第8話「グルメになりたい」
ある晴れた昼下がり。
別に荷馬車に何かしら乗せてドナるわけではありませんが、そういう言葉がぴったりな程に綺麗なおひさまが世界を照らしています。
晴れも雨も恵みとして感受し、その恩を倍にする心づもりで世界に還元するのが森の役割。晴れの日は、それはもうテンションマックスで光合成に励みますとも。
……えぇ、まぁ、はい。そう思っていたのです。ですがねぇ……。
「で、これはなんですか?」
自分でもびっくりの低音ボイスが出せました。そこそこ迫力あるんじゃないでしょうか。
そう思いながら私は、眼の前で地面に座り込んでいるゴンさんを見つめています。
若干猫背気味な姿勢が熊そのもので、知的な部分が隠れてしまっているのがなんとも可愛らしいです。
『なに、と言われてもな……間引きとしか言いようがない』
「間引き、ですか。なるほど……」
ゴンさんはバツが悪そうに視線を反らしますが、その反らした先が悪いです。
私もその先を視線で追い……ため息をつきました。
「それにしたって多すぎですよ。こんなにたくさんのコカトリス」
『け、結構繁殖していたのだ! 仕方あるまい!』
そう、魔物です。それはそれは大量の魔物が、山となって世間樹の横に積み上がっていました。
コカトリス。人間大の大きさを誇る、ニワトリみたいな姿の魔物です。
ニワトリと侮るなかれ。その脅威は非情に強力な毒を有していることであり、またその毒をめっちゃ吐き出してくるんだから侮れない魔物です。
日本とかの伝承では、なんか他の動物がニワトリの卵産んだらそれコカトリスだわ~とか言ってますけど、この世界では普通に繁殖するみたいですね。免疫低い個体は卵の中の毒で死ぬので、出生率は悪いですけど。
というか、コカトリス1匹で大分ヤバイ被害を出せるモンスターだと聞き及んでいるのですが……そのコカトリスが、何羽も何羽も束になって山を作るその光景は、背筋が薄ら寒くなってしまうものがありますね。
『元々我は、先日まで貴様の代わりにこの森を守護していたのだぞ? こういう、増えすぎた魔物を狩るのも仕事の内だったのだ』
「今回はコカトリスが大量発生していた、と?」
『たまに起こりうる現象よ。どこぞの世界で大量に人間が死んだのであろうな』
前にも言った気がしますが、転生に失敗したり無念が強すぎた人間の魂が何かの存在を食った場合、それは魔物になってしまう事があります。
その魔物が普通に繁殖すると、同種の魔物は当然増えていきます。
今回は、大量の人間の魂がコカトリスへと変貌。その結果コカトリスの大繁殖が発生したとのことですね。
魔物化した人間の魂は、ほとんどが自我も理性も失って本能のままに行動するので、大変危険なのですよ。
『野に放たれてしまえば、元は人間の魂と言えども一個の命。そして自然の中に存在する種である事に変わりはない。根絶やしにはせぬよう心がけてはおるが、何分増えすぎても問題なのだ。故に今回はこうして刈り取らせてもらった』
「ん~、理由はわかりました。仕方ないことだと言うことも」
我が家の横に大量の死体がある件について言及していましたが、そういう理由であれば仕方ありませんね。
というか、なにげにゴンさん世界救ってる気がしますが……まぁ、深く考えないでおきましょう!
「ゴンさんは大丈夫なのですか? 毒でやられてたり……」
『矮小な生き物と一緒にするでない。コカトリス程度の毒では二日酔いにもならんわ』
お、おう……人間が溶けるとか言われてる毒なんですが……相変わらず規格外な熊さんですね。
心配いらないのでしたらば、後はこの死体の処理だけを考えれば良さそうです。
ん~、どうしましょうかねぇ。
「……ねぇ、ゴンさん」
『なんだ』
「……コカトリスって、美味しいんですかね」
『…………』
ちょっと、なんでそんな初めてまじまじとアンコウを見た人みたいな顔で私を見るんです?
気になったから質問しただけだと言うのに!?
『……ちんくしゃ……我は毒こそ効かんが、なにもわざわざ毒を食らう程に飢えてはおらんぞ……?』
「う~ん、でも見た目はニワトリなんですよ。だから結構イケる気がするんですよね……」
『ニワトリ。人間が飼っている家畜だな? まぁ、似ていなくもない』
物は試しという言葉もあります。ここは1つ、このコカトリスを有効利用してみましょうか。
罪はないが、厄介なやつ……そんな奴等を、人だけが持つ、料理の力で……! っとと、これ以上はいけない気がします。
「という訳で、今日はコカトリス料理をやってみましょ~!」
『う、うむ……なんだ、無理だったら即座に燃やす故、無理はせぬようにな』
なんかゴンさんが優しい! え、引いてるだけ? いえいえこれは私に対する好感度が上がり、フラグが立ちかけてる証拠でしょう!
◆ ◆ ◆
はいっ、という訳でやっていきましょう、コカトリスクッキング! 場所をゴンさん洞窟に移しての実行です!
司会進行、兼調理は私、光中心和がお送りしていきます~。
アシスタントはもちろんこの方、べアルゴンことゴンさんです!
