第6話
▽
_2037年 5月19日
青葉京院大学 302講義室
「__よし、今日の講義はここまで。ここの単元はテストにも出すからしっかり復習しておけよ。じゃあ、各自出席カードを出して解散」
休日を一日挟んでの授業日、講義終了のベルが鳴ると、教壇に立った教授は教科書を閉じて講義を締めた。生徒達が各々席を立って教室の外へ向かう。
「……う~ん」
そんな中で俺は席に座ったままスマホとにらめっこをしていた。原因は一昨日やったあのゲーム。あれからあれがどこの会社からリリースされたものなのか、どんなゲームなのかを少し調べてみたのだが、検索をかけても製作会社はおろかゲームの名前すら分からない。知り合いに聞いてみてもそんなゲームは知らないという。
ではあのゲームは一体何なのか。それが分からなくて今までずっとモヤモヤしていた。
「よっ、何しけた面してんだ?」
「……
そこへ俺の友人の一人、
「今朝のゲームのことか? そんなに気にすんなって」
「でも名前も会社も分からないってなんか気になるだろ」
「楽しかったならいいじゃないか。隠れた名作ってやつだったんだよ」
ほら、次の講義は英語だろ。早く行こうぜ、なんて、萩野は俺の肩を叩く。腑に落ちないところはあれど、俺は教科書を片付けて次の講義室へ向かった。
「そういえばさ、昨日チャットに送った動画見てくれたか?」
「ダンス動画だろ? 見たよ。また新しい曲作ったんだな」
その道中で萩野といつも通りの会話を交わす。こいつの所属するダンス部では、定期的に自分達で作ったオリジナルの曲に合わせて踊る動画をインターネットにアップしている。SNSが全世界に浸透した現代に合わせて精力的な活動をしているのだ。
その動画が昨日萩野から送られてきた。今回は軽音サークルの連中も巻き込んで作った力作だとのメッセージを添えて。
「で、どうよ? 感想は?」
「今回もすごくいいと思ったよ。いつにも増して演出やカメラワークに力が入ってたし」
「だろ~? 今回は曲やダンスの精度の他に、撮影方法とか編集にもこだわったからな~」
俺のコメントに萩野はえらく上機嫌になる。俺のような歌とかダンスの素人のコメントがそんなに嬉しいものかと疑問に思うが、本人は、そういう第三者の意見で褒められるのが率直で嬉しいのだと言っていた。
ちなみに昨日の動画の歌手役は萩野だった。軽快な音楽と共に画面中央で歌って踊る萩野が印象的だった。
そんな会話をしながら次の講義室に着く。黒板から近過ぎず遠過ぎずのいつもの定位置に二人で座った。そのまま講師が来るのを待っていると、隣の萩野が「わっ」と声を上げた。
「どうした?」
「見てくれよこれ! 昨日の動画がすごい伸びてんだ!」
ずいっと萩野が見せてきたスマホの画面には、ダンス部公式のチャンネルにアップされた昨日のダンス動画が映っていた。萩野が嬉しそうに指差しているのはその再生数。今までの動画より桁が一つ多く、1000回以上再生されていた。コメントもいくつか付いている。
「おぉ、すごいじゃん。良かったな」
「ありがとう! 力を入れて作ったものが評価されるのは嬉しいなぁ」
萩野はしみじみとその動画を眺めた。客観的に見ればたくさんの人が動画を投稿しているサイトの1000再生なんて多い内に入らないのかもしれないが、本人が喜んでいるんだからそれでいいだろう。俺だって嬉しい。
それに、今まで数百再生くらいだったものが1000以上再生されたということは、成長していることは事実なのだ。萩野がダンスに力を入れていることは知っているのでこの調子で伸びていってほしい。
「Hi、皆さんおはようございます。英語の講義を始めますよ」
そんな萩野を眺めていたら、英語の講師が入っていた。いつもは少々憂鬱な英語の講義だが、今日はほんわかと嬉しい気持ちで迎えられた。
「…ふぅ~、ただいま」
本日の講義が終わって夕方、俺はアパートに帰ってきた。シャッとカーテンを閉めて、ガサゴソと持っていたビニール袋を漁る。取り出すのは帰り道のスーパーで買ったパック寿司。たまたま立ち寄ったら半額で売られているのを見つけ、つい買ってしまった。割引で売られている寿司は、大学生の定番メニューだと勝手に思っている。
「後は……」
冷蔵庫からキュウリやキャベツといった野菜を取り出し、適当に切って皿に盛りつける。後はジンジャーエールも取り出してコップに注ぐ。パック寿司と並べて見ると、何でもない日にしては随分と豪華な夕食になってしまったが、まぁいいだろう。
萩野の活動が評価されたことへのささやかなお祝いだ。
「じゃあ、いただきます」
俺は少し早めの夕食をいただいた。
「…今日は特に面白い番組はやってないか」
その夜、今日は特に急ぎの課題もないため些か暇になっていた。ピッピッとテレビのチャンネルを変えてザッピングしてみても、ピンとくるような番組はやってない。ニュースやスポーツ、後は普段あまり見てないドラマやバラエティーばかりだ。
「…う~ん、どうしようかな」
テレビを消してごろんと寝転がった。ふと顔を横に向けると、机の上に置かれたデスクトップパソコンが目に入る。例のゲームをプレイしたあのパソコンだ。
「…そういや忘れてたな」
萩野の嬉しいことがあったから意識から外れていたが、ちょうどいいものがあった。俺は起き上がってパソコンを立ち上げる。ブラウザのブックマークリストからあのゲームの名前を探した。最後に見た時は”Play”のボタンが無効化されていて起動できなくなっていたが、今はどうだろうか。
「おっ、やった。起動できるようになってる」
時間を置いたからか、開いたゲームのサイトでは、ちゃんと”Play”ボタンが色を取り戻していた。起動できるようだ。
「…あれ、そういや文字が変わってるな」
そのサイトは相変わらずの赤文字に黒背景。だがその赤文字で記されている文が前回とは違っていた。
_アレク……もう少し待っててね…
今回はそう書かれていた。もしかして起動する度に文が変わるとかそういう演出だろうか。ちょっと気にはなったものの、まぁいいかとすぐに流した。
萩野に言われたことを思い出したのだ。確かにこのゲームについては気になることが多いが、楽しくプレイできているのだから細かいことは気にしない。このゲームが多くの人に知られて有名になった時に明らかになるかもしれないし。
ちらりと時計を見る。まだ午後8時過ぎ。深夜に始めた一昨日と違って長めにプレイできそうだ。
俺はマウスカーソルを”Play”ボタンに合わせ、クリックした。
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