第8話
▽
_しゃこ…しゃこ…
「はい、歯磨き終わりましたよ」
「……お母様、僕歯磨きくらい自分でできるよ」
「ふふ、ごめんなさい。貴方が可愛くってつい」
「…もう」
翌朝、俺とアレクは研究所にある洗面所で朝の支度をしていた。我が子の可愛さについつい構い過ぎてしまい、むくれてしまったアレクを宥める。
「姫様、アレク様。準備はよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよミヤマ。行きましょうか」
昨日話し合った通り、今日俺達はこの研究所を発つ。そして散ってしまった仲間達の情報を得るため、西の方にある街を目指すのだ。
活動資金となる貴金属などの金品やアサギの研究道具、食糧や生活用品など、一通りの準備は三人がすでに終わらせてくれていて、後は俺達の洗面待ちだった。ジャコウやミヤマがリュックのような荷物を持っている中、俺達だけ手ぶらというのは悪い気がしたが、王族にそんなことはさせられないと断られてしまった。
「ごめんねアサギ、僕が見つかったせいで研究所を…」
「まぁ仕方ないことですよアレク様。それに王妃様も目覚められたことですし、心機一転するにはいい機会です。研究はどこでもできますから」
研究所を出る時、少なからず責任を感じていたアレクがアサギに謝っていた。この子ではなく魔人だからと追いかけ回す人間の方が悪いのだが、この子なりに気にしていたらしい。アサギもその事は理解しているので笑って許していた。
「じゃあ皆、出発しましょう」
道中は基本的に森の中を進んでいく感じだ。草木が生い茂って足元に石や枝が散乱する道なき道を進むのだが、そこは全員人間よりも身体能力的に優れている魔人なので特に問題なかった。一番小さなアレクも疲れを感じさせることなくひょいひょいと進んでいくし、一応病み上がりである俺も苦になるようなことはなかった。
先頭は道を知っているミヤマが務め、最後尾には不測の事態に対応できるようにジャコウがいる。俺とアレクがその間を時々アサギに気遣われながら歩く感じだ。
「あ、お母様見てください。りんごがなってますよ」
「お、本当ですね」
_ピュンッ
アレクが見つけたりんご目掛けて闇の弾丸を撃ちこむ。上手いこと枝を撃ち抜いたみたいでポトッとアレクの手の中に落ちてきた。アレクはそれをシャクッと一口齧る。
「どうです? 美味しいですか?」
「はい、すごく新鮮で」
「ちょうど食べ頃なのかもしれませんね。もっと採っておきましょうか」
同じ要領でその木になっていたりんごを目につく限り採りつくした。西の街へはそこそこ距離があるらしいので食糧はなるべく多い方がいいのだ。果物は腐ったら腐ったで罠とかに使えるし。
「ここからはこの川に沿って進みます」
その後もクサイチゴやベリーなどの果物を収穫しながら森を進むと、大きめの川が流れる河原に出た。まさしく森の中にある川といった感じで透明感のある水には生き物もちゃんと住んでいるようだ。
ミヤマによると、ここからはこの川を下る方向へ進むらしい。水のおかげで涼しい川のほとりを歩くのは夏のレジャーに参加しているようで少しテンションが上がる。
それはアレクも同じようで、川に住むカエルや魚といった生き物に気を取られて足が止まり、アサギに呼ばれるといったことが度々あった。しっかりしているようでまだまだ好奇心旺盛な子供なんだな、と微笑ましくなる。
そうして朝から森やら川やらを歩いてお昼頃、一行は休憩をとることにした。まだ疲れは感じていないが無理は禁物。皆で川のほとりに腰かける。
そこで道中採ってきた果物などを食べてお昼ご飯にすることにした。その他にも研究所から持ってきた干し肉などの保存食を皆で齧る。
「せっかくですし、お魚も食べましょうか」
それだけでは食べ盛りのアレクや身体が資本のジャコウは足りないんじゃないかなと考えた俺は、せっかく綺麗な川があるので魚も捕ることにした。干し肉を小さくちぎって水面に撒き、魚が寄ってきたところを闇で突く。先端を鋭く尖らせた触手状に実体化した闇はモリのように魚の胴体へぶっ刺さった。川縁の浅いところにはザリガニも何匹かいたのでそれも捕まえる。
「王妃様、それは?」
「へ? ザリガニですけど」
皆のところへ戻ると、気が利くミヤマがすでに火の準備をしてくれていた。ただ魚はともかく、俺が持っていたザリガニを見てアサギが不思議そうな顔をする。他の皆も大体似たような反応だ。
