第6話「お家を造ろう」

 

 バウムの森。


 人の手が届かない、大自然が定めるルールこそが絶対と呼べる空間。

 人類がただただ浪費し汚染する空気を、森の賢人達が吸い取り、新鮮な酸素として吐き出し世界へ貢献する。まさに無くてはならない世界にとっての一大拠点です。


 少しずつ増えてきた春の足音。そのひとつである獣たちの生活音が、草木のさざめきにアクセントを加えて天然のオーケストラとなり、心身を癒やす音色を奏でています。


 そんなバウムの森の、奥深く。清く澄んだ泉の湧く、神秘に満ち溢れた空間にて。

 私こと光中心和みつなかここなは、やる気充分で準備を進めておりました。

 ゴンさんと一緒に暮らせるようになってはや一週間。管理人としてのお仕事の下準備は終わりましたので、あとは私自身のお家を作る必要があるのです。



「さぁ、最高に居心地の良いお家を作っちゃいますよ~っ」



 泉のほとりで腕を回し、準備運動をしている私。今から行う作業には多めの魔力を使うので、こういう形から入っていくのは大切なのです。

 ちなみにゴンさんは、洞窟の中でお昼寝中。かわいい寝顔をバッチリねっとり記憶に焼き付けたので、後で額縁でも作ってそこに念写しましょう。一生の宝にするのです!



「ま、それはそれとして~……この辺なんか良さそうですね?」



 ゴンさん永久保管計画をくわだてながら浮いていた私ですが、良い立地条件の場所を見つけてしまいました。

 ゴンさんが根城にしている洞窟から見て、泉の対岸。適度に草木が少なく、そこだけぽっかりと穴が空いたような場所です。

 マンティコアがなぎ倒したのでしょうか? 周囲には倒木も確認できます。



「ここならば、新しく一本作れば森にとっても補填が効く形になりますね」



 そもそも、妖精たるドライアドのお家とはなんなのか?

 答えは簡単。自分で生やした植物なのです。

 花然り、樹木然り。自分の魔力でもって直接生やした植物は、ドライアドにとって住処か転移地点・・・・として使えるようになります。

 私も妖精界では、梔子くちなしの花に住み着いていたのですよ? まぁ、あの頃はお花くらいしか生やせない魔力量だったからなんですけどね。



「今回はより快適に生活するために、樹木を生やしてしまいましょう!」



 準備に費やした一週間のおかげで、今の私にどれくらいの事が可能かはある程度理解できています。

 その結果樹の一本くらいなら余裕と判断しました。



「というわけで~、カモン! 種!」



 右手に魔力を込め、1つの形を意識します。

 魔力とはすなわち養分。形作るそれに充分な養分を吸わせるイメージでもって、その存在を確固たるものにしていくのです。


 そして、出来上がったのが……一粒の種。

 うん、なんか卓球のピンポン玉くらいの大きさしてますけど、バッチリ種ですね!

 ……少し大きすぎるかな? まぁ、小さいよりはいいですよね。

 早速、この辺り……泉の近くに植えてしまいましょう。



『……なんだ、妙な魔力を感じたが……何をしておる、ちんくしゃ』



 あら、対岸から見える洞窟からゴンさんが出てきました。

 目がショボショボしているのがなんとも愛らしいですね。少々寝癖ができてしまっているのがまたプリティさを引き立たせています。



『おはようございます~。今、お家を作ってるんですよ~』



 ここからでは少々距離がありますので、私も念話でお返事します。

 その間にも、種は地面の中に植えることは忘れません。ポンポンと土を叩き、泉の水を魔力ですくって濡らしてあげます。



『ドライアドの住居か……どの様な植物にするのだ』


『ふふん、今回は初めての、樹木に挑戦しますよ~!』


『貴様の初物など把握しておらぬわ。しかし、樹木か……』



 泉を回ってノシノシと歩いてくるゴンさん。その表情からは、なぜか警戒の色が見て取れます……少々失礼な話ですね。

 その間にも私の作業は進行中。種に魔力を流しながら、成長を促していきます。



『……何の木を連想して成長させておるのだ?』


「え?」



 何の木、ですか?

 ……そういえばこの木、何の樹になるんでしょう?



