第三話 異形と青年

四人でみょんたんを探すため、少女が通ってきた道を辿ることに。

ひとまず、自己紹介をすませた後に何があったのかを一つ一つ確認した。

少女​──────名前はましろというらしい彼女は、近くの公園で遊んでいたようだが途中でぬいぐるみを無くしたことに気づいたそう。

公園に来る前に駄菓子屋に寄っていたそうで、兄はそちらの方に探しに行ったのだと。

獄楽浄土は現世を模した狭間の世界である。

そのため人々は、建造物や生活様式は古いものに変わるものの、ほとんど現世と変わらずに暮らしている。

もちろん、閻魔庁と禍憑結社の管理下できっちりと統制された暮らしではあるので、それらは全て紛い物と言えよう。


「本当なら早く結社に連れて行って身元の確認をしなければならないんだがな……」


実之が困ったようにため息をつく。


「通行証と身元の確認、それから送還先の検討と上層部への報告と……」


「まあそう言うなって。来たばっかりの俺が言うのもなんだけど、大事な物を無くしたまんまじゃあ悲しいだろ」


ましろは梓と千歳にすっかり懐いて、二人と手を繋いで歩いている。

無くし物の辛さを経験している身・・・・・・・としては、放っておくことは出来なかった。

一方で実之はましろのことがどこか苦手なようで、三人の様子を遠目に見ていた。


「子供は苦手だ……」


実之のつぶやきが小さく消えていく。

苦手なものはどうしたって仕方がない。

ましろの機嫌を取るのはこちらでやればいいだけのことだ。


「それで、みょんたんさんはなんかの動物とかなん?」


「うーんとね、うさぎ!かわいいよ!ぴょーんってするの!」


「なるほどねぇ。うさぎのぬいぐるみか」


これくらいの大きさだよ、とましろは短い腕を広げて示す。

小さなものでは無いようだから、すぐに見つかるはずだ。

どこかで置き忘れてきたと見ていいだろう。


「でも、それっぽいのは無いよねぇ……」


花壇を覗き込みながら千歳がそう言う。

公園に到着したが、あちこち見て回ってもそれらしきものは無い。

それどころか、公園に人の姿は無く妙に静かで寂れているようだった。

死者たちの行き交う賑やかな大通りから外れた奥まった場所にあるのも、人の少なさの理由だろう。


「でもねでもね、ちゃんと一緒にいたんだよ?どこに行っちゃったのかなぁ……」


ましろはまた泣きそうな顔になって俯いてしまった。


「わっ、泣かないで〜!僕たち頑張るからさ」


「そうそう!大丈夫だって、兄ちゃんたちに任せな!」


千歳と梓は慌ててましろを慰めようとするが、その程度の言葉に大した効果は無い。

ましろはしゅんとした顔で自分のつま先を見つめてしまう。

だが、そんなましろの頭を優しく撫でたのは実之だった。


「泣くな。そう心配せずとも、すぐに見つかるだろう」


ついさっきは子供が苦手だと言っていたのに、ましろに向ける眼差しは真摯なものだ。

力強くそう言われて、ましろはゆっくり頷いたが、何故かじりじりと後ずさって実之から距離を取る。


「……さねゆきお兄ちゃん、なんかこわいからヤダ」


予想外の一言だった。


「なっ……!?」


「ぷっ」


「笑うな貴様!」


思わず吹き出す千歳に怒る実之。

なんとも不憫なことに、ましろには実之が怖く見えたらしい。


「これだから子供は苦手なんだ……」


そう呟いた実之に、ましろはふんと顔を逸らして千歳の足に引っ付いていた。

落ち込む実之の肩を叩いて慰めるも、こればかりはどうしようもなかった。


「元気出せよ。俺は実之の顔好きだぜ」


「何を言っているんだお前は、…………っ?」


その時だった。

突然の強風と共に、遠くから何かが崩れ落ちるような轟音が響いてきた。


「あれは……」


吹き荒れる風で乱れる髪を押さえながら、梓は遠くを見つめる。

街の中心部を流れる大きな川を挟んだ向かい側で、ゆらめく奇妙な形の、大きな化け物の姿が見えた。

