第3話













 あぁ、なるほどな。俺は今体験型VRゲームの世界にいるんだ。



 男からの説明を一通り聞いた後、俺はそう納得した。結構長い話だったが、その男から受けた説明の概要はこうだ。


 ここは剣と魔法が飛び交うファンタジーな異世界。ファンタジーと聞いて俺達現代人が想像する世界をほぼそのまま投影したような世界だ。多くの国々には王政が敷かれているし、エルフや獣人といった人間とは異なる特徴を持った人種もいる。


 

 で、目の前にいる男は魔人種と呼ばれている種族らしい。名をアサギ、類まれな魔力を有して生まれる悪魔族、その錬金術師だそうだ。よく観察してみると、側頭部の白髪からちらちらと小さめのツノが見え隠れしている。


 彼ら魔人種は昔、ここから遠い土地に自分達の王国を築き、その優れた力を存分に活かして生活していた。その国の頂点に君臨していたのがこの身体、ビスカ・サンドラの夫である”エドワード・サンドラ”。多くの者を引き付けるカリスマ性と優れた知力、魔力でもってたくさんの同胞達を率いていたそうな。


 ところがその王国はほんの10年前、人間達の手によって滅ぼされてしまった。”英雄”と称され、人間の域を遥かに超える力を持った戦士が現れ、そいつが多くの兵を率いて攻め入ってきたそうだ。いくら魔人種が優れた力を持っていても、人間種はこの世界で最も人口が多い種族。数で圧倒されてじわりじわりと追いつめられ、ついにエドワードがその英雄に討たれて国は解体されてしまった。


 今魔人種は世界中に散り散りになり、アサギも生き残った仲間と共に俺や生き残ったエドワードの一人息子、”アレク・サンドラ”を庇いながら人間達から逃げ回る日々を送っている。



 そしてそのアレクの母親にあたるこの身体、ビスカ・サンドラについてだが、国が滅ぼされる戦争の最中、意識不明の重体に陥り、長らく生死の境目を彷徨っていたようだ。国きっての錬金術師であったアサギが逃亡生活を送りながらも必死に治療を続け、ついに今日目覚めたのだと言っていた。



「……以上の説明で何かご不明点はございますか?」


「……えぇ、まぁ。しかし、少なくとも状況は理解しました。」



 アサギからここまでの説明を聞いて、俺は上記の判断に至った。あぁ、自分は今VRゲームをしているのだな、と。



 一昔前までVRゲームと言えば、振動や傾きを感知するジャイロ機能を搭載したコントローラや、リアルな世界を映し出すためのゴーグルなど、プレイのために様々な機器を使用する必要があった。しかし、IT技術と共に発展を続けてきた昨今のゲーム業界ではついに、そういった機器なしでもVR体験ができるゲームが登場した。


 活動の際に常に人間の脳から発信されている脳波。これに同調する周波数の電波をゲーム機本体から発信し、脳に現実と何ら遜色ない幻を見せるという仕組みだ。周辺機器が何も必要ない手軽さがユーザーにウケ、今のVRゲームの主流はこの形式である。


 俺の最後の記憶は自分の部屋であのブラウザゲームらしきウィンドウの”Play”ボタンを押したところまでだ。アサギのいかにもファンタジーちっくな世界観の説明と合わせて、俺は今そういうゲームを体験しているのだと解釈した。


「アサギ、ここは一体どこなのですか?」


「王国時代、アストリア王国の地下に造った研究所です。ここの存在を知る者は少なく、当面の間、貴女様の治療と隠れ家として使っていました」


 ストーリーは、人間の勇者に最愛の夫である魔王を殺された魔族の姫が、残された息子と部下達と共に再び組織を再建させていく、といった感じか。普通のRPGなら敵役の魔族サイドに焦点を当てた悪役系シナリオというやつだな。王道ではないが、一風変わった視点がワクワクさせられる設定だ。




「…そうですか、他の皆はどこに?」


「食料や備品を調達するため、外に出ています。もうそろそろ帰ってくると思いますが……」


 アサギがそこまで話した時、机の上に置いてあった何かの機会がビーッビーッと鳴った。石でできた無線機のような、レトロなデザインの機械だ。アサギはそれを取って操作し、話し始める。あぁ、やっぱり無線機のように通話できる機械だったっぽい。


「はい、アサギです。どうしました? ……なっ!? なんですって!?」


 俺がその様子を眺めながら吞気にそんなことを考えていると、アサギの様子が一変した。何か大変なことが起きたようだ。



「大変です王妃様っ! 仲間達が……! アレク様が人間に襲われていますっ!」



 通話を終えたアサギが俺にそう叫んだ。


 アレク……設定上では俺の息子だという存在か。今や魔人種の旗印とも言える王子が襲われているとなればそれは一大事だろう。ゲームにおける最初のイベントというやつか。俺の頭は冷静にそう解釈していた。


 だけど何故だろうか。アサギの報告を聞いた途端、胸の奥から形容しがたい焦燥感が溢れてくるのは。まるで本当に大切なものが奪われてしまうかのような、生々しく、リアルな感覚だ。



 俺が半ば茫然としていると、アサギが俺の前でガバッと膝をついた。


「お目覚めになったばかりの王妃様に無理を承知でお願いしますっ! どうか! アレク様を助けてくださいっ!」


 そう言って深く深く頭を下げたアサギ。それを見てドクンッ、ドクンッと俺の中の感覚が強まっていく。この胸を覆い尽くすような焦燥感と使命感、あの時より大分強いが、ブラウザゲームを起動した時と似ている。


 やがてその感覚は俺の身体では収まり切れないほど大きくなっていき……






 _ズオッ!!





 ”闇”が弾けた。











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