第五章 CAD設計
「この壁を移動するのは、このコマンドをヒットしてXとYに数字を入力するの・・・」
「こう・・ですか?ああ・・・なるほど・・・」
恵理子に教わりながら、里美がたどたどしく図面を作成している。
一通り事務作業も終わったので、恵理子にCAD設計の手ほどきを受けていた。
里美は恵理子の影響もあって、CAD設計の専門学校に通いだしていたのだ。
土曜日と、平日の何日かの夕方、少しずつであるが学習していた。
時々、恵理子が手をすく時間に復習を兼ねてCAD入力の作業を手伝っていた。
遠藤が簡単な図面を手配してくれていた。
その中には、山下の物件をわざと混ぜるよう指示するのだった。
若者は上司のお節介をありがたく思いながら、天使に向かって、はにかむ表情で図面の説明をしていた。
「うん・・・ありがとう、随分上達したね。スピードも早くなってる・・・」
「本当?嬉しい・・・」
あの「事件」から一週間が過ぎていた。
二人の若者は里美に対して謝罪の後は、開き直るかのように積極的に愛情を表現した。
あれだけ衆目の的に晒された鈍感な天使もさすがに二人の熱い想いを意識し、それほど嫌な気分ではないことを認めた。
むしろ、真剣な告白が嬉しく毎日を充実した気持ちで過ごしていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・で?」
いたずらな目で恵理子が聞いた。
「え・・・?」
里美のとぼけた表情は遠藤ソックリで可笑しかった。
「どっちが好きなのよ・・・?」
焦れったそうに聞く。
「そ、それはぁ・・・」
自分でももどかしいのか、口ごもっている。
「橋本君の方がオシャレだし、ハンサムよね?」
強引な口調が恵理子らしくはなかった。
「結構、社内の女子社員にも人気があるし・・・」
挑発するような言い方に里美も反撃するのだった。
「水野さんには、負けますけどね・・・?」
痛いところを突かれて、恵理子は黙ってしまった。
敵が怯んだことに気を良くして、里美も更に攻勢に出た。
意地悪い笑みを浮かべ、言葉を続けていく。
「だってぇ・・・バレンタインチョコ、凄かったもの・・・」
恵理子はあの日の悪夢のような情景を浮かべ、口元を歪ませた。
何人もの女子社員が貴男を取り囲み、チョコを渡していた。
遠目で見ながら、恵理子は貴男のオタクのベールを外したことを心の底から悔いていたのだ。
二人の仲を公表して騒ぎは収まったかに見えたが、ホワイトデーを目前にする女子社員達が、微かな期待を胸に貴男にサインを送っているのは、心穏やかにはならなかった。
里美は仕返しとばかりに恵理子を困らせる言葉を続けていくのだった。
「大変ですよねぇ、イケメンの彼氏を持つのも・・・」
元はと言えば自分の方が先に水野の魅力を発見していたのに、恵理子にとられたようなものなのだ。
だけど、今は。
里美は心に浮かんだフレーズを言葉にするのをためらっていた。
そうなのだ。
里美の中では既に答えは出ていたのだから。
「フフッ・・・」
可愛い後輩の反撃を受け止めた恵理子は、いじらしい表情に口元を緩ませた。
そして、自分と同じ幸せの温もりに浸らせるべく、優しく囁くのだった。
「大丈夫・・・その気持ち・・・大切にしなさい・・・」
「恵理子さん・・・」
そっと自分の手を握る恵理子の温もりが嬉しかった。
里美はその励ましにこたえるように、握り返した。
答えは既に出ている。
自分の想いを確信するように、恵理子の手をギュッとするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます