第12話











 サリーさんに教えてもらった通りに馬車を走らせ、無事にオスマンの店に着いた。外装はお世辞にもオシャレとは言えないが二階建てで思ったよりも大きかった。目立たない場所という立地もありどことなく暗い印象を受けるが、人身売買を裏で営むにはこれくらいがちょうどいいのだろう。


 鍵を開けて中に入る。少ないながらもテーブルやキッチン設備があり、一応飲食店という表向きの顔は保っている様子だ。とはいえやっぱり陰険な印象なので模様替えは必要だろう。キッチン設備の方はロシーに確認してもらったところ、少し古いが問題なく使えるとのこと。


 二階は居住スペースだ。大きめの部屋が一つと中くらいの部屋が二つの計三つ部屋があった。大きめの部屋がオスマンの部屋兼執務室だったようで、部屋を漁ると財務諸表やら小切手やらがドサドサ出てきた。机の下に黒光りする金庫も発見したのでジャコウのサーベルで斬ってもらうとお札やコインがジャラジャラ出てきた。あの男、相当汚い富を荒稼ぎしていたようだ。



「…どうですかジャコウ? います?」


「…ああ、確かに気配を感じる。この下だな」


 そしてこれだけでは終わらない。もとより店には売れ残った奴隷が何人かいるだろうと当たりを付けていたのだが、それは飲食店スペースのさらに下、つまり地下にいるという。

 そうこの店、なんと地下室まであったのだ。奴隷商人とはここまで巧妙に隠すものなのかとミヤマに聞いてみたが、ここまでするのは珍しいらしい。後ろ暗い商売が露呈しないよう得た財でがっちり身を固めていたということだ。サリーさんが嫌な顔をした理由が分かった気がする。


 というわけで、ロコ達を飲食店スペースや居住スペースで休憩させ、俺とジャコウとアサギが地下へ行くことに。ミヤマにはロコ達の監督を頼んだ。

 上手いこと家具で隠した隠し扉を通り、コツンコツンと暗い地下への階段を下りる。だんだんと人が出す物音が聞こえ、俺にも誰かいることが分かるようになってきた。


「……あぁ、なるほどね」


 地下室を見て俺はぼそりと呟いた。石の壁、石の床に囲まれたそこはどう見ても独房だ。淀んだ空気や漂ってくる匂いからろくに衛生管理もされていない、本当に人を飼うだけの場所だと一目でわかる。いくつもある檻には誰も入っていないが、階段から一番奥の檻に人影が見えた。


 その檻に向かい、中を覗き込む。


「っ…………」


 そこには長い金髪の女性エルフがいた。道中で出会った二人のエルフの女の子と比べるとこちらは少し妙齢というか年上だ。見た目年齢は大体30代といったところ。おでこに呪文のような不思議な刺青があるそのエルフは美しい表情を歪めてこちらをギッと睨んでいる。環境通りろくな扱いをされていないためか人間不信になっているようだ。


「……っ! ダメっ!」


「……あら」


 そんな彼女の背中から小さな影が顔を出した。茶色の髪の小さな少年、だがその小ささは普通ではなく、座っている女性の腰くらい、つまり手乗りサイズの少年だ。

 少年はあどけない顔で俺を見上げると、何かを感じたのかとてとてと歩み寄ってくる。それを女性が必死に止めて俺から隠すように抱いて背中を向けた。


「これは珍しい。小人族ですね」

「小人族?」

「ええ、人を幸せにする力があるという噂の種族です。その噂故に今は乱獲されて絶対数が減っているらしいですね」


 アサギの解説を聞いて、へ~、と納得する俺。檻へ一歩近づくと「来るなっ!」とエルフの女性から怒号が飛んできた。


「私になら何をしてもいいっ…! だがこの子はっ…、この子だけはっ!」

「何もしませんよ。そこにいるのは不快でしょう? 一階で皆でご飯でも食べませんか?」

「っ! ふざけるな! 人間など信用ならんっ! どこの誰かは知らんがそのような”闇の力”を内包しているような奴など尚更だ!」

「闇の力?」


 俺はこてんと首を傾げる。闇の力とは俺が戦闘時に開放するあれのことだろうか。今は戦闘してるわけでもないのであの力はまったく出していないはずなのだが、彼女には分かるのか? 一階の女の子エルフ二人組には何も言われなかったのだが。


