葬式のにぎわい

湾多珠巳

葬式のにぎわい


「いいお葬式ですねえ」

 館山が心から感じ入ったように小声で言った。

「葬儀会社のお任せコースなんてもっとドライな雰囲気かと思いましたが、充分感動的です」

「そうか」

 私はやや苦笑気味に短く返した。研修に入って間もないこの後輩は、地方の出身で、都市圏の時流にやや乗り遅れている感がある。多分葬式そのものの場数もあまり踏んではいないだろう。まあ、自分の仕事に感動を見つけるのはいいことだ。どうせ今のうちだし、浸らせておこう。

「それにしても、この時代によくこれだけの参列者が集まりましたね」

「意外か?」

 私の意地悪い響きには気づかず、館山は、はあ、と頷いた。

「まあ、故人の知名度をどうこう言うつもりはないんですが、ネット葬儀も珍しくないのに、市井のご老人に百名近くもってのは……」

 すでに葬儀はあらかた終わっている。焼香も読経も終わり、あとは故人へ今一度別れを告げ、棺を閉じて見送ってもらうだけだ。かつてはさらに火葬場まで大人数が付き添ったと言うが、今やその手の習慣はすっかり廃れてしまっている。事実上、式典の九九パーセントは終わっていた。

 何十人もの人々が、涙をこらえて棺の周りで別れを惜しんでいる様子は、確かに悲しい中の美しさがあった。ますますしみじみした声で、館山が感想を続ける。

「何と言っても、親類縁者が全員ぴしっと揃ってるのが素晴らしいです。人生の別れはこうでなくては。僕も一昨年祖父を亡くしましたが、みんな仕事仕事でろくに集まれなくて、弔電だけで済ませる連中ばかりだったのが残念で……。それに比べてこの故人は……」

「ふむ、じゃ、その辺りから種明かししていこうか」

「え?」

 喪主を務めていた故人の息子が近寄ってきた。白髪混じりの初老の男性で、人当たりもいい公務員だった。このたびは通夜から何から全部お世話になりまして、などの挨拶と共に、何度も頭を下げてくる。

 スピーチも立派だったし、本人は盛岡の公務員だと教えてあるから、館山はますますこの喪主に好感を持ったようだ。忙しい中をわざわざ東京までご苦労様です、と、研修生の身分でねぎらいの言葉までかける始末だ。

 点をつけるなら満点そのものの喪主が、ちらりと腕時計を見た。その途端、

「では私はこれで」

 と、一言だけを残すとあっさり背中を向けた。のみならず、彼の姿は蒸発するようにかき消えてしまった。

 館山はしばらく茫然と佇むばかりだった。たっぷり三十秒は経ってから、しゃっくりみたいな声を切れ切れに発した。

「せ、せ、先輩、今、今の人……」

「何だい?」

「り、立体映像だったんですか!?」

「気がつかなかったのか?」

 めいっぱい白々しく私は答えた。だが館山は私に抗議するでもなく、すっかり肩を落とした様子で喪主の消えた空間を見つめたままだ。

「まあ、こういうことだ。立体映像でいい代わりに喪主を務めることを承諾したんだから、あれでまだ他の遺族よりはましなんだぞ」

「はあ……そういうものなんですかね……」

 はっと気がついた館山が、棺の横を振り返る。今の今まで心のこもった葬式を確信していた彼は、泣きそうな顔になった。十人は居並んでいたはずの遺族は、軒並みいなくなってしまっていた。もちろん、本物の足を使って帰った人間なんて、いやしない。

「み、みんな幻だったんですか!?」

「幻と言っては失礼だ。半分の人間はリアルタイムで式典の間中、送信スキャナーの中にこもってたんだから、その努力は認めてやれよ」

「は、半分って……」

「ああ。……その、何だ、三割は葬儀用の、いわゆる代返シミュレーターで、二割は替え玉……というか、汎用代理アバターを送ってきてる。まあ、金をかけて本人の姿なり名義なりだけでも列席したんで、完全な欠席よりは誠意があると――」

「何てことだ! 間違ってますよ、こんなの!」

 ついに彼は葬儀場の片隅で叫び声を上げた。入社試験の時は重役達の前で、〝理想の葬儀〟について滔々と十分ぐらい語り続けたと言うから、ショックは小さくないだろう。

「こんなことじゃ、冠婚葬祭も何もないじゃないですか! 全く、立体映像なんて普及してからろくなことに――」

「主任、そろそろいいですか?」

 司会を務めていた若林が近寄ってきて尋ねた。私はちょっとだけため息をついた。館山に目をやった若林は、同情半分、苦笑い半分で頷いた。

「では、本日の葬儀はこれで終了します」

 司会の一言の直後、館山が見せた表情は、ケッサクでもあり、悲痛でもあった。

「参列者の人達は!?」

 葬儀場は無人だった。我々葬儀社員以外に人間はいない。もちろん坊さんも、使い回しの業務用電子データだったのだ。

「みんな……みんな立体映像だったって言うんですか!?」

「いや、それですらない」

 もしかしたらこいつ、明日には辞めてるかも知れないな、と思いつつ、私は努めて無感情に説明した。

「全員フィクショナル・アバターだよ。どこの誰でもない、葬儀用の仮想人格映像さ。……仕方ないだろう。この孤立化の時代に、下町で一人暮らしだった年寄りの葬式になんか、誰も足を運びゃしないよ」

