第9話
▽
森の中にできた舗装もされてない天然の道。人や獣が何度も踏みしめて草や木がそこだけ避けるようになくなってできた道を一台の馬車が進んでいた。その様子を俺達が草むらに身を隠して眺める。
馬車というからお伽噺でシンデレラが乗るような、一人か二人乗りのこじんまりとしたものを想像していたけど、実際見て見るとかなり大きい。車輪が三対六個付いている大型のもので二匹の馬がゴロゴロと重そうに引いている。何か大量の荷物でも運んでいるのだろうか。まるでワゴン車みたいに10人以上は乗れそうな車体だ。
「……こいつは奴隷商の馬車だな」
馬車を見たジャコウがぼそりと呟いた。
「どうして分かるんですか?」
「普通ああいう荷物を運搬する馬車には何人か護衛をつけるんだ。道中、賊や獣なんかに襲われないためにな。だが奪っても食費ばっかりかかる奴隷は賊の標的にならねぇから、奴隷を運ぶ馬車には護衛を省く奴が多いのさ」
「ここ10年で人間の間ではこういうのがやたら増えましたね。他種族をさらって縛りつけ、都合のいい傀儡として商品にする。気分のいいものではありません」
「む、あの馬車のマークはオスマン商会のものですな。表向きは飲食店を経営しておりますが裏では奴隷売買を生業としている商会です。これから向かう西の街を中心にあちこちに手を伸ばしてそこそこ名の知れた連中です」
よく見るとミヤマの指摘通り、その馬車には会社のエンブレムのようなマークが付いていた。獣の引っ搔き傷みたいな三本の斜線と商会の長であろうオスマンという人物の名前が書かれている。
「…………」
「…お母様?」
ゴロゴロとゆったりしたペースで進んでいく馬車。それを見ながら俺は少しばかり考える。
俺達の目的は情報収集をしながら仲間を集めていくこと。そのためには俺達五人じゃ少し手が足りないんじゃないかと思っていたところだ。
人間に擬態して、さらに俺とアレクを守りながらじゃジャコウ達は動きにくいだろうし、アレクも俺も常識知らずなところがあるので聞き込みとかでぼろが出る可能性がある。となると気兼ねなく使える手足となる者が何人か欲しいところ。
そういった意味では奴隷というのは打ってつけの存在だ。倫理的な問題は目を瞑るとしても。もちろんジャコウが言った通り、普通なら彼らにも食費などの維持費がかかる。今の資金源が乏しい俺達がおいそれと手を出していいものではない。だが俺達の前を通っているのはその奴隷を取り扱っているという商会の馬車。ならば手の打ちようはあるというものだ。
俺はフッと口角を上げ、呟いた。
「奪っちゃいましょうか、あれ」
「あぁ? おいビスカ、さっきも言ったろ? 確かに人手は欲しいところだが、連中には金がかかる。今の俺達じゃあいつらを食わせていくことはできねぇぞ」
ジャコウから当然の反論が飛んでくる。だけどその点も考慮しての提案だ。
「大丈夫です。私に考えがありますから」
ふふんと笑って提案を推す。ジャコウは首を傾げて不思議そうにしていたが、俺が言うことなので承諾してくれたみたいだ。どうせ元手はタダなわけだし、やってみて損はない。ゲームは思い切りが大事なのだ。
というわけで、如何に奴隷達を傷つけないようにあの馬車を奪うか、作戦会議が始まった。
▼
その日、オスマン商会の会長オスマンは、西の街へ伸びる森の中の道を進んでいた。自身の商会のマークが描かれた馬車には方々から調達してきた
オスマンはほくほくとして上機嫌だった。数年前にこの奴隷売買に手を出してからというもの、自身の商会は大きく売り上げを伸ばして懐が大変暖かい状態だからだ。
昔は、少なくともオスマンが子供の頃は奴隷売買というのは非合法な商売だった。確かに金は稼げるけども、政府の役人からこそこそと身を隠しながらでは経費ばかりがかさみ、そのリスクからまともな商売人なら手を出さない代物だったのだ。
