第5話「熊クマ紅茶クマ紅茶」
「おまたせいたしました!」
『む、来たか』
ゴンさんは、洞窟の奥で待っていました。
余裕に振る舞ってはいるものの、その傷は相変わらず痛々しいものです。
しかし、せめて一緒にいて、お話相手にくらいはなって欲しい私……うぅん、今思えば結構無茶ぶりしてますね。
しかし、ゴンさん自身が与えてくれたこのチャンス。すがらなくてどうしましょう。
さぁ、是非に味わってもらおうではないですか!
「どうぞ、これが私の一杯です!」
『…………ふむ』
お湯を沸かして、ティーポットとカップを温める。
冷めない内に、注いでしまいましょう!
『うむ、これに淹れるがよい』
「おぉ……でっかいですねぇ」
ゴンさんが差し出して来たのは、石で作られた大きな大きなティーカップ。
どうやって作ったのでしょう? 形もさることながら、その艷やかな表面は陶器さながらの滑らかさです。
「あの、ゴンさんは地属性の魔法も使えるので?」
『そのゴンさんとはなんだ』
「あ……」
ノウ! 思わず内心のあだ名が口をついて出てしまいました!?
いけません、ゴンさんのご機嫌次第では校舎裏案件です! 即座に言い訳をしないと!
「あ~、えと、これはですね、その……」
『はぁ……不敬な奴よ。だがよい、ゴンさんなる呼び方を許す』
「い、いいんですか?」
『オドオドされながら「べアルゴン様」などと呼ばれておったら、我が外道の如き目で見られるのは明白である。我にそのような趣味はない』
よ、良かった……許してもらえた上に、あだ名呼びを許可してもらっちゃいました。
なんか、いい感じじゃないですか。
『それより、早く注ぐがよいちんくしゃ。このカップも火魔法で温めておる故、温度など気にするな』
「あっ、はいはい~」
『……ちなみに、これは爪で削った。我に地属性魔法は使えぬ』
ほえ~。爪でこんなに精巧、かつツヤツヤした断面が作れるものなんですねぇ。
感心のため息をつきながら、私はゴンさん特製ティーカップに紅茶を注いでいきました。
もちろん、その一杯でこのティーポットは空になるんですが……うふふ、少しだけ、一杯分だけ私の分をとっときます。これで私も、念願のお茶が飲めますよ~。
『……おい、ちんくしゃ』
「はい?」
『この茶……というか、この茶葉。どのようにして工面した』
ティーポットに注がれ、湯気を立てる紅茶を見つめながら、ゴンさんは質問してきます。その間にも紅茶の香りが洞窟内に漂い始め、私の鼻孔をくすぐりました。
ん~、特に隠すようなものでもなし、ですよね?
私は、ドライアドの特権である植物の生成と操作。そして心和の知識を利用してお茶を作ったことを説明しました。
『……ちんくしゃ。貴様、この茶を見て何も思わぬか?』
「え? ……早く飲みたいですね」
『……はぁ。もうよい、貴様もここに座って飲め。我が許す』
「ありがとうございます!」
わーいっ、お茶、お茶!
えへへ、ついに飲めますよぉ私の初めてのダージリン。これで、知識だけじゃない、本当のお茶が味わえるんですねっ。
早速ゴンさんの横に座り、ティーポットから一杯分の紅茶を注いでいきます。
ふわりと漂う湯気は、先程と同じく香りを纏って私の顔を包みます。
「はふぅ……なんて良い香り」
『香りはな。問題は味よ……まぁ、そこが問題ではないのだが……まぁよい』
なんだか煮え切らない態度のゴンさんですが、私はもうそれどころではありません。
お茶! 飲まずにはいられない!
「ではっ、いただきまーす!」
『うむ』
私とゴンさんは、まったく同じタイミングでカップを傾け、口内に幸せを流し込みました。
カッと焼けるような熱さ。ですが、この体はこの程度ではダメージにはならないようです。
それどころか、お茶と共に感じるこれを、私は幸せと認識してしまっています。
先行してきた熱さの後は、心地の良い味覚が私の全身……植物の体を伝っていきました。
あぁ、これが紅茶……!
味だけみると、渋みが目立つかもしれません。しかし、空気を取り入れる場所……鼻から通ってくる風味と共に味わえば、これ程までに豊かなものかと言いたくなるような味わいが口内を満たしてくれます。
喉を動かして体内にそれらの味を取り込めば、水分が全身に行き渡り、私の体はくまなく紅茶の香りに満たされました。
あぁ、美味しい……全身で味わうこの幸せ。たまりません。
この赤褐色の液体に、どこまでもまっすぐな清涼感を内包しているこの飲料……心和がハマるのも頷けるというものです。
「……ですが……」
えぇ……ですが……私は、思ってしまいます。
これでは、
それは、知っているからこそわかる違い。
この状態でも充分に感動的なのですが……この紅茶のポテンシャルは、このくらいではないハズなのです。
もっと風味も豊かで、味も渋みだけでなく、甘みや、ほんの僅かな苦味も内包しているはず。
『ふん……知識のみが先行した味よな』
「ぅ……」
『茶葉を急ごしらえで作ったのは褒めてやる。だが……だからこそこの味には
茶葉に罪はないがな、とゴンさんは付け足します。
『まぁ、初めて作ったにしては及第点だと言ってやらんこともないが、貴様は知っていたのであろう? 最低限の茶の淹れ方というものを。ならばこの味は、経験不足と焦りからくるものだ。貴様の能力をフルに使えれば、もっとマシな味になったであろう事は明白よ……精進が必要だな』
うぅむ、流石は悠久を生きたとされる霊獣様。お茶を嗜む機会も大層にあったご様子。
その舌を満足させるには、至らなかったみたいです……。
『……が、良い。我を唸らせることには成功しておる』
「え?」
『ふん、やはり気づいておらなんだか。たわけめが』
一滴残らず飲み終わったカップを置いて、ゴンさんは血のついた毛をめくります。
『見てみろ』
「ひぃ!? なんですかいきなり! 私そういうグロとか苦手で……」
……おやぁ?
