第三章 ライバル
自席のブースに戻った里美の視線は、オフィスの奥にある模型室に向けられた。
窓越しに山下が熱心に模型を作っているのが見える。
結構、慌て者のところはあるが建築に対する情熱は遠藤が言う通りだと、朝の会話で再認識したのだ。
模型や図面を見つめる真剣な眼差しは、普段は気づかない男の魅力を里美に与えていた。
(か、かっこいい・・・)
素直にそう思う里美であった。
「里美ちゃん、ちょっと、いいかな・・・?」
不意の声に現実に戻された。
「急で悪いんだけどぉ・・・」
猫なで声で話す男、吉田が立っていた。
手で書きなぐった文字で埋まった紙を持っている。
乱暴で読みにくい字だということは一目でわかった。
どうせ、期日を忘れていて慌てて書いたに違いない。
又、急な作業を頼みやすい里美に依頼しに来たに決まっている。
里美はうんざりした気持ちになった。
仕事の依頼もそうなのだが、「里美ちゃん」と馴れ馴れしく呼ぶことが特に嫌だった。
山下のような若者ならともかく、32歳の男に「ちゃん」づけされるのはセクハラのようで軽い寒気がするのだった。
遠藤等は一貫して苗字で呼ぶというのに。
「ダメっすよ、吉田さん!」
強い口調で、橋本が吉田の後ろから声をかけた。
「鈴木さんは今日、本部長に言われた仕事があるんですから」
「えっ・・・本部長・・・?」
上役の名前を出されて吉田の表情が変わる。
咄嗟に他の事務員の方をみるが、無視するように画面に集中していた。
タメ息をつくと、肩を落として自分のブースに戻っていった。
「まったく、ワープロくらい自分で打てっつうの・・・」
両手を腰に当てて呟く橋本に、里美はクスっと微笑んだ。
「ありがとうございます、橋本さん・・・助かりました」
笑顔で言う御礼の言葉は、男にとって無上の御褒美であった。
山下同様、里美を崇拝する橋本は小さな幸せを噛みしめている。
二人だけのファンクラブのヒロインと話せたことで、たとえ吉田であっても感謝したいくらいだった。
「い、いいんだよ・・・それより、今度の土曜日、映画でも・・・」
このチャンスを逃すまいと咄嗟に言葉にしたのだが、山下の睨みつける眼差しにトーンダウンさせられた。
「ゴメンナサイ・・・土曜日は用があって・・・」
すまなそうに俯く、里美越しに山下の嬉しそうな顔が見えた。
「い、いや・・・いいんだ・・・ま、また誘うから・・・」
瞬時に断られたことで、日曜日へのリクエストは勇気が出なかった。
こうして、ライバルの牽制のし合いで天使への告白は延期を余儀なくされるのであった。
当の里美は二人には好意を持っていたが、それ以上の想いに気づくことなく「鈍感」というレッテルを社内中の男女から貼られていた。
そう、里美以外は社内中のほとんどの社員が知っていたのである。
山下と橋本の恋の行方を面白そうに眺めていたのだった。
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