『……ちんくしゃ……貴様、まさか決めておらなんだか? その上で敢行しておるのか!?』


「え、えぇと……」



 ひぃ、ゴンさんが凄い勢いで走ってきます!

 怖い、怖いです! 迫力満点です!



『今すぐ魔力の注入を止めよ! 何を考えとるのだ貴様っ』


「ご、ごめんなさぁい~!」



 言われた通りにやめました。やめましたけど……これ、多分遅いですよね……めっちゃ脈動してますし。

 到着したゴンさんと私が地面に視線を向けますと……ピョコンっとコミカルな感じに、可愛らしい双葉が顔を出しました。

 こうしてみると、何の木とか関係なしに親心を感じてしまいますねぇ。



『遅かったか……このうつけ! 何故貴様はそう思慮が足らんのだ!』


「あわわ……い、いえ、木を作れるくらい魔力高まってるんだな~って思ったらその、テンション上がっちゃいまして?」


『本当にうつけな理由よな! えぇい、成長はもう止められん。く離れよ!』



 ゴンさんは、私の首根っこを爪でつまみ、背中に乗せて芽から離れていきます。

 うぅん、そんな場合ではないにしろ、この……はふ、モフモフとした感触がたまりません……!

 頑丈なのに柔らかい毛なんて、ずるくないですか?



『……う、ぬ……ちんくしゃ……貴様、まっこと……』


「ん~、もうちょっとだけ……」


『何をしておるか! あれを見ろあれを!』


「んむ?」



 せっかくモフモフを堪能しておりましたが、ゴンさんに指摘されてしまってはしょうがありません。

 成長しているであろう木を、ちらりと見てみます。



「……はい?」



 そこには、この森に生えているどの樹よりも高く大きく成長している、巨木が存在しておりました。

 成長過程で、先程見えた倒木なんかもまるまる飲み込んでいっているのがわかります。しかし、泉の水には干渉しないようになっているのか、根で泉を包むように今なお成長を続けている姿を見て、私の思考は停止してしまっていました。



『……世界樹の一歩手前ではないか……貴様、どれほど魔力を注いだのだ』


「えっと……割と全力で?」


『今日から魔力を扱う訓練を倍にするから覚悟しておくがいい』


「ひぃっ」



 唖然としながら見守るしかない私達の会話なんかお構いなしに、世界樹……じゃないらしいですので、世間樹せけんじゅとでもしておきましょう。世間樹は、成長を続けています。

 そして……時間にして十分くらいでしょうか? 成長が終わったころには、見事な一本の大樹が出来上がっていたのです。



「大きいですねぇ、世間樹」


『なんだその名称は……あぁ、こんな神木を作りよって』


「ん~、でも、住心地は良さそうですよ?」



 この中ならすごく快適に過ごせそうですし、内包された魔力も相当なものです。

 これだけ大きかったら空気も凄く綺麗にできそうですし、私の魔力で育ったので他の植物から養分を奪ってる訳でもなさそうです。

 そしてなにより、水場が近いというのは素晴らしいですね! 私のお茶作りがより効率化しますよ!



「うんうん、考えれば考える程いい物件になったじゃないですか! つまりこれは成功ですよっ、私だってやる時はやるんです!」


『……ちんくしゃ……』


「ふふん、どうですかゴンさん!」



 予期せずして最良の結果を出してしまう。そんな私を褒めてくれてもいいんですよ?

 そんな気持ちを視線に乗せて、ゴンさんを見つめてみますが……おや。この感じは、なんかダメっぽいですね?

 プルプルしてます、ゴンさん。



「……さ、さて、では私、世間樹の中を確認してきますので~……」


『まぁ待て、我の評価が欲しいのだろう。聞いてゆけ』


「あぁぁぁぁ!?」



 頭が変形しそうな程に痛いぃぃぃぃぃ!?



『周囲各国の影響を考えんか! このうつけがぁぁぁああ!!』


「ひぇぇぇぇ!? ごめんなさいぃぃぃぃいい!?」



 ……結局この日、私はゴンさんのお説教により心身消耗。世間樹の中でただただ泥のように眠ったのでありました。

 そして、この世間樹が原因でとあるトラブルが舞い込んでくるのですが……それはもう少し後のお話。


 あ、世間樹の中はとっても居心地良かったです!

 

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