第10話









「ふんふ~ん♪」


 さて、思いがけず旅の仲間が10人増えたところでビスカの青空クッキング第二回目を開催している。メニューは変わらず川で採れた魚とザリガニ、少しの保存食だ。彼らは奴隷ということもあってろくにご飯を食べさせてもらえてなさそうなので、まずは同じ鍋の飯をつついて親睦度を高めようという魂胆だ。いきなり現れた人間ということで皆大なり小なり俺達を警戒してるみたいだしね。


 場所はさっきまでお昼を食べていた河原。使ったばかりの薪があるので再利用した。見た目は大勢で集まった楽しいハイキングみたいだけど場の空気は重い。奴隷の皆が俺達を警戒しているせいで全然口を開かないし、そもそもこっちに近づいてこないからだ。


「ねね、おねえちゃん。なに作ってるの?」

「こ、こらっ」


「ん~? これはね、皆のご飯を作ってるんですよ。お腹空いてるでしょ?」


 現状唯一近寄ってきてくれるのは獣人の小さな女の子だけだ。髪の毛と同じ色の茶色いケモ耳をぴこぴこさせて無邪気に話しかけてくれる。この子のお母さんであろう獣人の女の人が止めようとしているものの、子供の好奇心パワーで振りきっている様子だ。


「ほんとっ? わーいっ!」


 俺が食事を作っていることを知って飛び跳ねて喜んでくれる女の子。腰の尻尾がぶんぶんと振られ、簡素な服がめくれてお尻が丸見えになっている。それを見て照れたアレクが顔を逸らしていた。うーん、和む光景である。


「ふふ、ねぇお嬢さん。お名前は何ていうの?」


「わたし? ロコだよ!」


「じゃあロコちゃんにお手伝いをお願いしてもいいですか? もうすぐ出来上がるから料理を皆に配膳してほしいんです」


「わかった! まかせてね」


「アレク、貴方もお願いしますね」


「はい、お母様」


 というわけで、食事を皆に配る役目はロコとアレクにやってもらった。俺やミヤマ達がやるよりも、小さな子供である二人の方が彼らの警戒を幾分か解きやすいだろうという判断だ。ロコは同じ奴隷という立場なのでより一層心のハードルは下がるはずだ。


「さ、皆さん召し上がってください。大丈夫、毒なんか入ってませんよ。そのために皆さんの目の前で作ったんですから」


 器を受け取ってもなかなか食べ始めないので俺がこう言って食事を促した。ここでも反応してくれたのはロコ。いただきま~す、と嬉しそうにパクパク食べ始めた。彼女の前に毒見をしたかったであろうご両親は少し慌てていた。


「おいし~!」


 そんな心配とは裏腹に、魚を食べて満面の笑みを浮かべるロコ。彼女を見て他の皆もおずおずと手を伸ばし始めた。


「あ、ほんとだ…」

「新鮮でおいしい」


「……美味い」


「こんな食事にありつけたのは…いつぶりだろうな」

「ほんとね…」


 エルフの女性二人は身を寄せ合いながら魚を一口食べて表情をほころばせて、エルフの男性はただ一言感想を口にし、ダークエルフの男女はしみじみと語り合っていた。獣人夫婦もロコに促されて料理を口にし、美味しさを家族で分かち合っていた。よっぽどひどい扱いを受けていたようで、食事の最中母親の目からぽろりと涙が零れていた。



「君は食べないの?」


「…………」


「お母様が作ったんだ。美味しいよ?」


 そんな中、顔を含めて身体の半身に及ぶ大きな火傷を負った人間の女の子がいたのだが、彼女は一向に食事に手を伸ばそうとしなかった。瞳もドロリと暗く、どこか諦めたような顔で遠くを見つめており動こうともしない。


 そんな彼女にアレクが歩み寄った。力の入っていない彼女の手にザリガニスープの入った器を握らせ、ほら、とスプーンを口へ差し出す。彼女はアレクの方へ顔を向けてしばらく見つめると、ゆっくりスプーンに口を付けた。少しの間口の中で転がし、こくりと飲み込む。