その異形は何かと戦っているようで、動く度に地響きのような振動が伝わってくる。


「またか。最近多いな」


「だね。今日は第一部隊が見回りの予定だから応援は大丈夫だと思うけど、やっぱりびっくりしちゃうなぁ」


千歳はましろを怖がらせないように、優しく背中をさすっている。

ましろは何が起きているのかよく分かっていないようで、きょろきょろとあちらこちらを見回していた。

あれは、暴走する悪霊、もしくは妖と戦っているのだろう。

人の形を模したようでありながら、到底人には見えない化け物は三メートル以上はあるようて建物群から突出して見える。

禍憑結社の主な業務は、悪霊・妖・異形の祓いだ。

まさしく、今のような状況のことを言う。

相当激しく戦っているようで、向こうからは時々閃光のようなものが走っているのが見えた。


「禍憑の力って凄いんだな……」


禍憑とは、その名の通り禍に憑かれるということ。

怨念、執念、妄念。

この世界を形作る「毒」つまり禍を取り込み、それらを己の力に変えて戦う。

それが禍憑結社という名の由来である。

獄卒の仕事や力の原理とは少し違うので、ある程度鍛錬しているとはいえ、こちらに配属されたばかりの梓はまだ使いこなせないものだ。


「梓くんもそのうちできるようになるよ。僕らが戦わなきゃいけないような事案が発生すればだけどね」


「強くなりたいのであれば、俺が鍛えてやろうか。これでも古参だからな、この世界の力については千歳よりも詳しいと自負しているぞ」


「おっ、それはありがたいな!」


といいつつも、梓が戦うことになるということは、何かしらの事件が起きた時ということになるので心待ちにするというのも変な感じだ。


「実戦の機会があればいいんだけど、それってつまり獄楽浄土が危機に瀕しているときだからねぇ。なかなか口には出せないよ」


千歳も苦笑いでそう言っている。


「だな。戦うのは嫌いじゃないが、平和が一番だろう」


しみじみと空を見上げている。

実之は梓たちの時代と違い、平和ではなかった頃の生まれであるため、その言葉の重みは違うように感じられた。


「まー、俺もこっちに来てから最初の業務が落とし物探しになるなんて、想像してなかったからなぁ」


つられて梓も空を見上げた。

向こうでは激しい戦闘が繰り広げられていたようだが、次第に轟音は収まり、やがて黒い大きな異形は沈んでいく。

近くで見ていれば圧巻の光景だっただろう。

地獄でも死者を取り締まることはあるが、こうやって正面から戦うようなことは滅多に起きない。

さて、自分に実戦の機会ははたして回ってくるのだろうかと思っていれば、ふと外套の裾が引っ張られた。

梓の外套の裾を手にしていたのは、ましろだった。

いつの間に千歳の傍を離れたのだろうか。


「っと、怖かったか?ごめんな、あっちでやすむか?」


もしや、あれの存在を怖がっているのだろうかと顔をのぞき込む。

意外にも、ましろは泣いていなかった。

むしろ、その表情には喜びの色が浮かんでいるぐらい。


「みょんたん、あれになるよ」


「……え」


ましろのつぶやきに、三人とも固まる。

あれになる。

つまり、あの異形と同じ形に変化するということ。


​───────ときどきすっごく大きくなったりするんだけど。


ましろの言葉を思い出す。

大きくなるという言葉が、そのままの意味であれば、今我々が探しているみょんたんとやらは……。


「そのぬいぐるみとやらは、もしかしたらとんでもない代物ではなかろうか」


実之が深刻な表情でそう言った。

全員、想定したことは同じ。


「……どう、しようか。ましろちゃんの言うことが本当なら、やっぱり結社に連れていった方がいいんじゃないかな」


ぬいぐるみが異形に変化するということは、何らかの呪物の可能性が高い。

もし本当なら、一体どこで、どうやって手に入れたものなのか、いつから持っていたのかを調べなければならない。


