ドライアドさんのお茶ポーション

べべ

第一章「ドライアドさんと大きな熊さん」

第1話「ドライアドさん、爆誕」

 

 

 ほぎゃああぁぁぁ!?


 激しい頭痛に見舞われ、私は頭を押さえます。

 はて、私には手も頭も無かったはずですが? まぁそれは今どうでもいい!


 問題はこの激痛です!!


 まるで、麦茶パック入りのヤカンをコンロにかけて、グラグラと沸騰させているかのような! コーヒーミルで豆を挽いているかのような!

 それらを自分の頭で再現したかのような! そんな激痛!


 は、はて、ヤカン? コンロ? コーヒーミル? なんでしょうそれは!?



「……かり……しっかり……」



 おわばばばば、頭の中が塗りつぶされるぅ! 私が私じゃなくなって……



「自分をしっかり持つんだよ!ドライアドくん!!」


「ハッ!?」



 威厳満ち溢れる渋メン☆ボイスが聞こえた瞬間、私の頭痛は一気に引いていきました。

 視界が一気に広がって、自分のいる場所をしっかりと認識できるようになります。


 そこは、幻想の空間と言って差し支えない所でした。


 澄み切った空気、青々と茂る植物の壁。それを彩る美しい花々。

 見ている者の心を癒やすかのような、広大なドーム状の空間。


 瞳だけ動かして周囲を見渡せば、いくつも浮かぶ人間大の水晶が光を反射しています。

 それらは時折、様々な地域、世界の文字をその身に映し出しながらフヨフヨと移動し、水晶と水晶がぶつかり合う。その度に、「コォーン、キィーン」と、けして耳障りではない美しい音色を響かせていました。


 そうだ……ここは【妖精界】。

 そして、最高権力者のおわす場所。



「……オベロン、様……」


「ようやく落ち着いたね? ふぅ、オベロン年甲斐もなく焦っちゃったよ」



 私の眼の前には……ヒゲがいました。

 し、失礼。今のは語弊がありまして。けして悪口ではなく、立派すぎるおヒゲのお祖父様がいたのですね。


 ひと目で高貴とわかる服装。腹部の当たりまで伸びた、艷やかな白いヒゲ。

 そしてなにより、背中から生えた蝶の羽。

 妖精である者ならば誰しもが尊敬する、この世界のNo.2。その名をオベロン様と言いました。



「さて、ドライアドくん。君は自分の置かれた現状を理解できているかな?」


「えぁっと……すみません、今、頭の中があやふやで……」


「ふぅむ……」



 先程の激痛。一体何だったというのでしょう?

 目を閉じ、首を傾げて考え込んで……おやぁ、違和感?

 そもそも私、さっきからそうでしたけど……目とか首とか、そういうの無かったはずなんですよねぇ?



「ではドライアドくん。君の名前・・を教えてくれないかい?」


「へぁ? あぁはい。光中みつなか心和ここなです……って、あれぇ?」


「……ふぅむ、そこまで定着してしまってるかぁ」



 自然と口をついて出た、名前。

 そしてますます強まる違和感。


 私は、オベロン様の呼んでいた通り、ただのドライアド。草木の妖精だったはず!

 そう、体など持ち合わせない、光の塊のような……!



「ま、見てみた方が早いよね。これ、どうぞ?」



 混乱する私の眼の前に、薄い膜のような物が出現します。

 それは、オベロン様が作り出した、水の姿見でした。



「……な……」



 そこにいたのは、まるでオベロン様のように、人間の姿をした存在でした。


 丸く大きな目。やや低めの鼻。

 薄めの唇は驚きでポカンと開かれています。

 全身は浅い黄緑の肌で、髪となるべきパーツは深い緑の草で形成されていました。


 これが……私ですと!?



「な……なんじゃこりゃぁぁぁあああ!?」



 私は大きく悲鳴を上げ、オベロン様はやれやれとため息をつく。

 こうして、私ことドライアドは、なんかよくわからない存在になってしまったのでした。




    ◆  ◆  ◆




「ん~、たまにいるんだよねぇ。死者の魂・・・・と融合してしまう妖精が。300年ぶりかな?」



 場所を同じくして、オベロン様の神殿にて。

 ひとしきりパニくった私を落ち着かせてくれたオベロン様は、浮いている水晶を一つ呼び寄せてその中を覗いていた。



「死者の魂、ですか」


「そそ。これこれ、ミツナカ ココナ。つい先日、不慮の事故で亡くなった女性だよ」



 オベロン様が水晶を見せてくれました。

 そこに映っているのは……間違いなく、先程姿見で確認した私の姿だった。

 いや、肌の色も髪の色も違うんですが!



「君も知っての通り、人間の魂はその死後、天使や悪魔、妖精や精霊となる権利を得る。オベロンの奥さん、ティターニアちゃんが神々や精霊王と共に定めた法則だね」


「は、はいっ」



 私の周囲には、小さな光の塊が飛び交っています。

 この子達は、オベロン様に呼ばれて私の体を点検してくれている妖精達です。

 そう、私もついさっきまで、このような光の塊であったはずなんだ。



「けど、死後の人間の魂は不安定でねぇ。時々自分を維持しようとして、何かにくっついてしまう事があるんだよ」


「……それって、存在を食うってことじゃないですか……?」


「うん。その結果生まれるのが、魔物・・だったりするよねっ。割と起こる現象だけど、妖精界ではさっき言った通り300年ぶりの事件さ! オベロンどん引きだよー」



 な、なんてはた迷惑かつ愚かしい種族なんでしょう!?