「……美味しい」


「でしょ? ほらもっと食べて。元気出ないよ」


 相変わらず表情は動かないけど、アレクのおかげで前進した。ゆっくりではあるけど自分でスプーンを持ってもぐもぐと食べている。奴隷達の中でも痩せ気味の子だったからちゃんと食べてくれて安心した。



「……あんた、コックか何かか?」


「へ? 私ですか? 違いますけど…」


 それを眺めていると、奴隷の一人が話しかけてきた。片足のない、少し年を食った人間の男だ。彼はザリガニスープを片手にその味を吟味していた。


「そうか…、このスープ、素人が作ったにしちゃコクがあって美味かったからな。同業者じゃないかと思ったんだが」


「同業者って、貴方もしかして料理人なんですか?」


「ああ。今はこのざまだがな……」


 そう言って男は自分の右足を見て自嘲気味に笑った。太腿の中ほどから切れてなくなってしまっている自分の足を。

 彼が感じたのは恐らくザリガニの出汁だ。素材を煮込んでうま味成分を抽出することでシンプルな料理でも完成度を上げることができる。歴史の長い日本の出汁文化というやつだ。

 それにしても料理人とは、かなりいい人材が紛れていたことに内心笑みが零れる。無論彼だけではなく、皆が力を貸してくれればこの旅は一気に心強くなるのだ。


「で? リーダーさんよ。そろそろ教えてくれないか。何で俺達を助けたんだ?」


 その料理人の彼はコトリと空になった器を地面に置くと、俺に鋭い目線を向けてきた。それは他の皆も気になっていたようで、食事を終えて幾分か和らいだ表情で談笑していたエルフの女性二人も、家族三人でほんのりとした空気を漂わせていた獣人家族も皆静かになってこちらに注目していた。


 まぁ、最初に比べれば打ち解けたように思えるので話すとしますか。


「そうですね、単刀直入に言いますと皆さんに旅の仲間になってほしいんです」


「旅? あんたらそこそこいい身なりをしてるみたいだが何でそんなことしてるんだ?」


「それはですね……」


「……待て、お前達のその匂い。魔人種だな?」


 話に割り込んできたのは獣人家族の旦那さんだ。どうやら犬系の獣人らしい彼は鼻を動かして匂いで俺達の種族を当てて見せた。獣人は魔力を感知したり扱ったりするのは不得手だが、こういう風に動物に因んだ身体能力が発達しているという。



「魔人っ…!」

「うそっ……」



 俺達が魔人だと分かってコックの男は目を見開いて驚いた。エルフの女性二人をはじめ、他の人達も大なり小なり引いた感じになった。どうやら人間だけでなく他種族の方にも魔人の事情は伝わっているようだ。


「あらら…、まぁいつか話すことなのでバレてしまったのなら話は早いです。そうです、私達は魔人種。世界中に散らばってしまった同族の仲間を探して旅をしています」


 獣人の彼のおかげで話す手間が省けたので端的に目的を伝える。皆俺達の種族に驚きはしたものの、その情報もあって旅の目的については理解してくれたみたいだ。どことなく納得してくれた空気を出している。


 さらに俺達の目的地が馬車と同じ西の街であることも伝えた。その街で情報収集をするつもりであることも。


「…事情は分かった。だが何故わざわざ俺達を連れていく? そんな大切な旅路に俺達のような奴隷は足手まといのはずだ」


「いえいえ、それがそうでもないんですよ」


「? どういうことだ?」


 コックの男が首を傾げる。ジャコウ達もそこが気になっていたのか俺の話に耳を傾けた。


「人間の街で情報を集めるためには、当然ながら人間に紛れて生活をしなければなりません。変装や魔術を駆使して人間になりすまし、違和感なく生活に溶け込んでそれとなく話を聞く。これってかなり難しいことなんです」


 ジャコウ達は逃亡生活の中でぼちぼちとやっていたようだが、ぼろが出ないように注意する必要があって住まいはあの洞窟の研究所。とても効率がいいとは言えなかった。それに何度も言うようにこれからは世間知らずの俺というお荷物も加わる。俺達だけで旅をするのはちょっと手が足りない。


