本作は巷にあふれる幕末物とは一線を画した個性的作品です。
横浜村の鎮守である弁天様が人々と交流する設定は、ファンタジー色が強いと思われるかもしれません。
しかしながら、細かい所まで取材をした上で、読み物としてストレスなく読める情報量と開示の仕方を計算しながら書いておられるのが伝わります。
内容の豊饒さは言わずもがな、文章自体の巧みさにも感銘を受けています。
一文一文が、『いかに伝わるか、伝えるか』から生み出されているので、余計な修辞もなく、さりとて無味乾燥な事実の羅列もない。
内容と文体の双方が、極めて高い水準で一貫している事に驚きを隠せません。
このまま商業作品として世に出すのがふさわしい作品です。
この作品に出会えた事をうれしく思います。
横浜といえば、渋滞する高速道路の赤いテールランプと山沿いに密集する高層ビル。四年に一度は仕事で横浜に行っているはずの私は、この小説を読んだ今となっては、そんな貧相な自分の認識に赤面してしまう。
これは、開国を機に大きく変わっていく横浜と、それを温かく見守る弁財天と宇賀神の二柱の物語。開港した横浜は作中では大火を受け、いずれ時代はさらに変わっていく。国破れて山河ありと人は言うが、瞬きのような人の一生も、神仏がともに在ると思えば捨てたものではないから不思議だ。
今度横浜に行ったら、坂に上って港を見下ろしてみよう。変わらないものだって見つけられるかもしれない、そんな爽やかな気持ちにさせてくれるこの作品を、あなたもぜひ味わってみてほしい。
舞台は、横浜。
穏やかな小漁村だった横濱村が歴史の突端に躍り出る頃の物語。
案内役は、鎮守、弁財天。
美しい娘御の姿に顕現せし村の守り神が、供たる蛇神・宇賀神と、市井のなかでひとびとの暮らしと時代の推移を見守ってゆきます。
緻密に丁寧に調べられ準備された、歴史的あるいは地文学的な事実が、端正で読みやすく落ち着いた文体で提示されてゆきます。パノラマのように展開される情景を追いかけてゆくだけで、読者は自然と、この歴史の特異点ともいうべき地域の近代について知識をふかめてゆくことができます。
……。
なんていう、前置き。要らない。
そんな話じゃない。
いやごめんなさい、そんな話だった。それでいいごめんなさい。
それでいいんだけど、違うんです。
激しい歴史の波に洗われ、大きく形を変えてゆくこの村の、この町の姿。
ひとびとは生まれ、育ち、愛しい人と出会い、あるいは、朽ちて。
すべてに、弁天さまは、柔らかな眼差しで微笑みかけます。
宇賀さまも穏やかな表情で、主を見守ります。
おふた柱ともに、冷たいあいすくりんを、ぱくり、お口に運びながら。
ああもう、伝われ!
この佳き世界の、なんとも言えない心地よさ!!
日本最大の港の一つ横浜。
その歴史は実際に起きたペリー来航によって、港が開かれたことから始まります。
その変化を、当時人々共にあった神の視点で描かれます。
神と言っても、大仰な神ではなく、本当に人々に慕われていた小さな社に住まう神、弁財天。
弁天とも呼ばれるこの神様は、音楽を愛し、人々に幸福をもたらす神ですが、この物語の中では人々共に在って、人々を見守る存在。
その神の目を通して、幕末から変化していく横浜という街の様子を見ていく物語です。
緻密な調査に裏打ちされた当時の雰囲気の描写が素晴らしく、幕末の空気を感じ取れます。
私自身横浜市に住むので、とても楽しく読ませていただいています。
弁天と、おつきの宇賀神が織りなす横浜幕末奇譚、お楽しみください。
幕末の横浜を舞台に、弁財天と従者の宇賀神が黒船来航を見守るファンタジー作品です。
登場人物たちがチャーミングに描かれていて、読んでいてほほえましくなりました。弁財天は芸事好きな愛すべきキャラクターで、音楽に夢中になる姿が印象的です。そして宇賀神は主である弁財天を心から慕っていて、二人の信頼関係が素敵でした。そのやり取りに癒されます。
時代背景もよく調べられていて、黒船来航や日米和親条約締結の出来事が、弁天たちの視点からユーモラスに描写されています。増徳院の僧侶・清覚や薬師如来など脇役も魅力的で、物語に奥行きを与えていました。
そしてアメリカ人との文化交流を通して、横浜村の人々の暮らしが少しずつ変化していく様子が丁寧に描かれ、読後感も爽やかでした。弁天社から打電されたYOKOHAMAという文字が象徴的で、未来への希望を感じさせます。
ファンタジーでありながら等身大の人間ドラマになっているところがいいと思いました。笑いあり涙ありの物語に引き込まれ、あっという間に読み終えてしまいました。続きが気になりますし、またこの弁天と宇賀神の活躍を読みたいです。