番外編・茶番な茶葉と花の話


「絆され商人は太陽を恋う」番外編


 本編中でひと言しかしゃべっていないオウリの次兄リガンと、村の娘レア。

 無口な二人が結婚したことで、雪こそまだ降っていませんが村中が驚きました。

 そんな彼らの馴れ初めです。

 かろうじて言葉を発するレアさんの語りでお送りします。




 ◆ ◆ ◆



 皆さん初めまして。私、イタン村の娘、レアと申します。


 いつもは薬になる草花や、食べられる木の実山菜を採っています。私はわりとぼんやりしていますし手先も器用ではありませんから、私のやり方でゆっくりできるこの仕事は気に入っているのです。

 そしてこの間、私に新しく集めてほしい物がある、とお願いされました。

 香りのよい花、だそうです。茶畑を営んでいるイップさんのところから両親に話があったんです。花の咲く場所ならよく知っていますから、簡単なことでした。


 小さな茉莉花。

 クルンと花弁が開く金銀花。

 ほころびかけて香りが立ち始めた、そんな花を摘んでしまうのは少し心が痛むのですが、ザルに並べてみるとまあいい香りです。風に飛ばないように手拭いを被せて、イップさんのお宅に持っていくのです。


「あらレアちゃん、ありがとうね」


 イップさんの奥さんトゥーイさんが、製茶場に案内してくれました。今度からはこちらに直接持ってきていいそうです。二番目の息子さんのリガンさんがいて、受け取って軽く頭を下げてくれました。


「ごめんねえ、ありがとうの一言も言わない人で」


 トゥーイさんが恐縮してくれますが、ペコリとしてくれているので気持ちはわかります。


「いいえ。また、持ってきます」


 私もおしゃべりは得意ではないので気が楽でした。

 するとリガンさんが、あ、という顔でそっと手拭いを外し、返してくれました。忘れて帰りそうになる私より、存外気がつく人じゃないですか。

 返された手拭いに花の香りが移っていて、私はにっこり笑ってしまいました。これはとても素敵なお仕事だと思います。



 それからも三日おきぐらいで数回、花を届けました。何に使うのかな、とは思いましたが、訊くのも悪いような気がします。ただ製茶場の棚に乾燥した花が増えていき、いつも花の香りがするようになってきました。


 ある日またお届けに行くと、いつも少し開いている戸が立てられていました。どうしよう、と思いましたが、トントンとしてからそっと覗いてみました。

 中はムワッと暖かく、不思議な香りがしています。リガンさんが炉に石板を乗せて、その上で何かしているのです。肉を焼く時のような石板に触っているので、火傷すると思った私はびっくりして立ちすくんでしまいました。

 リガンさんは振り向いて、つかつかとこちらに来ました。固まっている私越しに、スッと戸を閉めてしまいます。

 戻りかけて、うーん、と迷ったように私を見ました。


「……冷める」


 石板を指差して言います。あれを冷ましたくなかったのでしょうか。

 そういえば、今初めてリガンさんの声を聞いたかもしれません。


 リガンさんは石板の上の物を柔らかく転がすように揉んでいます。どうも葉っぱのようなので、これが茶葉なのでしょう。

 熱くないのかと心配しましたが、よく見ると料理のような強い火ではなく、とろ火の炭火で石板を温めているようです。ホッとしましたが、気がつきました。


「あ、駄目。閉めきって、火は」


 おろおろする私に、え、という目を向けつつ手は止めません。この人、そのうちお茶を作りながら死んでしまわないかしら、と心配になりました。


「少し、開けます」


 難しい顔で揉んでいた茶葉をさらさらと手に乗せて考え、やっとこちらを向いてうなずいてくれました。

 新鮮な空気を入れて安心すると、リガンさんは石板の上の茶葉を笊に移しています。火入れはちょうど終わったようです。


 ちょいちょいと手招かれたので行くと、私の持っていた笊をサッと取りました。手拭いの下にあるのは、山梔子クチナシです。おや、という顔をされてドギマギしてしまいました。


「ちょうど、ほころんだので。勝手に選んでしまって」


 山梔子はこれまでの小花よりも大きく、香りも強いです。巻いた蕾がゆるんでほどけかかっている様も綺麗で、私は好きなのです。たぶん、リガンさんにも見てほしかったのです。でも頼まれていない花を摘んでくるのはいけなかったかもしれません。

