第2話










 _ハルギア歴1426年

 アストリア王国 某所


 


 _コポコポ……


 泡がはじけるような静かな音を聞き、俺はゆっくり目を覚ました。

 あれ、一体俺は何をしていたのだろう。何故だか記憶が曖昧だ。意識も少し朦朧としている。


 確か昨日は大学の課題を喫茶店で終わらせて、その後電気屋で買った本を読みながらずっとパソコンを弄っていたはずだ。それから…、そうだ。何だかよく分からないブラウザゲームらしきものを起動したんだ。そこから、どうなったんだっけ。眠気に負けて寝落ちしてしまったのか?





「おぉっ……! 王妃様っ! ついにお目覚めになられたっ!」


「っ……!?」


 突然目の前に見知らぬ男がいたからびっくりした。ガラスを隔てた向こう側に、白衣を纏った細身で白髪の男が立っている。左目に十字架の刺繍がある眼帯を付けてさらにその左目を前髪で隠した、大体20代くらいの男だ。その男が何か知らないけど俺を見て感極まっている。


 え? なに? どうなってんの? 王妃様ってなによ。



「少々お待ちを、王妃様。今カプセルから解放いたします」


 男は俺の足元で何かを操作し始めた。手元にぼんやりと薄緑色の魔法陣が灯り、ガコンッと音がしたと思うと、俺の周りを囲っていたガラスがゆっくりと開いた。それと同時にパシャアッと床に、魔法陣と同じ薄緑色の液体がぶちまけられる。あまりに自然に馴染んでいたので気づかなかったが、俺は今までその液体に浸かっていたようだ。


「……気分は如何でしょう、王妃様」


「がふっ……! はい、何とか……」


 返事をしようとしたら口からも薄緑色の液体が出てきた。少しえずいて返事を返す。

 何なんだよさっきから王妃、王妃って。俺は男だっつーの。


「……………?」


 そう思っていたのだが、足元に散らばったガラスの破片を覗き込むと、何とも艶美な女性がこちらを見ていた。

 歳は見た感じ20代後半だろうか。くすんだ灰色の髪が腰のあたりまで伸び、毛先にウェーブがかかっている。同じ感じの前髪が右目を軽く隠しており、ジトッとした印象の目には緑色の瞳が内包されている。

 そして何も身に纏ってない。完全な全裸だ。つるりとした真っ白な肌も胸元のピンク色も惜しげもなくさらされている。


「っ……!」


 悲しいことにこの歳まで女性と関わったことがほとんどない俺には刺激的すぎる姿だ。非常に美しくて綺麗ではあるのだが、ずっと見続けられる度胸がない俺は慌てて顔を逸らした。するとガラスに映る女性も同じように顔を逸らす。


 ん? 何かがおかしい。


 そう思ってふと自分の身体を見下ろすと、慣れ親しんだ自分の身体ではないことに気づいた。まさにガラスに映っていた女性と同じような、白くて柔らかな肉体に変化していたのだ。これはもしかして……


 もう一度ガラスの破片を覗き込み、ひらひらと手を振ってみる。するとガラスの中の女性は寸分違わず同じ動きを返した。他にも指を立てたり、ウインクしてみても女性は俺とまったく同じ動きをする。


 間違いない。ガラスの中の綺麗な女性はどうやら俺らしい。男が先程から繰り返す王妃様とやらも俺に違いないようだ。



「…どうされましたか王妃様? どこかお加減が……?」


「……いえ、何でもありません。大丈夫です」


 俺の様子を見ていた男がそう問いかけてきたので曖昧な返事を返す。


「ご自分のお名前は? はっきり口に出せますか?」


「……ビスカ・サンドラ」


 男の問いかけに、俺は自分の名前である”如月きさらぎ まこと”と答えようとしたのだが、その瞬間脳裏に別の名前が思い浮かんだ。恐らくこの女性のものであろう名前を気づけば口にしていた。


「良かった。記憶の混濁などはなさそうですね」


「……いえ、何が起こっているのか分からないことだらけです。良ければ教えてもらえますか?」


 鈴を転がすような美しい声で、俺は男にそう問いかけた。











 


 


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