第4話「いざ進めやティーポット」

 

「え、えぁっと……」



 どうしましょう、どうしましょう。

 お茶の作り方自体は、心和の知識でわかってはいます。

 作りたいのは山々ですし、味わいたいのは本心です。しかし、私にはまだ何もかも足りていないのです。

 経験、道具、茶葉。

 ……いえ、茶葉に関してはなんとかなるのかな? しかし、この一杯でゴンさん残留が決まるかと思うと、ぶっつけ本番で試したくはなかったです……。



「えぁっと、その、作りたいのは山々なんですが、その……私、お茶を淹れる道具はまだ持ってなくて……」


『心配いらぬ』



 そう言って、ゴンさんは奥に引っ込んでいきます。

 3年休まないといけないって言ってましたけど、普通に動けてるあたり、霊獣って凄いんだなぁと再認識。

 けど、一体どこへ行くのでしょう?



「あ、あの、ついて行っても? なんか寂しくて」


『はぁ……構わぬ』


「あ、ありがとうございますっ」



 洞窟の奥に進んでいけば、光源がじわじわと薄くなっていくのがわかります。

 所々にヒカリゴケが生えておりますので、普通に視界の確保はできますね。

 それでなくとも、私は妖精です。暗い所だって最低限の視界は保てますですよっ。



『我がこの森に住んで、もう100年になる……この森の外にも中にも人里はあるでな。時には人間が紛れ込む事もあったのだ』


「はぁ、そうなんですか……」



 ゴンさんが足を止めたのは、洞窟内の大きめのくぼみ。

 そこには、乱雑に放っておかれた様々な道具がありました。

 中にはお金が溢れてる袋とか、カッコいい槍とかも見えます。

 明らかに、人間が使っていたものでしょう。



「え~と、これは一体?」


『なに、愚かにもこの森を根城にしようという山賊共も、当初は後を絶たなくてな。乱痴気騒ぎを起こす度に我が出向き、八つ裂きにしておったのよ。今ではとんと見ぬが……まぁ、これはその時の名残よな。我が使う訳でもなし、こうして放っておいたのだ』



 なにげにあっさりと恐ろしい事を宣いつつ、ゴンさんはお宝の中を鼻先で漁っています。

 うぅん……つまりこれ、盗品の盗品ってことなんですね……。



『ほうれ、あったぞ。これならば問題なく扱えよう?』



 なんとも言えない心地の私を捨て置いて、ゴンさんが取り出したのは……1つの木箱。

 丁寧な作りとシンプルな飾りで彩られた、いかにも貴族様御用達えらいひとようといえる見た目をしていました。



「……開けても?」


『我が開けても良いが?』


「いえいえ! 私がやりますよ!?」



 あの爪でこの箱に手をかけようものなら、きっと製作者さんが泡吹いて倒れそうなくらいにショッキングな映像になると思われます!

 それは流石に捨て置けません。私はその箱を受取り、おそるおそる蓋を開けるのでした。



「……ほわぁ」



 そこにあったのは、実に美麗な茶器でした。

 底の丸みから頂点まで、まるで反り立つ樹木のように生命力を感じさせるティーポット。

 豪奢な飾りや色はなく……白で統一され、あくまで陶器としての美しさに念頭を置いているであろうカップの数々。そのカップの白を引き立たせるかのように、あえて僅かなポイントのみを彩色されたソーサー。

 うん、そのほかの砂糖入れやミルクポットも凄く綺麗です。



『ほれ、金属製のヤカンもあるぞ。これならば茶の1つも淹れれるであろう?』



 おぉぉぉ……ヤカンまで!

 この世界、舐めていました……!



「た、確かにこれなら、できそうです……!」


『うむ、その茶器は我には小さい故、我は自前の湯呑を作っておこう。それまでに準備を済ませておけ、ちんくしゃ』


「え、えと……でも私、火属性の魔法は使えなくてですね?」



 言うが早いか、「ボッ」という音と共に、私の右隣の窪みに火が灯りました。

 ユラユラと揺れる、青白い炎です。



『我の魔力から発せられた火は、むこう百年燃え続けるぞ。お前が魔力を流せば火加減も調節できるようにしておいた。……これならば文句はあるまい?』


「お、おぅふ……」



 揃ってしまった……。

 いよいよ、ぶっつけ本番で作るしかない。私の、初めてのお茶。

 うまく出来るのでしょうか。落胆させるような結果に終わるのでは?

 そう考えるだけで、胃の辺りがキュキュっと縮む感覚がします。


 ……いえ、いえいえ。弱気はいけませんよ心和。

 これは逆に好機です。こんなにも早くお茶を飲める機会に恵まれた事を、喜ばなくてなんとしますか!

 私だってお茶は飲みたかったのです。私の中の心和が、早く早くと駆り立てるのです!