私の目の前でめくられた毛の下には、まったく傷のない皮膚が見えています。
まぁ、所々血で汚れていますが……うん、怪我なんて見当たりません。
「……ゴンさん、実は仮病使ってました?」
『うつけ! 我が自らを弱ったなどと虚言を吐くような卑劣漢だと申すか!』
「うひぃ!? すみませんっ、すみません!? ……で、ですが、それでしたらその、なぜ怪我してないんです? 3年寝ないといけないって言ってましたよね?」
私の質問に、ゴンさんはかわいそうなものを見る目で私を見ていました。
や、やめて、そんな目で私を見ないで! ……あ、でもなんでしょうこの感じ。なんかぞわっときます。
『まったく、本当に気づいておらなんだか……これは、貴様の作った茶の効能に他ならん。我の傷を、一瞬の内に癒やしてしまう程の力が、この茶には宿っておったのだ!』
え~?
またまたぁ、そんな大層な効能がお茶にあるなんて、心和の知識にもありませんよ?
そりゃあ、漢方とかもお茶の中にはありますけど? それは健康を促すものであって、ポーションじゃないんです。
だから、お茶で怪我が治るなんてそんな~。
『あのなぁ……草木という生命を作り出す、ドライアドたる貴様の魔力で生み出され、貴様の魔力で加工された茶葉であるぞ? そんじょそこらの茶と一緒にするでないわ!』
「え、えぇ? いや私、普通に……」
『今の貴様は、管理者に任命される程に力が膨れ上がっておるのだろうがたわけ! 茶の味はともかく、その中に込められた生命の力は一級品よ。それに思い至らんばかりか、作ってなお気づかないなどと……本当にうつけであるな貴様は』
おぉうふ……! な、なんてことでしょう。
私、いつの間にかヤバイものを作ってゴンさんに飲ませていたのですね!?
うぅ、かつてオベロン様の成績表に、「
ん? 心和の記憶でも、「光中さんは、好きな事に全力過ぎて周りが見えなくなることがあるみたいです」と書かれていたみたいですね。
……つまり、この結果は仕方ないことだということでは? 2人分のガバなんですもん。止められませんって。
『……口に出ておるぞ』
「うひぃ! 堪忍~、堪忍でごぜぇます~!」
『というか、何故ちんくしゃが謝るのだ。我の傷を癒やしたのは貴様の功績であろうに……我が言いたいのは、もう少し自分の力を自覚せよという事だ』
ごもっともでございます。
私、ついついこの姿になる前のドライアド気分でおりました。
そう、私、もう管理者なんですよね……確かに、自覚は必要かもしれません。
「……わかりました。私、光中心和! 今後はもっと自分の力を把握していく所存であります!」
『うむ、励めよちんくしゃ』
私がようやく管理者として自覚したと感じたのか、ゴンさんはウンウンと頷いて頭をなでてくれました。
肉球がぷにぷにして……おぉ、これは……至高です……!
『では、ちんくしゃよ、貴様には我の茶汲みを命じる。今後更に腕を磨き、我に極上の茶を淹れる事を是とせよ。良いな?』
「ふぇ? あの、それって……」
『我の傷を癒やし、唸らせたのは事実。なれば我とて約束を違えるような真似はせぬ。……話し相手ついでに、貴様の身柄くらいは守ってやる故、管理者としてとく励むがよい』
ふ……ふぉぉぉぉ!
なんというイケメンムーヴ! こんなんコロッといきそうになってしまうではないですか!?
倍以上の大きさのクマさんにぷにぷにされながら言われたい一言の上位に食い込む「守ってやる」宣言! イケボも相まってたまらないものがありますね!
「ふ、ふぇへへへ……これはこれは、嬉しいお言葉で……! あの、もう一回言っていただいてもいいですかね……!?」
『……断る。今の貴様からは邪念しか感じん』
「あぁ! 肉球が離れていく!? そんな殺生な!」
こうして。
私ことドライアド、光中心和は、管理者仕事の心強い味方。守護神ゴンさんを仲間にしたのでありました。
そしてここからが、私の管理者人生……妖精生? の始まりだったのです!
「お願いしますよ~! もう一回だけ~!」
『くどいわちんくしゃぁ!』
「うひぃぃぃ!?」
う、うん。始まる前に終わりそうだから、ここは退いておきましょう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます