第5話












 眉間、つまり脳幹を貫かれた聖女の女の子はぐるりと白目をむき、がくがくと膝を震わせながらちょろちょろと失禁した。やがてその身体は力を失い、どしゃりと地面に倒れる。


「マ、マリアっ!!」


 勇者っぽい青年が剣を放り投げてその女の子へ駆け寄った。民衆も何やらわめいているが、俺はそんなことを意に介さず、先ほど弾丸を撃った自分の手を眺めていた。


 それは初めて人を殺したことに、感慨にふけっている……わけではない。


 このビスカの身体、ひいてはゲームの操作感が自分にぴったりハマっていたことへの安堵だ。世の中にゲームはたくさんあるが、操作性や使用感がユーザとイマイチ合わないということはままある。FPSなどのシューティングゲームではそれが顕著で、わずかなズレが繊細な操作を狂わせ、思った通りの場所へ弾を飛ばせないということが起きる。


 このゲームにはそれがないようで安心していた。身体はちゃんと思った通りに動くし、闇の魔力だって自分に怖いくらい馴染んでいる。そして今やったように、繊細なエイムや力のコントロールも上手くいきそうだ。



「むっ、どうやら魔力が戻って来たようですな」

「あの女が死んだおかげか。ようやく鬱陶しい封印から解放されたぜ」


 その俺の後ろでは、ダークエルフの青年と老齢の男性が立ち上がっていた。口ぶりから察するに、どうやらあの聖女っぽい女の子に魔力を封じられていたようだ。見た目からして強そうな頼もしい初期味方ポジの彼らが、あんな最初期の敵キャラに追いつめられていた理由はそれか。


「ジャコウ! ミヤマ!」


 アレクが俺からぴょんと飛び降りると二人に駆け寄った。ダークエルフの青年がジャコウ、老齢の男性がミヤマというらしい。今まで自分を守ってくれた彼らを心配しているアレクに、俺はほっこり心が暖まった。







「貴っ…様ぁーーーっ!!」


 人間共の方から罵声が飛んできた。スッと冷めた目を向けると、あの勇者っぽい青年が怒りの形相で俺を睨んでいた。他の民衆達も武器を握りしめて殺気立っている。


「よくも、よくもマリアをっ……! 許さないぞっ!!」


 涙を流して剣を握りしめる青年。彼に俺は首を傾げながらこう言った。



「戦地で敵を殺す……。私は何か間違ったことをしましたか?」



 連中だってアレク達を殺そうとしていた。俺のことも敵だと認めていた。ここは戦場なのだ。どう考えたって油断していたそちらが悪い。それに……


「最も弱い者から倒す、戦いの鉄則でしょう」


 FPSでもRPGでもそうだ。集団戦では最も倒しやすい者から倒して敵の頭数を減らすことが勝利の秘訣。特に仲間にバフをかけたり、回復したりするヒーラーや聖女ポジションは真っ先に潰すべき対象。それなのに、わざわざ彼女を狙いやすい最前線に配置していた。あんなに弱いなら護衛をつけたり、そもそも戦場に出さないようにしなかったあちらの落ち度だ。


 まぁ、ゲームの最初のミッションの、言わばチュートリアルみたいな敵にそんなことを言っても仕方ないのだけど。



 だけどあちらさんは、俺の言葉がお気に召さなかったらしい。歯をぎりぎりと噛みしめてより一層怒気を強めている。


「っっっ……!! 殺すっ! お前は絶対僕が殺してやるっ!!」


 面と向かって言われた殺害宣言。俺はそれを嘲るように、駆け寄ってくる子供を受け止める時のように腕を開いた。その程度の殺気、受け止めてやると言わんばかりに。


「いくぞっ! 皆!」


 民衆達に声をかけ、青年は俺に突撃してきた。あの分かりやすい挑発にまんまと乗ってきてくれたみたいだ。フッと笑い、パチンと指を鳴らす。


 _ザンッ!


 すると地面から闇の剣山が生え、民衆を一人残らず串刺しにした。一人先陣を切って走り出していた青年にはわずかにタイミングが合わず外してしまったが、青年よりも動き出しがワンテンポ遅く、立っている状態だった連中にはちゃんと当てることができた。


「………え」


 一瞬にして仲間を皆失ってしまった事実に、青年は怒気がしぼみ、後ろを向いて茫然としている。


 今飛び出した剣山は、もともと俺の背中から生えていた二本の剛腕だったものだ。埋めたそれが地中をつたって彼らの足元にいき、一本一本鋭い針状に分化させることで実現した。想像以上に自在に動かせる闇の魔力に満足感を覚える。


「……なん……で…」


 深い絶望に襲われたのか、青年は剣を取り落としてどしゃりと膝をついた。もう勇者のような勇ましい雰囲気も、さっきまでの殺気も感じない。


 ……なんというか、チュートリアル的な最初の敵なのに感情表現豊か過ぎないか?