「わかりました……光中心和、一世一代の大一番を見せて差し上げましょう!」



 こうして、私の初めてのお茶作りが幕を開けたのでございます。





    ◆  ◆  ◆





「これでよし、と」



 そして、現在。

 私の目の前には、火にかけられたヤカンが鎮座しています。

 この洞窟は、あの時私が見つけた泉の近くにあった場所でした。

 そこのお水を拝借しまして、現在コトコトとお湯を沸かしているところです。



「お湯はまぁ、これでいいとして……お次は、茶葉ですよねぇ」



 茶葉がなくては、お茶はできない。根本ですね。

 ですが、そこはそれ、私ならばどうにか出来るはずです……まだ試したことないのが不安ですけど。

 まぁ、女は度胸と愛嬌です! なんでも試して見るものさ!



「よーし、いきますよぉ!」



 後に退けなくなった私は、なるようになれの精神で机上の空論を実行に移します。

 まずは、心和の知識・・・・・から紅茶の情報をニュニュっと検索。やはり、こういうティーセットがあるなら紅茶ですよねぇ。


「ふむふむ、チャノキ、アッサム、ダージリン……いっぱいありますねぇ」


 それぞれ渋みや香りが違うとのことですが……ふむ。素直に有名どころのダージリンを再現してみましょう。

 心和が知っている、茶葉になる前の葉っぱ・・・・・・・・・・……その見た目から、種類を把握、特定。

 草木の権化たるドライアドの私なら、知ってさえいればその程度は容易いです。



「よし……いきます!」



 葉っぱのインストールは完了しました。後は、全身に魔力をみなぎらせて、その魔力を一気に髪に集中!

 ポンッ。ぽんっ、ポポポポポポポポポポっ!

 そんなコミカルな擬音を奏でつつ、私の頭には想像通りの葉っぱが見事に生え茂っていきます。



「よしよし、成功ですね!」



 私の髪はそのまま植物ですからね。意識さえすれば、このように違う草だって生やせます。

 元々ドライアドの仕事は、草木のない場所や穢れた空間に植物を芽吹かせ、その場を浄化するというものなのです。それを応用すれば、これこの通り!



「あとは……さぁ、皆で茶葉に変身しますよ~!」



 私の魔力から生まれた茶葉。それすなわち私の手足。

 彼らを意のままに操作するのは、それこそ指を使って折り紙をするがごとく自然な動作です。

 少し意識すれば、茶葉たちは私の髪からプツプツと離れ、宙に浮き上がります。



「よしよし……では、萎凋いちょう開始!」



 萎凋とは、茶葉を風通しのいい所で放置して、中の水分を飛ばす工程です。

 とはいえ最低でも18時間は放置しないといけなくて……それは流石にゴンさんが待ってはくれないでしょう。

 なので少しズルですが、葉っぱ達を操作して、萎凋済みの状態にまで持っていく事にします。

 けして枯れさせないように、慎重に……意外と根気のいる作業です。



「ふう……そろそろ良いかな。次は、よ~く揉んで発酵を促します!」



 軽くなった茶葉達は、空中で踊るようにお互いをこすり合わせ始めます。

 これは揉捻じゅうねんと言って、細胞をクッチャクチャにすることで最終的に茶葉になるための様々な条件を満たすのです! カテキンとか酵素とかいまいちよくわかんないです。

 本当なら、解してからのもっかい揉捻~とかあるんですけど、私スタイルならまんべんなく揉みほぐせるのでその工程は必要ないですね~。



「ささ、休む暇はないですよ~。お次は酸化発酵です!」



 ここが肝心! 茶葉を一定の気温と湿度の環境にいる状態に固定して、発酵させていきます。

 少しでも操作をミスったら、今までの工程が台無しです……発酵も本来ならば2時間はかかるそうですが、そこんとこもちょちょいと操作していきましょう。

 茶葉が、褐色に変化していきます……うんうん、いい感じですね。



「……あとは、乾燥……」



 一定まで発酵を無理やり行わせ、茶葉はもう原型がありません。

 後はこれを加熱して発酵を止め、水分を抜ききれば、完成……まぁ、加熱なんかせずに、成分を閉じ込めたまま水分を抜けば問題はないですね?

 チュチュっと……おぉ、この水分も何かに使えないでしょうか? 香り付けとか……うん、何かに封じて取っておきましょう。



「これで……完成~!」



 何ということでしょう!

 知識で見れば、芽吹きから加工までドン引きするくらいの時間を要するはずの紅茶作りが、なんとお湯を沸かすまでの間に完成いたしましたー!



「うぇへへへ……これが、人間の知識とドライアドの能力の融合……! 自分が恐ろしくなりますねぇ」



 あとは、この茶葉がゴンさんを唸らせる程の一品であるかどうか……!

 さぁ、いざゆかん熊との最終決戦!

 

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