「とぼけても無駄だっ! 隠していても私には分かるっ! ”闇”とはすべてを奪い去り、壊し、なくしてしまう恐ろしい力! そんなものを持つ奴らを信用し、食事だと? 馬鹿にするなっ!」


 どうやらそうらしい。ある程度年齢を重ねたエルフなら相手の有している魔力をある程度感じ取ることができるようだ。そして飛んでくる怒鳴り声。長きにわたる奴隷生活での人間不信と闇への恐れもあって俺は彼女にこれでもかと嫌われてしまったようだ。

 

「……おいビスカ、こいつはいいだろう。さっさと斬り殺しちまおうぜ」


 そう言ってすらりとサーベルを抜くジャコウ。彼女から飛んでくる罵声にうんざりしてるのか若干怒り顔だ。


「えっ、殺しちゃうんですか?」

「ああ。他の連中は仲間になってくれたがこいつはそうじゃないらしい。生かしておいてトラブルを起こされるくらいならここで殺した方が得策だ」

「うーん、それは一理あるんですけど…。アサギはどう思います?」

「僕もジャコウに賛成ですね。人手は上の人達で充分だと思いますし、無理にこの人を手元に置く理由はないかと。殺さないにしても外に逃がしてあげるとか」


 二人の意見としてはこのエルフは仲間にしない方針らしい。まぁ本人が俺達を蛇笏のごとく嫌ってる様子だし、チームのためにはその方が無難なのかも。

 でもなぁ、このエルフは歳を取ってる故か色々な情報を知ってそうなんだよな。さっき怒号の中で、使用者の俺も曖昧な闇の力について言及してたし、あんな感じの重要な情報をまだ握ってそうな気がする。

 それにあの小人族の少年も気になる。人を幸せにするという現時点ではあまりに情報が少ない彼はこちらに友好的な態度を取ってくれたし、できるなら仲間になって欲しい。ただ彼はエルフの女性に懐いてそうだし、そうなると二人セットにするべきだよな。


 ……よし、決めた。


「二人はこのまま保留で。仲間になってくれるのを待ちましょう」

「あぁ? 穀潰しを二人抱えるってことか? 大丈夫かよ」

「まぁその時改めて追い出すか処分するか決めればいいんです。知識のあるエルフと小人族なんて仲間になってくれたら頼もしいじゃないですか。しばらく様子を見てみましょうよ」

「はぁ…、分かったよ」


 ジャコウはやれやれといった感じでサーベルを鞘に収めてくれた。彼がこうやって女性エルフを排そうとするのも護衛として俺やアレクに害を及ぼさないようにするためなのだ。それを止めても俺の意向を聞いて剣を収めてくれる彼はすごくよくできた従者だ。


「…というわけです。後でここを掃除したり、服やご飯を持ってくるので待っててくださいね」


「……ふんっ」


 ジャコウがサーベルを抜いた時も動じなかった彼女は俺の声にもそっぽを向いた。その態度にジャコウがイラっとした表情になったのでまぁまぁと宥める。


「よろしければお名前を教えてください。私はビスカ・サンドラ。こっちの二人がアサギとジャコウです」


「…………ユタだ」


 檻に向かってしゃがみ、丁寧に自己紹介すると彼女は背を向けたままではあるが名乗ってくれた。こちらに対する嫌悪感や警戒心が強いが礼を失しているわけではなさそうだ。

 彼女、ユタが名乗ると今度は小人族の少年がユタの影からひょっこり顔を出す。


「……あの、ぼくフェル……」


「はい、よろしくお願いします」


 もじもじしながら名乗った小人族の少年、フェル。その仕草がお母さんに隠れながら挨拶する近所の子供みたいで可愛らしく、にっこり笑って返事を返した。そうするとフェルは目を瞬かせてひょいっとユタの影に隠れる。うん、やっぱり可愛い子だ。


「ではユタ、フェル。また後で来ますね」


「…………」


 返事はなかったが、二人にそう声をかけて地下を後にした。





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ラン・クリサリス もこみる @GOmill

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