「そこで貴方達に力になってもらいたいんです。皆で一緒にお店をやりましょう。あの商人の店を乗っ取って、皆で飲食店みたいなのを作るんです。そこで街の人のお悩みなんかを聞いてあげて少しずつ解決してあげる、みたいなことを繰り返せば街にちゃんと溶け込めて信頼関係も築けてなおかつ情報も手に入る。貴方達も奴隷から解放されて綺麗な服を着れて美味しいご飯が食べられる。いいことづくめじゃないですか!」



 ぱんっ、と口元あたりで手を合わせ、にっこり笑って提案する。


 これが俺が考えていた策だ。手が足りないなら増やせばいい、そして養うお金がないなら稼げばいいというわけだ。

 飲食店というのはおまけで、元々はお悩み相談のみを受け付ける店にするつもりだった。だけど料理人という思わぬ技能を持った彼がいたので急遽路線変更した。ただのお悩み相談より、料理が楽しめる飲食店の方がお客さんが入ってきやすいし、美味しいお店と評判になればそれだけ情報が入ってくる確率が上がる。

 お悩み相談の方も、これだけの人手があればやっていける。それにこの場だけでもエルフ、ダークエルフ、獣人、人間、そして魔人と多種多様だ。あのオスマンとかいう男の店にいけばまだ奴隷がいる可能性があるし、これだけ種族に富んでいればできることの幅も広い。


 我ながらいい考えなのではと思う。もちろん彼らが協力してくれたらの話なのだが。



「ロコちゃん、おいで」


「? なに、おねえちゃん」


 俺はロコを近くに呼び寄せて皆に問う。


「もちろん、協力するしないは貴方達の自由です。断っても私は責めませんよ。その場合、少し時間はかかりますが、私達の生活が安定したら希望の場所へお送りします」


 そう言ってロコの首輪に手を添える。幼いこの子には不釣り合いの、鉄でできた重そうな首輪だ。これには隷属用の特殊な術が施されていて、逃げようとしたり命令に背いたりすると装着したものに痛みを与える仕組みらしい。


 ズズズッ、と俺の手が闇に染まる。そのままゆっくり首輪を握るとぐしゃり、と鉄が紙細工のように潰れ、ロコの首から外れる。隷属用の術式は闇が浸食し、無効化した。


「とれたっ…くびわとれたよおねえちゃん!」


「ふふ、よかったですね」


 喜びを露にしたロコはぎゅっと俺に飛びついてきた。抱きしめて頭を優しく撫でる。


「……どちらを選んでも私は皆さんを奴隷から解放します。どうされますか?」


 ロコを撫でながら改めて皆に問い直す。俺が首輪をいとも容易く破壊したことに驚いていた彼ら。お互いの顔を見合わせ、少しの間逡巡すると、最初に料理人の男が口を開いた。



「……いいぜ、俺はあんたについて行く。どの道この足じゃ他に仕事はねぇしな」


 彼が頷いてくれたのを皮切りに、他の皆も続々と俺の手を取ってくれた。


「私達も…」

「ついていきたい…」


「…興味がある」


「…私達の里は人間に滅ぼされちゃったし」

「…帰る場所もない。俺達もついて行っていいか?」


 エルフの二人の女性も、男性も、ダークエルフの男女も、皆俺の頼みを受け入れてくれた。


「おねえちゃん、たびをしてるの?」


「ええ、そうなんです」


「じゃあわたしもついていく! おねえちゃんわたしたちのことたすけてくれたから!」


 ロコは俺の腕の中で元気よく手を上げて答えてくれた。彼女の両親の方を見ると、二人で話し合ったらしい。覚悟を決めた目でこちらを見ていた。


「…どうかよろしく頼む」

「お願いします」


「…はい、こちらこそ」



 こうして10人の奴隷全員が仲間になってくれた。ロコと同じように一人一人の首輪を外していく。


「…ということなので、ジャコウ、ミヤマ、アサギ。よろしくお願いしますね」


「はぁ、何というか斜め上のことを思いつく奴だな」

「それを実際に成功させてしまうのも凄いというか…」

「ほほほ、姫様なのです。当然でしょう」


 ジャコウ達は若干呆れ気味だった。ミヤマだけは褒めてくれてるけど他二人は少し頭を抱えちゃってる。

 確かにいきなり人が増えて少し大変にはなるけど街で生活するプランができた。道草にはなったけど思いがけず大きいものを得たし、また西の街を目指していこう。







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