『うむ、励めよちんくしゃ』
「はいな~。用意していただいたのはこちら、ゴンさん洞窟から発掘していただいた調理セットとまだ燃え続ける魔法の火! そしてこちら、岩塩を中心とした調味料ですね!」
この前天ぷら作りましたけど、その時に探した結果、一通りのジャンルが作れちゃいそうなくらいに道具が揃ってたんですよね。
煮る、焼くはもちろん、燻したりとかもできる器具がありました! 薫り高い植物生やしてチップ作るのもいいかもしれませんねぇ。
まぁ、それはそれとして、今はコカトリス料理ですっ。
「え~、コカトリスは非情に強い毒性を持っています。もちろん、このまま調理したら台所がシュワシュワしちゃうのは目に見えていますね~」
『うむ、どうするのだ?』
「はいっ、ひとまず毒を全部吸い出してしまいましょう!」
『ふむ?』
私は、安らかに横たわるコカトリスの肉体に触れつつ、魔力を流していきます。
なるべく全身に行き渡るように、集中して……。
「うへぇ……コカトリスって、血とかも毒なんですねぇ……」
『魔力を通して毒素を調べているのか。確かに、此奴等は全身くまなく毒故、血もまた毒である。故に本来ならば食うような事は絶対にない』
「でも、もったいないのでこうしちゃいましょう!」
コカトリスの体に魔力が行き渡った後、私はその中に1つの種を生成しました。
その種こそ、今回の目玉商品! 毒素を養分にして成長し、酸素に還元して放出する環境改善型の植物です!
「さぁ、毒を吸い上げてしまいなさい! 名付けて、ドクスキー1号ちゃん!」
『む……!?』
念じると同時に、ドクスキー1号ちゃんはみるみる成長。
コカトリスの心臓からぴょこんと芽吹き、無理やり鼓動を再現するように心臓を収縮させながら血流を吸い上げ、毒をみるみる吸収していきました。
その後に咲き誇るのは、まるでスズランのように可愛らしいお花の数々。
うんうん、これは良い植物を生み出してしまいました! お茶にする気は……成分的に失せますけど?
『……血だけではなく、体中の毒素をすべて吸収したのか、この植物は』
「そですよ~。えへへ、この子がいれば毒は怖くないですね~」
ゴンさんが呆れ顔で見ていますが、今は気にしない気にしない!
あとは、このコカトリスをお肉に加工するだけですとも~。
「ふんふふ~ん、チキンステーキでも作りましょうかね~」
羽をむしりつつ、自分でも少しのんきだなと感じる鼻歌をもらしてしまいます。
お料理は楽しいので、ついご機嫌になってしまいますね。
『……はぁ、心配はいらんようだな。我はその辺で寝ておる故、飯時に起こせ』
「はいは~いっ」
『まったくもって、規格外な奴め……コカトリスの毒を完全中和する植物など、この世に無かったぞ』
ぶつくさ言って引っ込んじゃいましたけど、規格外とか貴方にだけは言われたくないですね~。まぁ、別にいいですけど。
結局、その後は楽しくってついつい3羽ぶんくらいお肉に加工してしまいました。血抜きも必要ないから楽なんですよね、加工。
毒素の抜けたコカトリスの身は艷やかで、大変美味しそうですねぇ。
「うぇへへへ、それじゃあ、作っていきますかね~」
捌いた肉を厚めの切り身にして、熱したフライパンに投入。
結構油が多そうなので、そのまま焼きでいけそうですね。毒抜きできてなかったら、こういう油分にこそ毒素が溜まってそうです。
ですが今は問題なし。ジュウジュウと音を立てるこれには、思わず私もつばを飲み込んでしまいますねぇ。
コカトリスの味を確かめるためなので下味はなし。シンプルに塩と胡椒のみで味を整えていきましょう。
胡椒って、山賊が狙うだけあって結構なお値段がするんですが……まぁ気にしてたら美味しい料理なんかできそうにありません。
ここは、容赦なく消費してっちゃいましょう~。
◆ ◆ ◆
『……で、作ったのがこれ、と……』
「えへへ~」
それから。
お昼ねから戻ってきたゴンさんの眼の前には、それはそれは大量のチキンステーキがホットケーキの如く積み上がっておりました。
まだアツアツなのでしょう、油をジュウジュウと跳ねさせている光景はなんとも食欲をそそらせます。
洞窟全体に漂う香りも、もはやかつての毒ニワトリであった名残は感じさせない程に胃袋をぶん殴ってきますねぇ。
「コカトリスのびっくりチキンステーキです! どうぞ召し上がれ!」
『うむ。まぁ料理に罪はない。いただいてしまおう』
毒さえなければ、コカトリスは非情に優れた肉質をしております。
その証拠に、ゴンさんがすんごいワクワクした雰囲気で一切れをまるまる口に放り込んでいますからね!
『ふむ、んむ……ほう、うまいではないか』
「でしょ~? コカトリス、美味しいですよね!」
噛み切るには丁度いい歯ごたえ。その後にジュワッと、旨味を含んだ油が口内一杯に広がります。
身自体も味が濃く、心和の記憶にあるニワトリの肉にとても近い、いや、もしかしたらそれ以上かもと思わせられます。
当然、部位によって食べごたえも違うので、コカトリス1匹で大変バリエーション豊富な料理が作れることは明らかといえましょう。
『うむ、毎日でも食えるなこれは。大義であるぞちんくしゃ』
うぇへへへ、お褒めの言葉が染み入りますわぁぁぁ!
私が悶ている間にも、ゴンさんはみるみるコカトリスを胃に収めていってます。
これは、追加を作っといたほうがいいかもしれませんねぇ。
『もうすぐ無くなるぞ。おかわりはあるか?』
「あ、は、はい! 今から焼いちゃいますね!」
『うむ』
……あれ?
毎日食べたいって、もしかしてもしかします?
……まさかね?
『無くなったぞ』
「はや! は、はいただいまー!」
少しの疑問は簡単に吹き飛び、私はフライパンを握ります。
その後、ゴンさんは3回のおかわりの後にようやく満足してくれたのでした。
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