ラン・クリサリス
もこみる
第1話
▽
_2037年 5月17日
日本
市内 某喫茶店
「……ふーっ、ようやく課題が終わったぁ」
コーヒーをすすりながら小一時間パソコンと睨めっこをしていた俺は、ようやく作業を終えてぐーっと伸びをした。
残っていたコーヒーを一気に飲み干して伝票を持って会計へ向かう。思いの外課題が手強くて予定よりも長居してしまったのだ。荷物をまとめてレジに行き、代金を支払う。コーヒーと小さめのケーキを頼んだので1000円ちょい。あまり金持ちではない俺にとって少し痛い出費だが、厄介な課題を片付けられたと思えば安いものだ。
喫茶店を出ると、日が西の方へ傾き、空がうっすらとオレンジ色になっていた。時計を見るともう夕方だ。大学の講義が終わってからすぐにこの喫茶店を訪れたので、随分長いこと頑張っていたんだなぁと自分で自分を褒める。晴れやかな気持ちで帰路についた。
「……おぉっ、この本面白そうじゃん」
その途中、俺はふらっとよく行く電気屋へ入った。大学では主に生物学や生理学を専攻している俺だが、ITや機械といった分野にも関心がある。単純に科学系の話が好きなのだ。
電気屋の専門書コーナーでネットワーク関係の本を手に取る。プロトコルの詳細やら通信規格、暗号化について述べられている本だ。よく友達には、そんな小難しい本よく自分から読もうなんて思うよな、なんて言われる。俺もそう思うが、自分が興味のあることはとことん調べられる
そんな俺は気に入ったネットワーク関係の本を購入して電気屋を出た。専門書なだけあって少々値の張る本だったが、課題を終わらせて気分ルンルンだった俺は自分へのご褒美として買ったのだ。本の分重くなったカバンを持って自宅のアパートへ向かった。
「ほうほう、なるほどな」
その晩、早速俺は買ってきた本を片手に家でパソコンを弄りまわしていた。次の日が休日ということもあってがっつり夜更かしをしている。夕食や風呂などをパパッと済ませて机に向かうこと早数時間、ずっと座りっぱなしなのはさすがに疲れて一度椅子から立ち上がる。机の上の本に目を落とせば、半分くらいの内容をぶっ続けで読んだみたいだ。外国語とか一般教養とか、その辺の講義でもこれくらいの集中力を発揮出来たらもっと成績が上がるのにな。
それはさておき、さすがにもう遅い時間だ。残りは明日やろうと本に栞をはさみ、パソコンの電源を落とそうとした。
「……ん?」
その時、俺は画面上に気になるものを見つけた。作業中、分からない単語を調べるためにブラウザを立ち上げていたのだが、いつの間にやらその画面端にもう一つウィンドウが開いていたのだ。
_お願い…アレクを救って……
真っ暗な背景に赤い文字でその一文だけが表示されている。そのウィンドウの下部には”Play”と”Exit”のボタンがあり、どうやらブラウザゲームのスタート画面のようだ。特に怪しいサイトを覗いた覚えはないし、ウィルスバスターも反応していない。マルウェアや不正ソフトというわけでもなさそうだ。恐らく、調べ物をしている最中、知らずに広告か何かをクリックしてしまったのだろう。
今日は大学が終わった後すぐに課題を終わらせて、その後はずっとネットワークの勉強をしていたためすごく眠い。普段ならいざ知らず、その時の俺はとてもこれからゲームをやってみようという気にはならないはずだった。
「…………」
だけどなぜだろうか。黒塗りの背景に赤文字だけという何の魅力もないブラウザゲームを、俺は起動しなければいけない気がした。使命感というか焦燥感というか、とにかくそういった何かが俺にゲームを動かせと突き動かしたのだ。
ゆっくりとマウスを動かし、”Play”のボタンにカーソルを合わせる。
_カチリ……
そして俺は静かにクリックした………。
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