第8話 光
人生を諦めて毎日ベットの中で暮らす生活は慣れてみると快適でした。もう、何も欲さなかった。ただ生きていることに埋没しようと……。朝起きると窓辺から差し込んでくる太陽の光に感謝し、庭の薔薇の花に微笑みかけ、時折聞こえてくる小鳥のさえずりに耳を傾けた。時には空の雲達とお喋りもした。毎日飽きることなく報道番組は新しい時代の情報を提供し、誰とも話さない一日でさえ、たくさんの言葉に溢れ返っていた。静かに読書に耽る夜長もあった。月の輝きと星の瞬きに魅せられてあなたもこの月を眺めていないかとそんな思いに耽る夜もあった。千代の笑顔を見れた日はあなたの笑顔を見れたようで嬉しかった。千代の中に住むあなたを少しずつ感じられるようになった。いつも一生懸命で正義感に溢れた千代の瞳の中にあなたは確かに住んでいた。
過ぎていく月日は長いようで短かった。朝日が昇って沈む時間がどんどん短くなっていく気がする。今、私は何のために生きているのだろう……。私は今まで何のために生きてきたのだろう……。そう……たとえ身動きできなくなってしまっても、この身がどんどん枯れ果てていってしまっても……私は思いを貫いてきた。あなたへの思いを貫いてきた。ひとりの時間が心穏やかに過ぎていったのはいつもあなたを心の側に感じることができたから……。私は自分の思いを貫くために生きてきて、そして幸せだった。幸せの形は目に見えないけれど……確かに強く感じることができる。そしてその思いは少しずつ少しずつ優しい色に変わって、私の意識はあなたへの距離を縮めていった。最近やっとわかったのです。もう、あなたはこの世にいないことが……。そしてやっと私をあの世から呼んでくれていることが……。ずっと、ずっと見つめ続けてきてくれてありがとう……。もうすぐ私はあなたの元へ……。あなたと出会った瞬間の私の心だけを抱えてあなたの元へ……。そしてきっと……また逢うことができますよね。あの頃のあなたと私の魂と魂が寄り添い合うことができるのですね……。
——ふと気づくと、いつの間にか私はあなたを待ち続けた養家の医院の門の前に立っていました。同時に学生服姿の青年がこちらに近づいてきました。目を凝らして見ると青年は出逢った頃のあなたではないですか。あなたは私に微笑むと言いました。
「
「
「老い果てたなんて、まさか。君の魂は出逢った頃のままだよ」
「えっ!?」
気づけば、私は高等女学校の頃のセーラ服を着た女学生に戻っていました。
「さあ、ゆこう!やっと一緒に歩いていけるね」
あなたが差し出した手のひらは温かく、どこまでも歩いていけるような心地がしましたが、私は不意に胸苦しくなって立ち止まりました。
「どうしたの?」
「私達の娘、千代に一目会っていきませんか?」
「千代にはもう会えないんだ。千代のことはこれからは時々見守ることしかできないんだよ」
「そう……。千代にはお世話になったから一言お礼が言いたくて」
「千代が私達のことを思い出してくれたら、その時は千代の心の中で話すことができるよ。さあ、ゆこう!」
あなたと私は手を繋いだまま、眩しい光の中へゆっくりと踏み出しました—。
追憶の彼方の光 中澤京華 @endlessletter
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