環境同様、心も荒んで不思議ではない武蔵野。
粋な人間ともののあはれなAIがそこに見出す理想の月が余りにも美しいです。
博士の決断により月が姿を現した時の光明も鮮やかでしたが、その時間が儚く過ぎてしまった後、ディストピアに芽生えた月を想う心は彼等の背負う未来を支える光にも思えました。月を見る経験が管理側であるAIの何かを確かに変えたのを感じます。
限りある命の人と人にメンテナンスされて命繋ぐAI。共に月を再び見てほしいと願うと同時に、仮にどちらかがより長く課題に向き合うことになったとしても、この歌は残された側にとって明かりになり得るでしょう。
AIを慈しむ人と人を慮るAIの究極の思いやりは、気が遠くなるようなミッションを月のように光量を変えながら照らしてくれる、と希望を感じました。
歌の味わいも素敵です。
人の過ちで、人の住まうことができなくなった、台地。
その再起を担った「博士」と、0と1の羅列で自我を形成するAI、エアリス。
ふたりだけの閉じられた空間の中で、かつてこの地に溢れていた風情を妄想する。
無から何かを産み出すことができなくとも、エアリスは無数の桁数の0と1を駆使して、昔ここに確かに在った、博士の懐古する武蔵野の台地を、健気に掬い上げる。
何を発しても、何を想っても、虚しくくぐもってしまってもおかしくない暗く狭く澱んだ世界。
その中で、どこか不器用に寄り添う人と機械。
ふたりの不可思議な関係の中に潜む情という微熱を、少しはにかみながら、瀟洒で粋な“唄”でラッピングした、心に染みる秀作。
未来の武蔵野に取り残されたAIと管理者。不毛で大気の状態も不安定な中、逃げ出したくなる衝動にも駆られそうだが、管理者はその地に骨を埋める意思を固めていた。そこにはAIに対する愛情が深く関わっているが、古の短歌にも造詣が深いところを察するに、武蔵野そのものを愛しているようにも読み取れた。
とにかく優しい。武蔵野の情景をAIに委ねて詠ませる心遣いに、作者様の優しさが滲み出ている。読後の余韻は哀しみよりも期待に溢れていた。
月という存在をどう受け止めるか。
この作品に触れた後、見上げた月に今までとは違った感想や印象を抱くやもしれません☆