第39話「大陸のお騒がせ商人」
空気に湿り気が混ざってきたものの、お天道様は下々を照らしてくれる。そんな実に心地の良い天気。
日光と水分を同時に摂取できる、植物にとってのビュッフェタイムみたいなこの貴重な日に、私は森の中をふよふよと浮いていました。
今日も今日とて、管理者家業に余念はありません。
現在は、ゴンさんがかつて大量発生したコカトリスを仕留めたという区画を診断中です。
場所にして、東南ですかね。ピット国の隣くらいの方向でしょうか? 結構群生していたらしく、幅広く摘んでいったらしいんですよね。
何度か診察には来ていますけど、やはり毒などに草木はやられていない様子。ゴンさんの素早い対応のおかげで森が守られたと言っていいでしょう。
元々こっち側のエリアには、毒草が多いってのも理由の一つかもしれませんね。
それにしても、コカトリスの大量発生って、本当に人間の死がどこかの世界で溢れたから起こった事なのでしょうか?
その割には、この大陸、バウムの森に被害が集中しているような気がするんですがねぇ。
……ま、あまり考えてても仕方ありませんかね?
今は森に被害がない。その事を喜ばしく思っておきましょう。
そんな事より、草木の健康診断のが何倍も大切です。そして、帰ってから苗木の成長を延々眺めてニヨニヨして過ごすのです。
ちなみに、デノンさんが送ってくれた農具のおかげで、今ゴンさん洞窟の前には立派な畑が出来上がっています。規模は小さいですけどね。
植えてるお野菜は、ごぼうです!
はい、あの根菜のごぼうですね。煮込んだりすると美味しいやつです。
なんでごぼうか、ですって? ははぁん、さてはごぼう茶を飲んだことがありませんね?
ごぼうをお茶にしたら、それはもう美味しいお茶になるんですよ! まるで自然をまるごと飲んでいるかのような、香ばしい大人の味がするんだそうです。
心和の知識で知ってから、このごぼう茶もまた飲んでみたリストに乗っていたんですよね~。
これから芽吹くであろうごぼうに楽しみを覚えつつ、私は笑いながら仕事をこなしていきます。
虫や獣の侵略に会い、死にかけた植物に生命力を与えたり。
既に枯れている樹を養分に変え、土壌を改善したり。やることはたくさんです。
「失礼、管理者様。少々お時間よろしいでしょうか?」
ふと、護衛についてきてくれていたノーデさんが私に声をかけてきます。
畑を耕すノウハウを教えてくれた時にも思いましたが、この小さな体にどんだけの体力を内包してるんでしょうねこの人。今日も朝からゴンさんの御世話した後、畑の管理して、私の護衛ですよ?
今度強制的に休ませないとですねぇ。
「はい、どうしましたか?」
「はっ、実は我が王から今しがた、通信が入ってございます!」
「デノンさんから、ですか?」
ノーデさんが持っているのは、一握りの丸い宝石です。
これは通信石と言いまして、対になっている石同士で声を送り合う事ができる優れものなのです。
デノンさんがノーデさんを私たちの元へ派遣するって言ってた時、連絡はすぐ出来るようにするって言ってたじゃないですか。その時持たせてたのがこれだった訳ですね。
「はい。管理者様が近くにいると言ったら、是非代わって欲しいと」
「やぁん、そんなラブコールなんて照れますよぉ」
「はっはっは! ご冗談を、はっはっは!」
え、なんでそんな全力で笑ってるんです?
乳臭ぇガキが恋愛語るなってことですかね!?
そんなっ、確かにゴンさんとかノーデさんに軽く欲情できるアレな素質は自覚していますが、この気持ちに偽りはないというのに!
「まま、とりあえずどうぞ」
「あ、はい」
脳内で肥大化する妄想に終止符を打たれた私は、素直に通信石を受け取りました。
宝石の中では魔力が渦巻いており、とっても幻想的な雰囲気です。
「もしもし~、お電話変わりました心和です~」
『でん? ……はぁ、相変わらずよくわからんなお前さんは』
おぉ、久しぶりにデノンさんの声聞いたような気がしますね~。
「どうしました? 私にご用事なんて珍しい~」
『あ~……いや、な。ちと報告というか、忠告というか』
「忠告?」
『あぁ……』
なにやらバツの悪そうなデノンさん。生粋のツッコミ気質である彼がここまで歯切れが悪いのは珍しいことです。
いったい、何があったんでしょう?
『実はな、もしかしたらそっちに、もうすぐ商人がくるかもしれねぇんだ』
「へぇ~、商人さんがですか? こんな森の奥に?」
『あぁ、奴なら間違いなく出向いてくると思う。ちょいとばかし厄介な奴なんで、先にあんたや守護者様に話を通しとこうと思ったのさ』
「ん~、詳しく伺っても?」
『わかった。そいつの名前は、グラハムって言ってな?』
それから、デノンさんの説明が結構長かったので、以下にまとめます。
グラハムさんは、
ヒュリンの見た目は、生前の心和と非常に似通っており、突出した強みがない代わりに万能性を持っている種なんだとか。
その性質は、保守的だがやる時はやる勇者気質。
そしてなにより、己の利が大好きすぎるんだそうです。だから、ヒュリンが商人となって各地を旅するのはけして珍しくないんだとか。
こういった商人の方々には、
何か隠していないかと、やんわりじっくり問題にならないギリギリの所まで根掘り葉掘りされそうでしたが、デノンさんは全てはぐらかしたらしいんですよね~。
『しかし、申し訳ねぇんだが……交渉事はあちらさんの方が上手でなぁ。俺は
「ん~、つまり、逆に怪しまれちゃったって感じですか?」
『そうだ』
明らかに何か隠している。そして、それはヤテン関連。
そこに気付いたというグラハムさんが色々嗅ぎまわり、私の存在にたどり着いた~と。
『ガキの一人に菓子を与えて、森のデカい樹に住む妖精の話を聞きだしたってわけだ……すまん。俺の不手際だ』
「別に気にしませんよ~? 商人さんが来るというのなら、快くお出迎えするのです」
『あのなぁ……あんたの魔力茶が、よりにもよってヒュリンに知られたら大変な事になるぞ?』
ん~、そんなもんなんですかね?
ここだけはみんなに言われても実感わきませんねぇ。
『とにかく、グラハムは商人だがかなりのやり手だ。時間はかかるだろうが、必ずそこにたどり着くだろう。……奴が来るまでの間に、守護者様にも相談してはぐらかし方を考えといたほうが良いぜ?』
「ん、わかりました~。とりあえずゴンさんに聞いてみますね?」
『それが良い。いいか、絶対にアンタの独断で行動はするなよ? 絶対にだからな!』
「振りかな?」
『ノーデを返してもらうぞ?』
「絶対に相談します!!」
よろしい、そう言って通信は切れました。
向こうも忙しいのはわかりますが、少し仕事以外のお話もしたかったですねぇ。
「ん~、しかし、商人さんですかぁ」
「ふむ……グラハム殿でしたら、少々身の振り方を考えねばなりませんな」
私たちは、思わず空を見上げました。
季節は6月に入ろうかというのに……未だ、雨は降ってくれません。
なんでしょうねぇ。ややこしそうなのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます