良く分からないと思ったあなた。
もしかして世界電球に近づきすぎてないですか?