第四章「ドライアドさんと黒い水」

第40話「恵みの雨」

 

 曇天。

 常日頃ならば、さんさんと照りつける陽光が植物たちを育んでいる日常が見られた時間帯。

 しかし、今は太陽とは別の恵みが植物たちにもたらされんとしていました。


 天空から飛来するは、一滴の水。それは的確に一枚の葉の上に落下し、直撃します。

 ポツン、という音をたて、一瞬だけ沈む若い枝葉。しかし一瞬後には、まるで快楽と喜楽に喘ぐ生娘のように背を反らし、元の形へと戻っていきました。


 それを皮切りに、周囲からは数多の音が響きます。

 最初はゆっくり……徐々に激しく。まるでオーケストラの序曲のよう。

 指揮棒を握るは大いなる雨雲。楽器は、私達。

 そして、演奏者の名こそが……雨。


 そう、ついにこの季節がやってきたのです。

 日本で言えば、梅雨。この世界で言えば、恵みの季節。

 植物的に、大満足のタイムセールと言ったところでしょうか? ……いえ、たま~に水分とりすぎでやられる子いますし、どっちかって言ったらわんこそば大食い大会って言ったほうが的確かもしれません。



「雨~! 雨ですよっ、あ~め~!」


『わかっておるわ……はぁ、憂鬱な日々が続くな』


「守護者様は体毛をケアしないといけませんからねぇ」



 現在私達は、縁側のある広間に集合していました。

 ゴンさんとノーデさんは、机の前にてお茶の準備。私ははしたなくも、縁側に座って足をパタパタしてます。



『ふむ、この家を建てたのはやはり正解よな。湿気が籠もりすぎていた洞窟の頃は、毛が重たくてかなわんかったが……今はそうでもない』


「湿度が入りやすくはあれど、同時に逃げやすい造りのようですからね。我々の活動可能な一定水準まで抑えてくれるのは、大変助かります」



 雨脚は一瞬大きくなっていましたが、しばらくすればその勢いは抑えられ、シトシトとした小さな雨音に変わっていきます。

 最初の方は、よほどため込んでたんですねぇ。ですがこの様子だと、すぐには止みそうにありません。



「よっと……ノーデさん、今日のお茶菓子はなんですか?」


「はい、今日は管理様の紅茶を使っておりますので、スコーンを準備してみました。トッピングはピットのチーズをクリームにしたものと、森で採れたビッグチェリーのジャムです」


「おぉぉ~!」



 私は縁側からふわりと浮き上がり、ゴンさん達のいる長机まで飛んでいきます。

 この紅茶は、私が芽吹かせた葉です。ですが、私がそのまま魔力で加工せずに通常通りの工程で茶葉まで仕上げたものでした。


 つまり、多少なりとも深みの増した紅茶だということです。その分内包魔力が落ちてて回復量は減ってるらしいんですけど、そんなものは味の前には些細なモノなのです。

 そしてそこに、ノーデさん特製のスコーンがつけばあら不思議! 畳張りの居間に、見事なお茶会空間ができあがりです!



『うむ、いただこうか』


「はい、是非ともお召し上がりいただきたく」


「食べます食べます~。飲みます飲みます~!」



 今日はとことんのんびりしちゃいますよ~。3人で仲良くお茶会三昧なのです。

 早速、ノーデさんが淹れてくれた熱々の紅茶を一口。

 んん……私はまだこの紅茶しか飲んだことがないので、比べられるのは最初に飲んだ頃のものだけですが……風味が増したような気がしますね。


 ですが、ヤテン茶と比べてしまうとやはり深みが足りません。

 やっぱり、紅茶の苗木も今のうちに作っとこうかしら……そう思ってしまいますね。

 それはそれとして、今度はスコーンを一口。

 塗ったのはクリームチーズです。ピット国で育ててる家畜から採れた、ミルクで作った新鮮なチーズですから、当然のように極上です!


 出来立てスコーンのサクフワっとした食感に、濃厚なチーズの風味と甘みが絡んで……んん~、デリシャス!

 そこへすかさず紅茶を一啜り……うぅぅん、マイルド!



