第十一章  返信

3号車のベンチ。

新幹線のプラットホームの端にある、人影もまばらな場所に二人は座っていた。


缶コーヒーを右手と左手にそれぞれ持ちながら。

もう一方の左手と右手を握り合っていた。


まだ肌寒い小春日和の午後の時間。

寄り添う二人の温もりが心地良い。


ぶつけ合った気持ちを確かめ合うように。

里美と山下は幸せを噛みしめていた。


好きだと言う前に。

天使は口づけをくれた。


柔らかかった。

夢に見た唇の感触だった。


もう、放したくない。

放すものかと思った。


里美の髪から甘い匂いが漂う。

ずっとこの香りに浸っていたいと思う。


「ねぇ・・・」

この世で最も心地良い音色の声が聞こえた。


「なに・・・?」

右手の温もりをギュッとしながら男が聞き返した。


「新幹線・・・出ちゃうよ・・・」

左手で握り返した天使が囁いた。


「いいよ・・・次にするから・・・」

絡まる指が愛おしい。


「そんなこと言って・・・もう、五本目だよ・・・」

汗ばむほど、握り合っている。


「里美さんこそ・・・遅くなるよ・・・」

「だって・・・」


見つめ合う二人は、キスしたい衝動を何とか抑えていた。

さっきは勢いで唇を重ねたけど、さすがに恥ずかしさが勝る。


しかも今日、告白したばかりなのだ。

里美は男の肩に顔を埋めるように、もたれさせて呟いた。


「折角、気持ちを確かめたのに・・・もう、遠距離恋愛なの?」

甘える声が男の胸を貫く。


「じゃあ・・・やめようか?」

「そんな、ひどいっ・・・」


里美は男が気持ちを翻したかと思い、悲痛な声を漏らした。

予想外の女の狼狽えように、戸惑いと嬉しさのこもった声で男は言った。


「ち、違うよ・・・転勤をやめて・・・何なら会社もやめて・・・」

男の言葉に安心を取り戻した女は、ギュッと手を握りなおし呟いた。


「わたしが・・・会いにいく・・・名古屋なんて、すぐだもん・・・」

「里美さん・・・」


恋人達の心は一つになり、溶け込んでいった。

山下は細い肩を抱き寄せ、天使の温もりを改めて実感するのであった。


3月の東京駅のプラットホームに、春の夕日の影が落とされていくのだった。

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