 そう疑問に思わなくもなかったが、すぐに青年からは興味を失った。くるりと向きを変え、再びアレクの小さな身体をぎゅっと抱きしめる。


「お母様、苦しいです」


「あら、ごめんなさいね。こうしてアレクを抱きしめるの、好きなんです」


 少し力を入れすぎたみたいで、アレクが腕の中で身をよじる。少し腕の力を緩めたが、離すつもりはなかった。


 何というか、本当に幸福を感じるのだ。こうやってアレクを抱きしめるのは。身体の芯からポカポカと温まってくるような優しい幸せがやってくる。ゲームの目的に関係なく、この子を守りたいと思ってしまう。ここまでの感情すら再現するとはかなり完成度の高いゲームのようだ。


「姫様、この者はいかがいたしましょう?」


 戦う必要がなくなったからか、すでに俺の身体に纏っていた闇は消え、元の儚げな美女に戻っている。そこへミヤマが声をかけてきた。見れば腰の鞘からスラリとサーベルを抜いたジャコウがあの青年の首へ刃を押し当てていた。青年は抵抗する気力もない様子だ。


「…あぁ」


 一応最初の敵として戦闘のやり方を教えてもらった青年だが、もはや彼には微塵も興味がない。というか名前すら知らない。好きにしちゃって大丈夫ですよと、そう伝えようとした。







「……あれ…?」


 その時、突然くらりと身体から力が抜けた。アレクを胸に抱いたまま、横向きに地面に倒れる。


「お母様……? お母様っ!!」


「姫様っ!?」

「なんだっ!? どうしたビスカ!」


 焦った様子でぽろぽろ涙を流して俺を呼ぶアレク、駆け寄ってくるミヤマとジャコウ。彼らを目にしても身体には一向に力が入らず、そればかりか意識もどんどん薄くなっていく。


「……アレ…ク……」


 最後にぼそりと腕の中の子の名前を呟き、俺の視界は暗闇に包まれた。





























「___はっ」


 気づいたら、俺は自分の部屋にいた。ゲームを起動したその時のまま、身体も儚げな美女ではなく、見慣れた冴えない男子大学生のものだ。時計を見ると時刻は午前3時過ぎ、あれからそんなに時間も経ってないみたいだ。


「……随分とこう、濃密なゲームだったな」


 色々とゲームは触ってきたつもりだったが、こんなゲームは初めてだった。自身の肉体となったビスカの肌や髪の質感やキャラクターの挙動、実際に空を飛んだ時の空気の流れ、敵NPCのリアルな死に様、感覚、そして何よりアレクを抱きしめた時に感じる身を優しく燃やすような幸福感……。とてもVRゲームとは思えないクオリティだった。


 プレイしたのは短い時間だったが、そうとは思えない満足感がある。またプレイしたい。そう思って再度ウィンドウを見ると、”Play”ボタンの色が薄くなって無効化され、クリックできないようになっていた。


「……?」


 その様子に首を傾げる。Loadingとは表示されてないが、ゲームを更新している最中なのだろうか。そういえばプレイ中も他のゲームならあるステータスウィンドウやアイテムウィンドウなどのUIが一切表示されなかった。リアリティを追求したのか? 何とも不思議なゲームだと思った。




「……ふわぁ」


 それはそれとしてさすがに眠くなってきた。もうかなり遅い時間だし、妙に現実感のあるゲームをしたせいかより疲労がたまったように感じる。次の日が休みとはいえさすがにもう寝たい。

 ひとまず俺はそのゲームをブックマークリストに追加し、布団を敷くためにパソコンに背を向けた。




 _……ジジッ


 その時、ウィンドウに表示されていた”お願い…アレクを救って……”の文字がゆっくりと消えた。画面に背を向けていた俺はその事に気づかない。真っ暗となった画面に同じく赤文字で違う文字が浮かび上がってくる。





 _”……ありがとう”




 


 俺はそれを見ることなく、部屋の明かりを消して布団に入った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る