第七話 瑠衣の隠された真実②
「瑠衣ちゃんが、猫又が生物兵器……? 人造生命体……? なにそれ……?」
あまりの衝撃に自分をどこかで第三者のように見つめそうになるが、震える声で彩芽さんに訊いてみる。
「言った通りの意味よ。猫のDNAを使って作られた人間そっくりの生物ということ。この人造生命体は体内の細胞の大きさや形を体の四倍程度の範囲内で自在に変え、変形させることができる特殊能力を持っているわ。2パターンの遺伝子記憶情報を所有することによって、低身長の大人ほどの人間の姿になったり、猫の姿になったりできるということ。ただしこの変身能力は代謝を一時的に大きく活性化させるため、かなりのエネルギー源が必要になる。よって空腹で体内にグリコーゲンが枯渇している状態では変身できない。そして高カロリー消費という代償の大きい変身能力を有していることから、生命維持のために食欲が旺盛で、基礎代謝を最小限に抑えるために、本人の意思で生命の危機にならない程度の範囲内なら自由に代謝を操れる。例を挙げると体毛や毛髪サイクルを極限まで遅らせることも可能。だから抜け毛も極限まで減らせるというわけ」
食欲旺盛……瑠衣ちゃんはそういえば猫⇆人間の変身をした後はご飯をとても美味しそうに、しかもお米を三杯くらい食べていた……。
さらに彩芽さんは続ける。
「猫又が生物兵器と呼ばれる所以は、猫又自身が人間と交配が不可能だということ。それなのに、飼い主を虜にして自分以外を見えなくしてしまう能力を猫又が持ってるからよ」
「……それが人間から生殖機能を奪うということ?」
「そう、猫又と大恋愛をしてしまって、子を成せない性行為を繰り返し、子孫を残せないまま老いて寿命を迎える。要するに次の代に繋がらず、あなたが一人っ子なら家系の血はあなたの代で途絶えることになる。こういうことが数多くの人間で起きてしまったらどうなるか、以前にも説明したよね?」
「ああ……」
「人口が減り続け、経済が破綻し、国が滅亡し、人類滅亡の危機を招く。だからそうなる前に始末する。それが退魔師の仕事」
瑠衣ちゃんのことを思い浮かべてみる。あの子は純真無垢で素直で、とても可愛い。なにより健気で大切にしたくなる。それが離れられなくする能力だっていうのか? いや違う。それは能力じゃなくて瑠衣ちゃんの魅力だ。だから僕は瑠衣ちゃんを離したくない大切にしたいと思っているんだ。
「瑠衣ちゃんは……そんなことしない……。あんな良い子なんだ。あんなに可愛くて、あんなに純粋なんだ。ただ僕と一緒に居たいだけなんだ」頭の中で、僕が寿命を迎えて数百年後に人口が減り続けた人類が滅亡するのと、大好きで守るべき存在の大切な瑠衣ちゃんを失い、永遠に会えなくなることのどちらが嫌なのか考えた。が、そんなのはわかりきっている。後者だ。瑠衣ちゃんを失ったら、僕はもうこれから先の人生は空っぽになる。消えた瑠衣ちゃんのことばかりを思い出して、ただ空虚に生きるだけで誰とも付き合わず結婚もせず人生を終える。どちらにしろ子供なんか作らないだろう。同じ子供を作らない人生なら瑠衣ちゃんと一緒に生きて充実したまま寿命を迎えた方が、よっぽど幸せである。
「それに僕はもう瑠衣ちゃん無しじゃ生きられない……生きていけない……」彩芽さんの言葉に思わず反論した僕だが、自分で言ってて情けなくなるくらい弱々しい声だった。すると彩芽さんは小さくため息をついた後こう言った。
「あなたは既に猫又の瑠衣から魅了されているわ。こうなるともう手遅れ。たとえわたしたちが無理矢理あなたと瑠衣を引き剥がしたとしても、もう他の女性には目も向かなくなるだろうし、子孫を残そうともしなくなる。あなたは猫又による犠牲者なの。こういう犠牲者を増やさないために、わたしたちは事前に猫又を祓うということ」
「……」
僕は何も言えなかった。だってそうだもん。今の僕は瑠衣ちゃんと一緒に居る為に生きているようなものだから。
「猫又は瑠衣だけではない。他にも多数存在しているの。その猫又は誰かに拾われる前に祓わなければならない」
彩芽さんの話を聞いてると、どうやら他にも猫又が存在しているようだけど、ぶっちゃけると僕にはそんなのはどうでもいい。
「僕の瑠衣ちゃんだけは、瑠衣ちゃんだけは勘弁してください。お願いします……」僕は必死だった。
「とりあえず、あなたにはもっと重要なことを教えておかなければならないから」
「重要なこと?」
「ええ、猫又が生まれてしまった原因をね」彩芽さんはポケットから何かを取り出した。ネームカードのような物である。そこにはこう書いている。
『遺伝子工学研究所 研究員 桜守彩芽』
遺伝子工学研究所……? 研究員? えっ、彩芽さんは巫女で退魔師じゃなかったのか……?
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