 しょんぼりした私に無造作に手拭いを押しつけると、リガンさんは山梔子をそっと先ほどの茶葉の上に並べました。


 まだ温かい茶葉です。花も少しずつ温まり、強く香りました。元のお茶の匂いと少し混ざり、不思議な感じです。

 初めての香りにびっくりして、私はリガンさんの隣でじいっと立ち尽くしていました。リガンさんがそんな私をチラリと見た気がして、恥ずかしくなりました。

 お仕事の邪魔をしてしまって申し訳なくて、そっと頭を下げて出ていこうとしたのです。でもリガンさんが私の肩を押さえました。引き留めてくれたのだと思います。私はおずおずと、そのまま横から覗いていました。リガンさんは軽く笊を揺すります。

 ゆっくりゆっくり、花はほころぶように形を変えました。


 そのまましばらく待つと、リガンさんは強くうなずいて、笊を私の方に差し出しました。


「うわぁ……」


 思わず胸いっぱいに吸い込みました。こんなにうっとりする香りは初めてです。

 私は嬉しくなって、リガンさんに笑いかけていました。たぶん、香りにとろけた、だらしない笑顔だったと思います。でもリガンさんはそんな私の様子に、得意気な笑みを返してくれたのです。



 重ねた茶葉と花は、ゆっくり乾燥しながら香りを移していくようです。なので出来上がりはもう少し後のお楽しみです。

 それに花と茶葉を別の笊にして重ねてみたり、まだまだ試行錯誤しているようでした。大変そうです。でも私はたくさんの花を届けられて楽しいです。

 リガンさんは花をそうっと扱います。大きくて無骨なのに、決して花を傷つけない手です。茶葉にだって、とても優しく火を入れます。大事に大事に。このお仕事が好きなんだなあ、と思います。


 リガンさんは玉蘭花でも同じ作業を繰り返しました。

 私も見ていたのですが、むせかえる香りにくらくらしてしまいました。ふらついた私にびっくりしたリガンさんに支えてもらって外に出ました。外で顔を見合わせて、香が強くてと笑った私をリガンさんは苦笑いで眺めていました。



 花を納めるお仕事が終わってからも、リガンさんは私に茶摘みを教えてくれました。茶は次々に新芽を出すのです。なかなかお世話のしがいがありますね。

 摘んだ茶はこの間と違って、皆さんで蒸して撞いて固めるのだそうです。でもたまに、ほんの少しを炉で焙じる(あの石板は焙炉というそうです)時は、リガンさんはちょんちょんと私を呼んでくれます。


 二人でいても話しませんが、リガンさんといるのは落ち着きます。私がたまに何かを言って、リガンさんがただ聞いていたり、うなずいたり首を振ったり。それだけでいいんです。




 ある日、珍しいことにリガンさんが私の家を訪ねて来ました。私が何日か、あちらに伺わなかったからですね、元々の薬草摘みで頼まれたことがあったのです。

 リガンさんはそっと包みを出しました。小箱に入っていたのは、山梔子のお茶です。


「あの時のお茶ですか」


 リガンさんは軽くうなずきます。


「私が飲んでいいんですか」


 またうなずきます。

 私は嬉しくてリガンさんを招き入れました。どうせなら一緒に飲んでほしいですから。


 沸かした湯に入れて待つ、というやり方はもう教わっています。これでいいんですよね、とやってみせると、やっぱりうなずきます。今日のリガンさんはこればかりです。


 お茶を淹れているうちに父と母が出てきました。するとリガンさんはいつもより少しだけうつむきました。緊張しているみたいです。

 大丈夫です、このお茶の香りは両親もきっとびっくりしますよ。

 器に注いで、皆に配ります。


「私も初めて飲むの。作るのは見ていたけど」


 言うと、リガンさんがそうだった、というバツの悪い顔をしました。


「いいんです、できあがったばかりですよね」


 私は笑って器を取りました。

 やっぱりいい香りです。両親もへえ、という顔です。恐る恐る飲んでみて、ほお、となりました。へえ、とか、ほお、とか、なんだか馬鹿みたいですが、そんな感想しか出てきません。でもとても素敵な味だと思います。


 お茶を飲んでにっこりした私を、リガンさんはじっと見ました。器を置くと、両親に向き直ります。


「あの――」


 リガンさんは、珍しくハッキリと物を言いました。こんなふうに話すんだな、と驚きました。そして、その内容でもっと驚きました。

 でも両親はちっとも驚きませんでしたし、笑って答えたのです。


「娘を、よろしくお願いします」


 私はきょとんとして座っていたのですが、リガンさんと目が合って真っ赤になりました。

 リガンさんは私に向かっては何も言いませんが、見ればわかります。嫌なのか、いいのか、と尋ねる顔です。

 私も結局何も言わず、コクリとうなずくだけでした。



 そんなわけで、私とリガンさんは夫婦になったのです。



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絆され商人は太陽を恋う 山田あとり @yamadatori

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