最終話 また逢おう
あれから、結界を解いて直ぐに結社の他の部隊が駆けつけてくれた。
街中で派手に術を使えば気づいてもらえるのも当然だ。
やはり向かい側で起きていた騒動は、悠璃という青年の仕業だったようで梓の抱えていた体を見て皆が愕然としていた。
が、引き渡そうとして梓の腕から離れた瞬間、体は全て土に変化して崩れてしまったので役に立てたかどうかは不明のままだった。
「結局、死者では無いと……」
報告書やら後始末やらを終えたところで、上官である野々瀬とばったり廊下ですれ違い、悠璃についての話を聞いていた。
「ああ。あの土人形は分身で、本体は別にある」
悠璃は、このところ獄楽浄土に悪霊を放って暴走させていた罪人で間違いがないようだった。
元は死者であったようだが、異常な霊力を持ち、妖もしくは悪霊に近い人外に変質したと推測されている。
その特徴的な外見と、悪意に満ちた行動は他の部隊も困らせられていたのだとか。
しかし、相当に逃げ足が早いようで捕縛は失敗続き。
そんな最中、分身とはいえ、新人の梓が捕まえてきたなんて皆が驚くのも無理は無い。
「だが、お前たちが持ち帰った土と、悪霊の残骸のおかげで解明を進めることができる。その上、名前まで知ることができたんだからな。もし真名だった場合、容易く捕縛できる」
「そうですか……それは良かったです」
誰にも教えるなと言われた名前は速攻で周囲に教えた。
こちらは約束を守るだなんて一言も言っていないのだ。
勝手に結ばれた約束を守るほど、梓は律儀な性格では無い。
とはいえ、奴も考え無しに名前を教えたとは思いづらい。
いくら気に入ったとはいえ初対面の梓に真名を軽々しく名乗るような奴ならば、ここまでのさばることはないだろう。
おそらく、たとえこれが真名であったとしても
「大手柄だぞ。よくやったな」
「ありがとうございます」
褒められるのに慣れていない梓は、なんだか気恥しくて素っ気ない返事をしてしまう。
野々瀬は淡々と事後報告をしているが、その声色は優しかった。
「後は俺たちが引き受ける、と言いたいが恐らく奴はまた現れるだろう。次は遠慮なく殺れ」
野々瀬の言葉に頷く。
悠璃の犯行動機についてはまだ分からないが、その行動から読み取るに、彼のやっていることは愉快犯のようなものだと野々瀬たちは考えているらしい。
はた迷惑な輩であると言えよう。
───────できれば、再会は望まない。
けれども梓には、彼が自分を仕留めるために姿を表したようなそんな気がしてならなかった。
生者にも死者にもなれない、曖昧な自分を砕く為に。
目を逸らしたい現実を無理矢理直視させられるような、そんな不快感は二度と味わいたくなかった。
「ましろは、無事に帰れましたか?」
「ああ。本体については我々で安静な場所で眠らせるようにする」
「そうですか。それなら良かったです」
どうやらましろの行く末は、彼女の望むようになったみたいだ。
もう二度と迷ったりなんかしないで欲しい。
そう願いながら、梓は微笑んだ。
「で、どうだ。二人とは上手くやれているか」
押し付けた割には心配してくれていたようだ。
口には出さないけれど、彼は相当なお人好しであることはもう分かっている。
「上手く……うん、上手くやれてると思います。少なくとも、俺は二人のことが好きですね」
梓がはにかみながらそう言った時だ。
後方からぱたぱたとした足音が聞こえてくる。
「いたいた、梓くん!あっ、野々瀬さんもこんにちは」
そう微笑んだのは千歳だった。
その隣では、実之がぺこりと頭を下げる。
「もー聞いてよ、僕たちの所に届く予定だった書類、やっぱり違う部署に持ってかれてたみたいでさぁ」
「どおりで俺たちが梓が来ることを知らなかったわけだな。まったく、人騒がせな……」
梓が赴任することに関しての知らせは、別の場所に届けられてしまったおかげで誰も知らなかったということだ。
「それでは俺は失礼する」
騒ぐ二人に挟まれた梓を見て、野々瀬は満足そうに身を翻していった。
「あ、そうだ」
その姿を見送ろうとするが、自分が伝え忘れていたことを思い出して慌てて追いかける。
「野々瀬さん、俺やっぱ妹いました」
二人には聞こえないくらいの声量だった。野々瀬は立ち止まり、振り返る。
少しだけ目を見開いて、ただ一言。
「……そうか」
梓には、生前の記憶が無い。
全て無いわけではなく、時系列も何もかもがバラバラで、記憶をぐちゃぐちゃに壊して混ぜ合わせたような、そんな状態だった。
妹、という存在もいるようないなかったようなあやふやなものだったが、ましろという幼子に触れて、ふと思い出したのだ。
たしかに自分には、これぐらいの歳の妹がいたのだと。
「少しは思い出せたのならそれで良い。で、残りはあとどれぐらいだ」
「うーん、これでもまだ三分の一ぐらいしか記憶は戻ってないんですよね。残りはまだ全部ぐちゃぐちゃのまんまで」
自分の存在すら確証を持てなかった梓を助けてくれたのは、他でもない野々瀬だった。
彼は閻魔庁で梓を、記憶を取り戻す糧になりそうな部署へ推薦し、ついにはこの獄楽浄土にまで連れてきた。
梓が閻魔庁のいくつもの部署を巡ってきたのは、それが最大の理由だ。
記憶を取り返す見込みがなければ、少しでも可能性のありそうな場所へ手を回す。
ましろとの出会いがそうであったように、日常の何気ない行動一つでも記憶を取り戻す鍵になったりするのだから、野々瀬の判断は梓にとってはありがたいものだった。
「あまり無茶はするなよ。特に今回のような真似はするな。いくら死なないとはいえ、俺たちは魂が破壊されれば終わりだ」
幸い、今回梓が自分で切り落とした腕は直ぐに再生したが、野々瀬は千歳と同じくそれを良しと思っていなかった。
いつも険しい表情で、この世の慈悲には無関心だと言わんばかりの態度なのに、本心は誰よりも優しい。
野々瀬という人は、そういうお人好しだった。
「……分かってますよ」
いっそのこと壊れた方が楽かもしれない。
そう思っても、野々瀬の前では口には出さない。
彼の優しさに報いるために、自分の死についてもっと向き合わなければならない。
それを今一度自覚する。
「梓くん?」
「どうした、先に行くぞ?」
遠くから、千歳と実之の声が聞こえてきた。
置いていかれてしまう、と梓はおもわず吹き出す。
「今行くって!そんじゃ、野々瀬さん。また来てくださいね」
元気よく手を振って笑えば、野々瀬は少しだけ微笑んでくれた。
「ああ。獄楽浄土で、また逢おう」
西陽の差す木造の廊下を、三人で並んで歩いていく。
窓ガラスに映る梓の黒髪は、楽しそうに揺れていた。
獄楽浄土で逢いましょう 雪嶺さとり @mikiponnu
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