第41話「梅雨の管理者」
シトシトと、雨が降りける、昼間かな。
おおよそ十代の精神構造とは思えぬ一句を口ずさみつつ、私は森の中を進んでいきます。
もちろん、周囲はしとしと雨が降っておりますとも。とても心地の良い時間を堪能させていただいております。
しかし、全ての植物がそういうわけではないのが現状です。梅雨は恵みの季節と呼ばれていますが、同時に水分の過剰摂取に弱い植物がイヤンな感じに残機を減らしちゃう時期でもあるのです。
根腐れは本当に辛いんですよねぇ……私も妖精界時代に、体の端っこを少し根腐れさせた事があるんですよ。
ん? 元は光の玉みたいだったのにどこを根腐れさせるのかって? やだもうエッチ!
そんな質問には答えずに、根腐れに戻しますけど~、あれです。足の親指が全力で巻爪した時の痛みに近いんです。
治療してもらうまで、かなりの時間を寝込んだ覚えがありますよ~。妖精でこれなんですから、通常の植物には死活問題でしょう。
そんな根腐れの怖さを知ってるからこそ、梅雨場の私は
でも、ゴンさんからは雨の中歩きたくないって、同行を断られたんですよねぇ……。ノーデさんは来る気満々でしたけど、あんまり雨の中歩いて体調崩されたらあれですし、今回はお断りいたしました。
なので今現在、私は一人の状態で森の中を進んでいるのです。
べ、別に怖くないですよ? ココ最近は行ける範囲も増えてきたので、問題ナッシングなのです。ただ、お話相手がいないから寂しいってだけなんだからねっ!
嘘ですごめんなさい。
なので、今回はちょっと遠出しつつ、すぐに帰れるように拠点を作っちゃいましょう。
まず、根腐れを起こしやすそうな植物が群生してそうな区画をピックアップ~……ふむ。菊とかの根だけが埋まってる場所があるみたいですね。
まだ旬じゃないから見えませんが、こうして根は休眠してたりするんですよ。ですから、これらが梅雨中にやられ難くしつつ、拠点をこさえていきましょう。
「さてと、ではではこちらを取り出しまして~」
手に魔力を込めまして、作り出したるは一粒の種。これを、雨で濡れた地面の上にポトンと落とします。
そして、その種に魔力を込めていきますと……きましたきました。ぐんぐん成長していきます!
この光景、まるで世間樹の二の舞のように感じるでしょうが、そうではありません。ゴンさんとの度重なる訓練と、ピット国での経験が、私に魔力のコントロールを上達させる糧となっていたのですよ。
つまるところ、あれです。私ったらなんのかんの言って、普通の樹も生やせちゃうって事なのですよ!
まぁゴンさんと家建てた時も普通に生やしてましたからね? 今更な感じしますが~、今回はただの樹ではなく、世間樹と繋がるゲートの形成ですから。魔力を結構込めないといけないんです。
その上全力出したら駄目だから面倒くさい……けど、おかげで立派な樹が立ちましたとも。
この樹も、行ってしまえばえっちゃんとこのご神木と似たようなものなので、そのままご
いわば、ご近樹っていう名前の樹は、世間樹と繋がりがある樹って事ですね~。
これなら、私は道中危険なくここまで来ることができますし、何かあったら即座に逃げ込む事が可能です。
ふふん、自身の才能が怖いですね~。いずれ森の中の全ての区画をご近樹で行き来できるようにしてやりますとも。
「さぁ、それでは根っこが弱い人達は教えてくださ~い! 一人ずつ診療していきますよ~」
あとは、この心地よい雨を堪能しつつ、植物の声に耳を傾けるだけでOKです。
雨怖い~って子には余分に魔力を上げて、根腐れしないようにするだけですしねっ。
むしろ他の子達は雨でイキイキしてますので、診察自体はすぐに終わってしまうでしょうね~。
「……んぅ?」
ふと、私は作業を止めて首を傾げます。
どこからか、視線を感じたのです。こんな森の中で。
はて、森の生き物の視線を感じることは多々ありますが、この雨の中となると珍しいですね。
イノシシとかと鉢合わせたら嫌だなぁ……。
「ん~、ご近樹は近いですけど……でも、もう少し診療したいですし~」
あとちょっとだけ、いよっかな?
また視線感じたら逃げよっと。
なんか違和感を感じながらもそう思い、私は診察を再開したのでありました。
◆ ◆ ◆
「…………」
おかしいです。
何がおかしいって、足元です。
私が浮いている場所の、すぐ下。そこに、あり得ない物が落ちていました。
お茶です。それも、水が染みないように皮で加工された入れ物に入っている茶葉があったのです。
なぜ中がわかるのかですって? そんなの、袋にお茶と書かれているからに決まっています。
「何故こんな所に茶葉が……?」
思わず考え込んでしまいますが……はて、今重要な事とはなんでしょうか?
大事な事。それはズバリ、このままだとお茶がダメになってしまうという事です。
いくら革細工の中に入っているとはいえ、こんな雨ざらしの中で放置していれば、湿気で茶葉は駄目になってしまいます。
そんな事が許せますか?
答えは断じて否! です。
美味しいお茶をダメにしてしまうなんて、私の辞書にはありません。
きっと、残念ながら誰かの落とし物なのでしょう。ですが、こんな雨の時期に落としてしまったならば、通常中身は諦める以外に道はないかと存じます。
ならば、そんな朽ちるしかない者に手を差し伸べることも、管理者の務めなのでは? うん、きっとそうに決まっています。
だって、この茶葉が助けを求めているんですもの。「助けて! 僕を飲んで!」って言ってるんです!
そう、だからこれは、必要なことなのです。
「うぇへへ……どんなお茶なんでしょうねぇ~」
私は革袋を持ち上げ、これ以上濡れないように生やした草で包みます。
もしも毒物とかならすぐにわかりますし、有害なものでないのは確かです。
うんうん、これ常日頃から良い行いをしている、私へのご褒美に違いありません!
「うぇへ~、お~ちゃ、お~ちゃっ」
私はルンルン気分で診察を終わらせ、ご近樹へ向かいます。
早速帰って、このお茶の詳細を調べなければ! 屋根のある所でしっかりDNAチェックですよ~。んふふふふっ。
……この時私は、感じた視線の事なんて、すっかり忘れておりました。
まさか、これが巧妙な罠だったなんて……この心和の慧眼をもってしても、見抜けなかったのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます