第八章 最期のチャンス

「ば、ばかやろうっ・・・」

橋本は本気の声で怒鳴った。


山下は今までライバルと思っていた親友に向かって、素直な気持ちを打ち明けていた。

これまで里美のことで何かと衝突していた二人だったが、同期入社仲間の中で一番、波長があう相手だったから。


「だから、お前以外の男には渡したくないんだよ・・・」

額縁に入れた「里美ファンクラブ」の規約を手にして言った。


「たかが名古屋への転勤だろう?大袈裟なんだよ・・・」

橋本は納得いかない表情で呟いた。


「そんなの、きれいごとさ・・・」

山下は自嘲気味に言った。


「毎日、一緒にいる奴にはかなわないさ・・・水野さんくらいイケメンなら別だけど」

「確かに・・・そうだよなぁ・・・」


二人は最近オタクのベールをはぎ、社内中の女子社員を虜にした水野の変身ぶりを思った。

そのイケメンも、これも社内イチの美人の大島さんと婚約したらしい。


「だから・・・さ・・・」

山下が真剣な表情に戻ると、橋本も何も言わず耳を傾けた。


「最後のチャンスだと思ってる・・・」

山下の右手がこぶしを作っている。


「俺が東京を離れる日、告白するつもりだ・・・」

「そんな・・・その前に言えよ・・・」


山下の口元が緩んだ。


「怖いんだよ・・・」

焦れったそうな親友に向かい、ゆっくりと言葉を継いでいく。


「もしも振られたら、彼女の顔を見る自信がないんだ・・・」

橋本は何も言えず、ジッと聞いていた。


「予約した新幹線の発車時刻に見送りに来てくれなければスッパリ、あきらめる」

「そんな・・・」


「事前にメールで告白しておくから、来ればOK、こなければNG・・・」

「お、おい・・・」


「これほどシンプルなことはないだろう・・・?」

「それは、そうだけど・・・」


橋本は改めて恋のライバルであり、同期入社の親友を眺めた。

相変わらずの独りよがりのガンコな性格は喧嘩もしたけど、愛すべき男だった。


「だっせぇ・・・・」

思わず漏らした言葉に、山下もクスっと笑った。


「しかも新幹線のホームで告白なんて、JRのCMでも使わないぜ」

「確かに・・・」


二人は弾けるように笑い出した。

バカバカしいストーリーが山下らしくて良いと、橋本は思った。


「それで・・・何号車なんだよ?」

「15号車・・・って、見送りには来るなよっ・・・」


「行くわけねえだろ・・・全く、面倒くせぇなあ・・・」

「ほっとけ・・・」


二人は目を合わせ、再び笑い声をあげた。


「う・・・うぅん・・・」

隣りのブースから声が聞こえると、今が昼休みだということ思い出した。


「じゃあな・・・」

自席のブースに戻る橋本を見送る山下の隣りのブースで、雑誌を顔にかぶせて昼寝をしていた男の目が瞬いたのを二人は知るはずもなかった。

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