第11話











 パカパカと2,3日くらい馬車を走らせ、俺達は目的地である西の街”ロコースト”に到着した。馬を休ませながらのんびり旅を楽しんでいたらこれくらい時間がかかってしまった。急ぐ旅路でもないから別に構わない。それに当初は徒歩で向かうつもりだったからもう少しかかる予定だった。


 馬車内は、アサギが中の荷物を例の便利リュックに収納して皆がリラックスできるようにスペースを広げたので少し小さめの都バスみたいになった。道中ではアレクとロコが仲良くなっていたり、エルフ族の男がアサギの知識に興味を持っていたりと早速チームの形ができ始めていたように思う。


 そして到着したロコースト。馬車で数日かかったようにあの山の研究所から大分距離があるが、追手から逃げるにはこれくらいがちょうどいい。

 街は野生の動物や魔物から守るため、ぐるりと防壁に囲まれていた。いざ来てみるとかなり大きな街で、都市とは言わないまでも車がないと不便そうだな、と感想を抱く程に規模があった。あの料理人の彼、ロシーに話を聞いたところ、ロコーストは様々な物資、情報、金銭が集まる街でアストリア王国において重要拠点の一つなのだそうだ。俺達にとってはますます好都合である。



「はい、では通行証を確認します」


 ロコーストは東西南北の各方角にいくつか出入口となる門があり、そこには鎧や槍などで軽く武装した門番が立っていた。東口の門の入場希望者の列に並び、順番が来ると門番が馬車の代表者へ通行証の提示を求める。


「ほら、確認したまえ」

「はい、確かに」


 御者の席に座り、ここまで馬車を運転してくれたミヤマがオスマンの遺体から剥ぎ取った通行証を見せる。その時に出した声はいつもの鷹揚な印象を受ける好々爺の声ではなく、欲を隠そうともしない太った男の声だ。声だけではなく、門番の相手をしているミヤマはその姿形もオスマンそっくりの太った男になっている。


 これは彼に備わった種族特有の能力によるものだ。ミヤマは影法師ドッペルゲンガー族。戦闘の技能はあまり持ち合わせないが他人に化けることで敵を欺くことに長けた種族である。今は姿と声を真似ているだけだが、化ける相手の血や肉などの情報があれば指紋や記憶、口癖や筆跡などより完璧になりきることができるのだという。遺体をまるまる入手できた今回では目の前にいるミヤマはもはやオスマン本人であるといって差し支えない。


「確認取れました。どうぞお通りください」


 当然門番に見破られることはなく、俺達は悠々と門を通過した。

 門より続いている大通りを一先ず進む。多くの人が通る門の付近には多くの店が点在しており、商店街のような賑わいを見せていた。



「そういえば、このオスマンの店はどこにあるんでしょうね?」



 馬車の中、ふとアサギがそんな疑問を口にした。


 あ、そういえばそうだった。商会を乗っ取るなんて大胆な計画を考えてみたものの、肝心の乗っ取る店の場所を知らなかったわ。

 

 自分の店の場所を示した地図なんて持ち歩く必要がないので当然オスマンの荷物にはないし、ロシー達もどこかから連れ去られた側なので知らない。これは街の中の誰かに聞くしかないだろう。

 ということで、俺とアレクが馬車を離れ、適当な店にただの親子を装って訪れて場所を尋ねることにした。ロコが、わたしもいきたいと言ったが今回はお留守番だ。身綺麗な恰好をした俺とアレクとぼろ布の服を着たロコが一緒では違和感を持たれてしまう。そうでなくてもあまりいい印象は受けないだろう。申し訳ないが乗っ取りが成功して綺麗な服を着せてあげられるまで我慢してほしい。


「お母様、どのお店に行きますか?」

「そうですねぇ、せっかくですし皆で食べられるものを買っていきましょうか」


 アレクと二人、手を繋いで街を歩く。門付近は本当に商業区のようで大きな店も小さな店もひしめき合っている。食べ物屋一つとっても綺麗なレストランからお祭りで見かけるような屋台まで様々だ。

 こうして歩いていると周囲の人間から視線を感じる。ひそひそという話し声も聞こえてくる。見慣れない顔の、美人な親子ということで注目されているようだ。俺の方には特に男からの、胸元やひらひら揺れるスカートの裾部分への視線が殺到している。女性は男からのこういう視線に敏感だと聞いたことがあるが本当のようだ。


「(……俺も気を付けよう)」


 ひそかに心の内で決心した。


 

 少し歩いて適当な出店を訪れた。パンにソーセージを挟んだホットドッグのようなものを売っている店だ。


「いらっしゃい! おや、別嬪の嬢ちゃんだねぇ!」


 体格のいい快活なおばちゃんが鉄板でソーセージを焼きながら出迎えてくれる。毛量のある髪を後ろで結わえた、頼りになる近所のおばちゃんという雰囲気の女性だ。


「こちらのパンを15個くださいな」

「ポルクパンだね! あいよ! 少し待ってな!」


 気合の入った声で返事をしたおばちゃんは人数分のソーセージを豪快に焼き始めた。鉄板上でころころ転がして焼く様は手際が良く堂に入っている。


「貴女はいつもここでお店を?」

「いや、この屋台はたまにしかやらないよ。普段はほら、この通りをもっと奥に行ったところにある酒場を経営してんのさ!」


 聞いてみれば料理が本職の方だったようだ。俺達もこれから仮にも飲食店をやろうとしているので先輩にあたる。


「そうなのですか。実は私も旅の仲間達とこの街でお店を開こうと思っておりまして……」

「おや、そうなのかい。街が賑やかになるのはいいことさ。歓迎するよ」

「ありがとうございます」


 何気ない会話を交わし、女性からパンで膨らんだ紙袋を受け取る。焼きたてホカホカのソーセージと柔らかなパンが何とも美味しそうに詰め込まれていた。ロコが好きそうだな、とくすりと笑う。


「そういえば店主さん、オスマン商会のお店ってどこにあるかご存じですか?」

「あん? オスマンのかい」


 帰り際、本題の質問をすると女性は顔をしかめながらも教えてくれた。見た目から受ける印象通り、あの太っちょの奴隷商人はあまり好かれていなかったらしい。件のお店は通りをこのまま真っ直ぐ進み、少し路地へ入った目立たない所にあるそうだ。


「嬢ちゃん、あいつのところに用があるのかい? 関わらない方がいいよ。自分の欲のために後ろ暗いことに手を染める奴だ。特に嬢ちゃんみたいな別嬪は何をされるか…」

「ご安心ください、そんなに関わるわけではありませんから。少しばかり手続きがあるだけです」

「そうかい? ならいいんだが…。私はサリーっていうんだ。何かあったら相談においで」

「はい、ありがとうございます。では」


 なかなか親切なおばさんだった。情報も食糧も手に入れたのでアレクと二人で手を繋いで馬車へ戻る。途中、美味しそうな匂いに我慢できなかったのかアレクが袋を物欲しそうな顔で見ていたので二人で一つずつ、歩きながら食べた。


 美味しいですねお母様、と口元にケチャップをつけて笑うアレクの笑顔が可愛くてほっこりした。





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