『チビ助、また腕を上げたな。美味であるぞ』


「ホントですね~、お菓子作りではノーデさんが一番ですよ~」


「恐縮にございます。しかし、管理者様の仰っていたタルト・・・は、生地を作るのが大変難しく未だ成功いたしません」


 あ~、何か言いましたね。お茶会で食べるお菓子の話。

 こういう、紅茶を用いたお茶会で食べるお菓子にはいろんな種類があって、ケーキやスコーン、タルトやアイスなどがあったって教えましたっけ。


『貴様が恥じる事はないぞチビ助。そも、こやつが作り方を覚えておれば苦労はなかったのだ』


「む~、覚えてないのは仕方ないじゃないですか~」


 心和はお菓子の種類は知っていても、作り方なんぞ知りませんもの。

 あ~、まぁ手作り煎餅せんべいとかなら作ったことあるみたいですけど、砂糖や小麦粉の量計って、オーブンで焼いて~とか、心和はしていませんでした。


 タルトもなんか漠然としてて、果物とかクリーム乗っけた食える皿という認識でした。

 美味しいってのは知ってる分、何故そこにお茶と同じ情熱を向けなかったのかと大変な憤りを覚えてしまいますとも!



『まったく、貴様は本当に、茶以外はポンコツよなぁ』


「私が、というより心和が、ですよ! ドライアドである私は、少なくとも自然を活かす術をオベロン様の元でしっかり勉強していたんですからっ」


『今は貴様がその心和なのであろう? 己と魂を別離で考えるではない』


「ふふ、そうですよ管理者様。私も、貴女様の全て敬愛しているのですから」



 む、むむむ。

 やだ、照れちゃいますねぇ。確かに、私は心和であるという認識が既に私の中で根付いているぶん、こうやって都合のいい時だけ心和のせいにしてしまうのはズルい気がします。

 ……うん、少し反省ですね。



「ん~、ありがとうございます。ちょっとズルかったですね私」


『うむ、チビ助を見習うのだな。今のこやつはいつ嫁に出しても良いくらいの逸材であるからな』


「……はい?」


「ですよねぇ。ノーデさん程の女子力、今時中々お目にかかれませんよ~」


「あの、お二方?」



 私とゴンさんは、スコーンを口に放り込みながらうんうんと頷きます。

 このジャムうんまっ! ビッグベリーは日本で言えば5月頃が旬の果物ですけど、ジャムとしてしっかり保存してあったんですねぇ。程よい甘さとベリーの独特な酸味が絡み合い、透き通るような味わいです。

 これはスコーンにめちゃくちゃ合いますねぇっ。



『そも、こやつは己を過小評価しすぎなのだ。炊事洗濯掃除に至るまで、我が認める程にこやつは万能である。きっと良い嫁になるであろう』


「私、ノーデさんがお嫁に行くってなったら泣いちゃう自信ありますよ~」


『ふん、そも我が認めた者にしかこやつをやる気はないがな』


「やだも~、それってノーデさん一生独身じゃないですか~」


「あのあの! ちょっとよろしいでしょうか?」


「『ん?』」



 私たちの会話に、手をパタパタ振りながら乱入してくるノーデさん。めっちゃ可愛い。



「あの、そのですね……」


「『うん』」


「私、男、ですよ?」


「知ってますよ?」


『何を今更』


「あ、良かった。そこは認識してくれてたんですね」



 当たり前ですよ。ノーデさんは絶対モテると道行く人100人が絶賛すること請け合いなイケメンですよ?

 自分から男~だなんて、ゴンさんじゃないですけど今更です。



「ズズ……でも、ノーデさんが結婚するとしたら、どんな衣装が似合いますかねぇ?」


『むぐ……そうだな、東の大陸では、白無垢という文化があると聞くぞ』


「あ、この世界にもあるんですね? 白無垢か~、確かに似合いそうだな~」


「……え、それは男の衣装、なのですよね?」


「でも、やっぱり基本にして王道なら、ウェディングドレスでしょ~」


「ドレスって言った! 今ドレスって言いましたよ!?」



 何を今更。

 ノーデさんはイケメンなので、ドレスが似合うに決まっているでしょうに。



『うむ、ドレスならば純白よりも、やや黄色がかった方がこやつらしい』


「流石ゴンさん! ご慧眼です!」


「あの! 私男だから、ドレスは着ないんですっ! 管理者様? 守護者様!?」



 うぅん、なんだかテンション上がってきましたよ~!

 決めた! 私、ノーデさんのドレス作る!



「そうと決まれば、布の準備しないと! ご馳走様でした~」


「待ってくださいココナ様! その布で何をするおつもりですか? 管理者様ー!?」



 その後。

 採寸しようとしたらノーデさんに本気で泣かれて、この計画は残念ながらおじゃんになってしまいました。

 本当に、本当に残念です。

 だから、最期に一言。


 ノーデさんの腰、めっちゃ細かったです(悦)

 



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