 そして、私は魂を食われて消滅の危機にあったってことじゃないですか!?



「あぁ、君の場合もミツナカ ココナに塗り潰されそうになっていたけれど、オベロンがその進行を抑え込めたんだよ。けど、少し間に合わなかったんだよねぇ」


「えっと、つまりどういう……」


「今の君は、ドライアドでもあり、ミツナカ ココナでもあるって事さ。魂が一つにまとまって、知識や記憶が混ざっちゃってるんだよ」



 おぅ……のぅ……!?

 さっきのコーヒーミルだかヤカンだかの革新的例えが頭から湧いて出たのは、そういう事だったのか……!

 魂が混ざったから体にも影響が出て、心和ちゃんの見た目になったわけですね。



「ん~……記憶も混ざってる、ですか……」


「間違いなく精神に影響は出てるだろうけど、何か感じる事はあるかい?」



 そう聞かれて、少しの間考えてみます。

 私の中に生まれた、名状しがたきこの欲求……あ、名状余裕でした。



「……お茶……」


「ん?」


「お茶が、飲みたいですね……!」



 そう、記憶を辿ってみて感じたのですが……この子、ものすごくお茶が好きだったみたいです。

 いろんなお茶の事を調べて、通販で取り寄せて飲んでみたり、実際にご家庭で少しずつ栽培してみたり……スッゴイこだわりを感じます。

 んん……! 美味しいっていう知識があるぶん、凄く気になってしまうぅ!



「というか私、亡くなる直前に新作のお茶飲もうとしてます! そして事故にあって……! アァっ!」


「うぅん、相当無念だったんだねぇ……こうして死ぬに死ねなくなって、魂だけでここまで来ちゃうくらいに。オベロン黙祷」



 これは黙祷せざるを得ません。

 いえ、今は自分の事のように悔しく感じています。なんという無念でしょう!

 こんな気持ちは、オベロン様のヒゲで滑り台しているピクシーを見て羨ましかった時以来です!



「……ん~……だったら、君栽培してみたら? お茶」


「へぁ?」



 オベロン様のよくわからない申し出に、私の思考は一瞬フリーズしました。

 同時に、体を点検していた妖精達が、「問題なしです~」とオベロン様に報告しながら離れてい行きます。

 どうやら、私の体から異常は検知されなかったご様子。それはひとまず安心なのですが……。



「最寄りの世界に妖精の管理者がいない森があってさ。そこの管理人してよ。お茶作りながら」



 おっと? 話がホーム側観客席に特大ファールぶっ放した時みたいに違う方向にぶっ飛んだぞぅ?

 オベロン様、それは私をこの妖精界から追放するという意味なんですが?



「うん、オベロンぶっちゃけるけどね。今の君は妖精界で養えないんだよね」


「ホワイ!? 何故!?」



 私、この妖精界の緑を育む仕事にやりがいと喜びを感じておりましたよ!?

 ココ最近では後輩の育成なんかも頑張って、ようやく少し楽ができるぜって気分だったのに、左遷!? 左遷ですか!?



「まぁ、出世したから出向してもらうってやつだよね。人間の知識で言うと」


「よりリアル!?」


「仕方ないんだよ~。君、名前持ネームドちになっちゃったんだもん」



 ネームド。

 名前が付いたことでワンランク上の存在となった事を意味します。

 あれですよ。ゲームなんかでグラフィックは同じなのに、個人名がついただけでボスモンスター扱いになったみたいな感じ。



「ミツナカ ココナ……それが君の今の名前。それを世界が受理した。つまり、今の君は名前持ちに昇華され、力が増したのさ」


「こ、この姿もそのせいでこうなった……?」


「そうだねぇ。そして、今の君を養うとなると、妖精界の魔力供給のバランスが大きく崩れちゃうの」



 おぅ……のぅ……!?(2度め)

 そんな、強くなったって言っても私、実戦経験皆無な箱入り娘のお上りさんなのに!

 こんな、ニートが宝くじ当てたって理由で家族から独り立ちを促されるみたいな事になるなんて!?



「だから、ね? 君には、森を管理して土壌の魔力を育み、妖精界に回すお仕事をしてもらいたいのさ。そこでなら君も自給自足で魔力を補給できるし、森を好きにできるからお茶の栽培もしていいんだよ?」


「ふぐぅ、お茶の栽培とか魅力的過ぎますけどぉ、私一人じゃ無理ですよ!」


「大丈夫。その森にはオベロンの知り合いがいるからさ。サポートしてもらうように言ってあげるよ」



 オベロン様の知り合い……そ、それなら、行ける……かな?

 一人で都会に放り出されるより、知り合いの知り合いとルームシェアした方が、気持ちが楽……だよね?

 何より……美味しいって頭でわかってるお茶の魅力が、私をそこに行きたいと思わせてくるぅ……!



「……ま、まぁ……そういうこと、なら? ふ、ふへ……」


「良かったぁ。それじゃあドライアド。いや……ココナくん。君を上位精霊として、【バウムの森】に派遣する。立派に務めを果たしておくれ?」


「あ、アイアイサーです!」



 うぅん、何とも言えない展開ですが、オベロン様に期待されているというのであれば頑張らない訳にはいきません!

 やりますよぉ、この光中 心和! 立派に務めを果たしてみせますとも!!



 …………どんなお茶作ろうかなぁ、ふへへ…………。

 




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