第一章 最悪の選択

「やめてっー・・・・」

雨の中、里美の悲鳴が響いた。


「ぐぇっ・・・」

にぶい音が山下のミゾウチに入り、呻き声が漏れる。


「ちくしょうっ・・・」

反撃のパンチが橋本に向かう。


ゴキッと鼻が赤い血と共に曲がった。

そのまま腰にタックルすると、山下と二人は絡まるように水たまりに転がった。


「やめてっ・・・やめてったらぁ・・・」


雨粒でずぶ濡れになった里美の髪が顔にまとわりついている。

大きな瞳は雨ではないもので濡れ、頬に流れていく。


「本当に・・・や、やめ・・・てぇ・・・うぇー・・・ん」

里美の泣き声に男達は顔を上げると、互いを見つめ合い頷いた。


【里美ちゃん・・・】

二人は同時に声を出し、愛する天使に向かって近づいていった。


血と泥が、ずぶ濡れになった白衣に染みを作っている。

大雨が降りしきる公園での天使をめぐる決闘の跡が、二人の腫れた目蓋や唇に残っている。


「うえっ・・・ひっく・・・・」

嗚咽を漏らしながら泣き続ける里美に何と声をかけていいのか、男達は戸惑っていた。


二人は今日こそ決着をつけるべく対決したのだ。

愛する天使をどちらが射止めるかを。


だが、里美は目の前で殴り合う男達を必死に止めようとしていた。

自分をめぐって決闘するなどという、古臭い映画みたいなシーンは見たくなかったのだ。


「お願い・・・やめてぇ・・・」

里美は泣き声を漏らしながら男達の腕をつかんだ。


会社のユニフォームでもある白衣を着こんだ二人は、袖にかかる天使の重さを実感している。

雨と涙でグシャグシャになった顔は、それでも美しいと男達は思った。


「里美ちゃん・・・」

橋本が最初に声を出した。


自慢のオシャレなヘアスタイルも、雨と泥でペシャンコになっている。

止まらない鼻血が口元に流れていく。


「俺と山下・・・どっちをとるんだ・・・?」


先を越された山下が口を挟もうとした瞬間、里美が両手で顔を覆い泣き出した。

細い肩が小刻みに震えている。


男達は儚い天使を見続けるしかなかった。

暫らく泣き続けた後、里美は顔を上げ男達に言った。


「私、どちらも選ばないわ・・・・」

宣言するようにキッパリとした口調だった。


「だって、私の好きな人は・・・」

男達の喉が鳴る。


「好きな人は・・・・遠藤さんなのっ!」

小さなこぶしを二つ、握りしめて叫んだ。


【エエッー・・・・!?】

二人の声が重なった。


橋本がヨロヨロと膝をついた。

山下も倒れそうになりながら、声を絞り出した。


「そ、そんなぁ・・・・」



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