「……もしかしてそれも食べる気ですか?」
「え? 食べないんですか?」
なんてこったい。聞けば彼らにはこういう甲殻類を食べる習慣がないのだという。カニやエビが好物の俺としてはショックな出来事だ。ザリガニだって可食部は小さいけどちゃんと食べることができる。田舎育ちな俺は子供の頃食べたことがあるし、料理動画だってネットに転がっている。こんな綺麗な自然溢れるところで旅をしていてこんなにいい食材に出会ったのだ。食べないという選択肢はないだろう。
「なら私が料理してあげます。アサギ、お鍋を貸してください」
「…はい、どうぞ」
いい食材であることを説明してもイマイチ彼らは実感が湧かない様子。ということで俺が実際に料理してあげることにした。アサギが手提げバッグの中からニュッと大きめの鍋を取り出す。
アサギのバッグは特別な技術が施されているようで、見た目以上の物を収納できる特別製だ。XYZ軸で表せる三次元空間の他に、虚数範囲の空間まで加えることで容量を大幅に増やした魔法のバッグである。ミヤマとジャコウのリュックも同じようなものでいずれもアサギの製作物だ。
「ふんふ~ん♪」
まずは下拵え。ペキッ、ペキッと子供の頃の記憶を思い出しながらザリガニの背ワタを抜いていく。この時、爪楊枝みたいに細く鋭く作った闇の触手でザリガニの脳を突き刺し、シメておくことも忘れない。
その後、川の水を沸騰させておいた鍋にぽいぽいっと入れて15分くらい茹でる。ザリガニは多くの寄生虫が住む寄生虫爆弾なのでしっかり火を通しておかないとお腹を壊してしまう。
しっかり火が通ったら真っ赤になったザリガニを取り出し、いい出汁がとれた茹で汁を網を使って濾す。泥や砂利などの汚れをしっかり取り除いておくのだ。
で、後は塩なんかで味を調えたら完成。ネギの代わりに緑のハーブを乗せちゃう。本当は味噌をといて味噌汁にしたかったのだが、研究所から持ってきた調味料になかったので断念。街で手に入ることを祈ろう。
いやぁ、懐かしいな。子供の頃叔父に教えてもらって大感動したっけ。川でエビが食えるっ、なんて言って。
「っ、お母様! これ美味しい!」
「むむ、確かにこれは…!」
「王妃様にこんな料理の知識があったとは、驚きです」
「こりゃいい。川ならどこにでもいるあいつらがこんなに美味い食材だったとはな。ビスカ、お前良く知ってたな」
その感動はどうやら皆とも分かち合えたようだ。俺が作った味噌抜きザリガニの味噌汁、最初は恐る恐る口を付けていたが、その味が分かると皆喜んでくれた。
ふふん、そうでしょうそうでしょう。ザリガニは生命力が強いのでジャコウの言う通り川なら基本どこにでもいる。自然の中の食材でこれほどお手軽かつ美味しいのはなかなかいないのだ。火さえ通せればまさにサバイバルにはうってつけの食材。教えてくれた叔父に感謝である。
「ふふ、温かいものを飲んだらお腹がぽかぽかして元気が出るでしょ。午後からも頑張って歩きましょうね」
「はい、ありがとうございますお母様!」
ザリガニ汁も飲んで、焼き魚も食べて、結構豪勢な昼食になった。お腹いっぱいになったので各自のんびり食休み。元々あまり急ぐ旅路でもないのでゆっくり身体を休める。
_…ピクッ
そうしていると、ジャコウが何かに反応した。笹の葉のような耳をぴくりと動かして森の方に目線を向ける。
「どうかしました? ジャコウ」
「……馬車だな。恐らく人間のものだろう。かなり近い場所を通ってる」
俺には何も聞こえないがジャコウは道行く馬車の車輪の音を感じ取ったらしい。進行方向は俺達と同じらしいのでもしかしたら西の街を目指しているのかもしれない。
「……少し、様子を見に行ってみますか?」
興味本位でそう提案してみた。特に何か意図があるわけではないが、情報やアイテムなど何かしら手に入らないかなぁという思惑があってのことだ。この世界の敵ではない一般の人間はどんな感じなのか見てみたい気持ちもある。
先日襲われたばかりなので皆は難色を示していたが、向かう方向が同じなら鉢合わせる可能性もあるということで、最終的に見つからないよう草むらから動向を偵察する運びになった。
ということで、食事後の火を消し、皆で音のする方へ向かっていった。
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