ところが10年程前、魔人種の国が滅ぼされる事件から風向きが変わった。政府が態度を180度変え、奴隷売買を容認するようになったのだ。さすがに大っぴらに推進しているわけではないが、罰則も緩くなったし明らかに仕事がやりやすくなった。特にエルフや獣人などの異種族は値段が上がり、彼らに首輪をつけて店頭に並べるだけで大きな収入が入ってくる。
一体国は何を考えているのか疑問ではあるが、オスマンは特に興味がなかった。何がどうあれ今自分が奴隷売買で儲けていて以前より遥かに多くの収入を得ている。その事実さえあれば問題ないのだ。
「ふひひ、今日も活きがいいのが入ったな」
今日の収穫は若いエルフの女が二人に男が一人、獣人族の夫婦とその子供、ダークエルフの男女と片足のない人間の男、後は肌が焼け爛れた人間の少女だ。あちこちを回っては予算の許す限り仕入れてきた。一部買い手がつかなそうなのがいるが、こいつらが数日後には金に変わるのだ。上機嫌にもなるというもの。
いいものを食べて脂肪を蓄えた腹を揺らし、下劣な笑みを浮かべるオスマン。異変はその直後に起こった。
_プスッ
「痛っ、何だ?」
馬車の前部で馬を操っていたオスマンの首筋にちくりと痛みが走った。何かと思って撫でてみても特に異変はない。虫にでも刺されたか? そうオスマンが思った時だった。
「ぐっ……!? ぐおぉっ……!!」
やや呼吸がしづらいなと感じたと思ったら、全身を凄まじい痛みが襲った。喉が握りつぶされているかのように苦しく、まともに息ができない。助けを呼ぼうにも声が出ないし、身体が硬直してしまってぴくりとも動けない。
何が起こったのか分からぬままオスマンは苦しみ続け、やがて馬車の上でころりと息絶えた。
▽
「おぉ、アサギすごいですね」
「いえ、この程度大したことないですよ」
俺達は草むらに隠れながら、馬車の前部に座っていた太った男がのたうち回って死ぬのを眺めていた。彼の死因はアサギの作った麻痺性の神経毒。俺の隣でアサギが握っている、木でできた古風な拳銃から発射された小型の弾丸に込められていたものだ。少量体内に入っただけでも細胞の働きを止め、神経系を狂わせるという即効性の恐ろしい毒。即効性である故に反応が早く、体内に副生成物という形で証拠が残ってしまうらしいが、どうせあの男の死体は地面にでも埋めて廃棄するので問題なし。
それにしても会長自らわざわざ出向いて商品の調達とは、オスマンとはなかなか現場派の人間だったようだ。そのおかげでこっちは大助かりするんだがな。こいつが今日俺達の前を通ったのはまさに鴨が葱を背負って来る状態だったわけだ。
「よし、それじゃあ中の人達を一旦出してあげましょう」
オスマンが死んだことで馬が歩みを止めて止まった馬車、そこに皆で向かう。とりあえずオスマンの死体は端にでも置いといて、荷台の扉をバタンと開ける。
「ひっ」
「な、なに……」
「…………」
「また賊かっ……!」
中には10人ばかり人がいた。こちらを見て抱き合って怯えるエルフの女性達、傷つきながらも我が子を必死に守ろうとする獣人の夫婦、もはやすべてを諦めたような暗い目をした片足の男。多種多様、様々な人がいたが、皆重そうな首輪をつけられて各々傷ついたり汚れたりしてボロ布でできた服を着せられていた。
そんな状態で怯えたり、諦観したり、怒りの感情をぶつけてくる彼ら。そんな彼らに俺はつとめて優しく微笑みかけた。
「さぁ皆さん、助けに来ましたよ。私と一緒に行きませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます