第九章 プラットホーム

「あと、10分・・・やっぱり・・・・」

腕時計を見つめながら、山下は呟いた。


昨日、里美に送ったメールでは土曜日の今日、15時発の新幹線のプラットホーム15号車のエリアで待ち合わせするよう記載していた。

メールには自分の里美への告白を明確に綴っていた。


だから、見送りに姿をあらわさなかったら里美の心は自分へは向かなかったのだと諦めようと思っていた。

でもいざ、時間が迫ると山下の心は切ない気持ちでいっぱいになっていた。


もう、片想いの気持ちを浮かべる権利さえ奪われるのだ。

儚い想いを胸にプラットホームを眺める山下だった。


だが、その時。

長いホームの向こうから走ってくる影が見えた。


小さなシルエットが徐々に大きくなると、それがずっと思い浮かべていた天使だと分かった。


山下はスーツケースをそのままに、影に向かって走っていった。

里美は髪を振り乱し、スプリングコートの裾をはためかせながら走っている。


11号車の付近で二人は向かい合うことができた。


荒い息を吐く里美は両腕を膝につき、小さな身体を呼吸に合わせ上下させている。

山下は戸惑いながら里美の様子をうかがっていた。


ようやく息を整えた里美は、それでも苦しそうに声を漏らした。


「メールには5号車って書いてあったから、わたし、一時間も前から待ってたのよ・・・」

「ええっ・・・?」


里美の言葉に山下は絶句した。

又、やらかしてしまったと思った。


メールでは15号車と打ち込んだ筈だ。

だが、何かのはずみで「1」を消してしまったのかもしれない。


「メールで返事もしたし、いくら待っても・・・山下さんが来ないから・・・」

苦しそうに里美が言葉を続けている。


「おかしいなって思って電話しても、電源・・・切れてるし・・・」

「あっ・・・そういえば・・・」


山下は思い出した。

里美からの断りのメールがくることが怖くて、すぐ、電源を切っていたことを。


「ご、ごめん・・・へ、返事を見るのが怖くて・・・号車番号、間違えていたんだね・・・・俺って、本当・・・おっちょこちょ・・・・」

最期の言葉は里美の唇でふさがれた。


「これが・・・返事・・・よ・・・」

短いキスのあと、里美は精一杯の想いを伝えた。


「す、鈴木・・・さん・・・」

「里美・・・て、呼んで・・・・」


山下の言葉を再度、里美はさえぎった。


男は両腕で力いっぱい抱きしめた。

ずっと思い焦がれた天使の身体を。


山下が予約した15時発の新幹線がゆっくりと動きだした。


「あっ・・・新幹線・・・出ちゃった・・・」

里美の声がくすぐったく聞こえた。


「いいよ・・・次の・・・自由席で・・・」

山下の囁きが女の髪に溶け込んでいった。


3月中旬の東京駅。

新幹線のプラットホームに恋の花が一輪、咲いた。

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