第34話「不憫な王様」(デノン視点)

 

 なんか、とある守護者にシバキ倒されそうな予感がする。

 そんな悪寒と共に、俺は背筋を震わせた。周囲にいた付き人がきょとんとするのを、何でもないと手で示す。

 風邪だか予感だか知らないが、今の俺にこれを理由に休む余裕なんざ一切無い。感じなかった事にするのが一番だ。


 いつもの玉座ではなく、書類整理用の執務室に缶詰になっている俺……デノンは、何かの予感を誤魔化すように伸びをした。

 ここ毎日を机の上で過ごしていたせいか、体がボキゴキバキャンと不吉な音を立てて解れていく。まったくもって、こんなに忙しいのはどれくらいぶりだろう。



「王様、少し根を詰めすぎなのでは?」


「仕方ねぇだろうがよ。新しい区画のヤテンが育つまでの間、国を保たせないといけねぇんだから」



 そう、今のピット国は、中々に経済状況を圧迫された状態に陥っていた。

 それもこれも、仕方ない事とはいえ……畑まるまる全部のヤテンを、売り物に出来なくされたからである。



(いや、売ったら売ったで馬鹿稼ぎ出来るのは確定なんだが、この大陸が蜂の巣ぶっ叩いたみたいになるのは目に見えてるからなぁ……)



 そんな事態を作り出した元凶。あの見目麗しいドライアドを思い浮かべて、俺は盛大にため息を漏らす。

 きっかけは、突如として森の中央に生えた、巨大過ぎる樹木の調査だった。

 まぁ常識的に考えてありえない現象だ。あんな樹が、朝っぱらからメキメキと音を立てて生えてきたんだからな。

 俺たちフィルボは、森と共に生きる種族だ。森に何かが起これば、それはすなわち俺らの命運を大きく左右する事態となる。それが滅びであろうと受け入れる覚悟はあるが、何も知らぬままでは納得もできない。


 だもんだから、ノーデの奴を送り出したんだが……結果として国にやってきたのが、森の管理者と守護者の二人ってんだから笑えねぇ。

 まぁ、あの二人があのタイミングで来なかったら、俺たちは一生後悔することになっていたんだろうが……それはそれとしても、あのドライアドは無茶苦茶すぎた。


 精霊様を救うために、ヤテンそのものをハイポーションばりの回復剤にしてしまったんだからな。そんなヤテンを売りに出したら、この世界の常識が根幹から覆っちまう。

 結果として、俺らは急遽新しい区画にヤテン栽培を開始。そのヤテンが育つまで、在庫で経済を繋がないといけなくなっちまったって訳だ。


 もちろん、ヤテンだけが輸出入に使う取引材料ではない。しかし、我が国独自の特産品ってだけで需要はあるもんだ。

 もし、そのヤテンが無いと知れたら……変な目がこちらに向けられることになる。



「……近隣の村の経済状況はどうなってる?」


「は、現在は安定していますよ。王都と違ってヤテンで稼いでいるわけではありませんからね。野菜の実りも十分ですし、食糧問題は心配いらないかと」


「ふむ……必要なもんは無いんだな?」


「しいて言うならば、調味料が少ないですかね。あと、アルコールですか」


「……その辺は、ホントだったらエルフ・・・ヒュリン・・・・に頼むんだがな……」



 この大陸は、森を中心に5つの国が星形を描くように展開されている。俺たちの住むピット国は、地図で見れば左下に位置する場所だ。

 そして、その北と東に隣接している国が、エルフが住まう国と、ヒュリンという種族の地である。

 時代は戦乱と言っていいが、この2つの国は滅多に攻撃の意思を見せない。むしろ内政で富国し、防衛を得意とする種族だ。


 そんな、割と話せる2種族に囲まれたからこそ、俺らの国はここまで栄える事ができたと言ってもいい。精霊様の加護もあったがね。

 しかし、しかしである。この2種族の内、ヒュリンは非情に厄介だ。

 なによりこいつらは、儲け話や他国の変化に大変目ざといことで有名である。商業の国と言ってもいい。

 そんな奴らにこの国の現状を知られれば、どんな悪だくみに巻き込まれるやら……考えるだけで恐ろしかった。



「ま、おいおい考えるかね。とりあえず、ヤテンの件は絶対に国外に漏らさないよう徹底させること。それは何度も言っておいてくれ」


「畏まりました。……ですが、国にやってくる商人たちにはなんと説明いたします?」


「あぁ……そろそろ来るころかねぇ」


「でしょうなぁ。ヤテンが花をつけてから、加工し終えるのが今くらいの時期だというのは各国把握しているでしょうし、特にヒュリンは必ず来るでしょうね」


「……とにかく、隠し通すしかねぇだろ。神木とヤテン畑に魔力隠蔽をかけて、どうにか商人達を立ち入らせないようにするしかねぇ。……胃が痛いが、俺が対応するよ」



 はぁ……国内の金回りをどうにかするのは、しばらく経済部に任せるか。

 俺の今後の仕事は、国にやってくる商人達の目から、いかに魔力ヤテンを隠すかという点に集中しそうだ。

 普通のポーションと違い、風味豊かで美味いのに馬鹿みたいに傷を癒すこの奇跡が周囲に知れれば、俺たちの国に侵攻してでも奪い取ろうとする国は必ずあるだろう。いざとなれば武器を取ることは出来るが、そんな事態は無いに越したことはない。

 ……しかし、魔力ヤテンってのは少し響きが悪いな……うん、ポーションヤテンとでも呼んどくか。



「ところで、精霊様は昼の分のヤテン茶を飲んだのか?」



 書類にペンを走らせながら、この国の象徴を話題に上げる。

 自分を削ってまで俺たちに繁栄をもたらしてくれた恩人だ。少しでも気を反らしてはいけない大事な案件である。

 最近では、保育園にも人員を動員してあの人の負担を減らすべく意識を割いている。少しでも、かつてのあの人に戻って欲しいからな。



「あぁ、それですがね」


「あん?」



 だが……その象徴様は、どこまでもマイペースなのだ。



「管理者様の所に遊びに行っているそうです」


「……は?」


「美味しい物を食べてくるので、晩御飯はいらないとの事で。お土産を楽しみにして欲しいと」


「……なんで俺に早く報告しないんだよ?」


「言ったら止められるから、と口留めされていました。あと、国庫の米を10分の1程持っていきましたね」



 パキン。

 手の中で音がした。

 見てみると、お気に入りの羽ペンが根元から折れていた。



「……国庫の、米、持ってったのか? このクソ金がねぇって時に?」


「管理者様にお土産、とのことで」


「…………はは」


「王様?」



 そうかそうか。んん~、そうかぁ。

 俺が忙しく働き漬けになってる時に、国の食い物持ってって遊びにいったのかぁ。



「は、はは……あっはっはっはっは! はっはっはっはっは!」


「王様? しっかり! 王様ぁぁぁぁぁ!? 」



 その日。

 俺は仕事を放り出し、がっつりふて寝したのであった。

 後日、米の代わりにやたら美味い肉を精霊様がもらってきたが、その肉を食った後に名前を聞いて余計にふて寝した。

 

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