「一旦、ましろを預けてから捜索した方がいいだろうな。管理課に連絡して、それから、ひとまずは第二部隊の方に手を貸してもらおう」


実之がそう言った瞬間。

ザリ、という砂を踏む足音が聞こえてきた。

振り返った一瞬、背筋に冷たいものが走った。


「​───────ここにいたのか、眞白ましろ


そこにいたのは、黒の着流しをまとった白髪の青年だった。

甘く澄んだその声はどこか気だるげで、その口元は妖しい微笑をたたえている。

左脇にはくたくたなうさぎのぬいぐるみを抱えていて、そこだけ妙にちぐはぐに見える。

彼の独特な雰囲気と、黒と白のコントラスト

に目を奪われそうになるも、すぐに我に返る。


「あ!お兄ちゃん!」


ましろが嬉しそうに声を上げた。

白髪の青年は、ましろが言っていた兄の特徴と一致している。


「死者か?」


「分からない……でもなんだか、嫌な予感がする」


こっそり小さな声で千歳に尋ねるも、彼は穏やかではなさそうにそう言った。


「禍憑結社特務課第三部隊の者だ。ご同行願おうか」


実之が語気を強めてそう言うと、青年はくすくすと笑った。


「まいったな、今日は神様の機嫌が悪いみたいだ」


「……何を言っている?」


実之を無視したかのような物言いに、眉を顰める。

神の機嫌が悪い、というのはどういうつもりなのだろうか。


「眞白、おいで。帰るよ」


「みょんたん見つけてくれたの?ありがとう!」


ましろはすぐさま青年に駆け寄っていく。

そのまま連れ帰られてはまずい。

まだ彼が本当にましろの兄であると断定できたわけではないのだ。

兄妹揃って、こんな狭間の世界にくるなんて希少なケースがありえるのだろうか。


「ちょっと待ってくれよ、あんたって本当にこの世界の住人なのか」


「おや、君は……」


ましろを抱きかかえた青年は、梓の存在に今しがた気づいたかのようにこちらに目を向けた。

まるで値踏みするかのように、上から下までじっくりと眺められる。


「アンタ、ましろのお兄ちゃんなんだってな。だったら、こんな小さい子から目を離したらダメだろ」


「そうだね。うん、君の言うことは正しい。でも、眞白は違うんだ」


「違う?」


青年は不思議なことを言ってばかりで、先程からまるで会話が成り立たない。

違うというのは、何が違うのか。

ましろの兄ではないという意味なのか、それとももっと違うことなのか。

地獄にも挙動のおかしな死者や、まともに会話の繋がらない同僚はいたが、この青年はそれらとは違う類のように思えた。

どちらにせよ、兎にも角にも彼には事情を説明してもらわねばならない。

その脇に抱えたぬいぐるみも、ましろのことも。


「とにかく、そのうさぎについての話だけでも聞かせてくれよ」


一見して無害そうな、可愛らしいそのぬいぐるみが呪物であるかもしれないのだ。

つい先程、近くで大きな騒ぎが会ったばかりだというのに少しでも疑わしいのだったら取り逃してはならないだろう。

だが青年は、くつくつと喉を鳴らして笑った。


「良いね、その瞳。その顔も、その髪も。禍憑結社なんかに置いておくには、勿体ない」


「……っ」


その深淵のような昏い眼差しに、言い知れぬ恐怖を覚える。


「気が変わった。ちょっと遊んであげよう」


実之が真っ先に、腰に佩いていた太刀に手をかける。

梓も同じく、今すぐに鯉口を切れるように待ち構える。

青年の唇が歪にゆがんだ、その瞬間。

眩い光と共に、後方から何かが飛んできた。

布のような、糸のような赤いそれは、梓を通り抜けて真っ直ぐに青年の元へ向かっていく。


「……それはこっちの台詞だよ!」


初めて聞くような、千歳の鋭い声に振り返る。

彼の手には、真っ赤なあやとり紐が結ばれていた。

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