「道理で葬式映えのする人が多いと思った――」

 館山はむしろ怒りの方向に自分の感情をまとめようとしているようだったが、それもうまくいかず、ただただ混乱していた。さすがにちょっと不憫になって、少し休めよ、と言おうとしたその時だった。館山が不意に、かっと目を大きく見開いたかと思うと、傍らの棺に突進した。

「おいっ、何を」

 制止する間もなく、館山は棺本体に取り付いた。乱暴に上ブタを掴むと、薙ぎ払うような動作で横に滑り下ろす。死装束の老人の全身が露わになった途端、館山はそのまま棒立ちになった。

 私たちが慌ててその横に駆け寄ると、彼は棺を暴いて何をするでもなく、ひたすら老人の遺体を凝視している。こちらはただあっけにとられるばかりだ。館山は荒い息をつきながらしばらく動かなかったが、やがて、少しだけその口元が微笑みの形に緩んだ。

「館山君……」

「すみません。急に不安になったんです。……その、本当にご遺体があるのか、と」

 ちょっとショックが強すぎたか。私もいたずらが過ぎたかも知れない。が、研修社員として、あるまじき振る舞いであるには違いない。

「こんな行動は本来なら始末書程度じゃ済まないぞ」

「申し訳ありません」

 ようやく落ち着いた館山は、私に向かって深々と頭を下げた。

「まあ、気持ちは分かる。君も、かなりの衝撃だったのだろうが」

「お詫びの言葉もありません」

「詫びるんならご遺族にするべきだろう。と言っても、みんな帰ってしまったがな」

 私はその辺で冗談に紛らわせるつもりだったが、彼は今更ながらすっかり恐縮してしまって、低頭したまま何も言わない。

 ぽん、とその肩を叩いてやった。

「今日の研修はここまでにしよう。明日も朝から予定が入っているから、遅れないように」

「あの、僕は」

「早帰りなんてできるのは研修期間だけだぞ。せいぜい今のうちに楽しておけ」

 神妙な顔で唇を噛んだ館山は、もう一度深々と頭を下げると、式典室を出ていった。

「ずいぶんお優しいんですね」

 一人だけ残っていた若林が、冷やかすように言った。私はふん、と鼻を鳴らしてから、つい本音で言い返した。

「あの様子では、当面はこの先の作業など見せられるもんじゃない」

「ごもっともです。まあ、段階を踏んでいくしかありませんよ」

 この先の作業、と言っても、中身はおそろしく単純かつ短時間で終わる。

 まずネットワーク画面でクリックを一つ。それだけで、故人の魂はたちまちヴァーチャル霊園の中に転移する。要するに電子過去帳への登録だが、昔の習慣で言えば、故人の霊をあの世まで見送る手順一切が、指先一つの動きで済んでしまうのだ。

 次に、棺台の裏についているボタンをひと押し。それだけで、棺の底が遺体を載せたまま地階まで下降し、そのまま処理カプセルの中に入ってくれる。カプセルは自動で加水分解処理を行い、一昔前の火葬場と同じ仕事を、低価格、低環境負荷で行ってくれる。

 つまりは、魂を抜く作業と、遺体を消す作業。

 ひと頃の文化や風習によっては、何十日もかけて村全体で行ってきたと言われる仕事が、今はほぼ無人の部屋で一分以内に手はずが整う。

 それではあまりにも寂しすぎるからと、私と私の同僚たちは、非公式ながらせめてもの儀式を装って、魂と肉体を"お見送り"するようにしているのだ。

「館山君が、これをやるまで続いてくれるといいんだが」

 私がしんみりした声で言うと、若林は能天気とも言える声で、

「案外彼なら、この作業にも前向きに取り組んでくれるのでは? 一つのことだけ割り切れば、これほど立派な葬儀は、今時ないですよ」

「……正直、これはちょっと罰当たりではという気が最近はしてるんだがね」

「いいじゃないですか。自分の考えでは、これこそが今の時代の正統派葬儀ですって」

 そうだな、と少しだけ微笑を浮かべてしまう。別に費用がかかっているわけではない。けれども一面で、これほど心のこもった行動はないのかも知れない。

 私は部屋の隅にあるコンソールに向かい、ネットワーク画面を呼び出した。老人の魂を、これからワンクリックで永久霊園に届けなければならない。だがその前に一つだけ、マニュアル外の作業があった。コンソールの予備ウィンドウに、目立たないように作ってあるボタンが一つ。

「さあ、ひと働きしてくれ、諸君」

 たちまち式典室は、無数の喪服姿で溢れかえった。葬儀に居合わせていた面々とは別のデータ、「魂送り用」の、社内有志が作り上げた高精細4D ホログラムの群れ。泣いている者、笑っている者、酔っ払ってる者、ディキシーランド・ジャズを吹き鳴らしてる者、もちろん、真摯な顔でじっと遺影を見つめている者も。

「では、いよいよ故人の御霊を彼岸へとお送りする時がやってまいりました! みなさま、どうぞ合掌をお願いいたします!」

 ノリノリの若林は再びマイクを握っている。私は「送信」アイコンに手を伸ばしながらも、あの研修生ならもう少し粛然とした雰囲気にアレンジし直してくれるんじゃないかなあと、少しだけ未来を期待する気分になった。

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