第6話
体育祭が終わり、三年生は受験に本腰を入れる時期となった。
早見が県内随一の進学校を志望していることがうわさされたり、スポーツ推薦の声がかかるクラスメイトが出てきたりと、いつの間にか迫っていた受験を実感する。小テストの内容も、県入試の大門1を抜粋したものに変化し、ひっかけ問題が混ざるようになってきた。
シャンプーを泡立てながら、小テストと矢中のことを考えた。今回は社会なので、しっかり覚えれば満点は取れるだろう。あと何回かの小テストで、彼の夏服姿は見られなくなる。同じ高校に受かれば見られるかもしれないが、こんな至近距離は期待できない。残り少ない時間を存分に使うには、やはり最速で問題に正答する必要がある。そうしたらゆっくり彼を眺める時間を確保できる。
「承久の乱を起こした人はー?」
「えーと、後鳥羽上皇!」
「これさあ、いっつも後白河と混ざるんだけど」
最近はこうして、紗英と問題を出し合いながら登校するのが恒例になっている。
問題を出すほうは前方不注意になりがちなので、答える側が車道側を歩くようにしていた。紗英も弥春も同じ中央高校を志望しており、来年も一緒に登校できるといいね、と話している。気持ちを打ち明けている彼女と進学できるのはうれしいことだ。
「矢中さんて、北高行けないの?」
北高校とは、早見が目指す第一高校の次にランクインする進学校だ。
「いや、いけるんじゃないかな。交通の便悪いけど」
彼の学力なら可能だろうが、あまりにも通いづらいので、弥春の中学からそちらへ進学する人はほぼいない。第一がだめなら中央、といった風潮がある。
弥春は現時点で安全圏にいるので、矢中は安全圏の中でも上位に入っていることが予想された。
「北高の立地の悪さに感謝」
まだ人気のない生徒玄関で靴を履き替える。隣の靴箱にはいつもどおりうち履きが入っている。矢中が来るのはあと30分先だ。
さっさと回答を終えて、弥春は前方の背中に目をやる。彼は弥春と同じく、半そでのワイシャツを持っていない。片肘をついて見直しをはじめると、折り返された袖から細い手首がのぞいた。窓から吹き込む風はほんの少し涼しさを含み、夏の終わりをにおわせる。先延ばしにしたい秋が、迫っていた。
授業の間の休み時間、矢中、早見、内藤の三人が何やら焦った様子で話し合っていた。矢中は比較的落ち着いているが、他二人は頭を抱えている。
「35ページまでじゃないの!?」
「え、俺31までだと思ってたんだけど」
「先生37って言わなかった?31は少なすぎるでしょ」
塾の宿題について話しているらしい。矢中は一番進んでいるため問題なさそうだ。彼らのところは宿題が出るのか、と一つ情報を得る。弥春の塾は基本宿題は出ない。教室内の雰囲気は厳しいが、量的な負担がない分、自分の計画に沿って進められる。彼らの塾とは道路を挟んで隣にあるため、夏期講習期間は時々顔を合わせることができた。まだ夏は終わっていないのに、冬期講習に期待してしまう自分がいる。
「俺終わんないわ」
「いや、がんばればいける」
テキストを広げてうなだれる内藤を励ます彼を目の端にとらえながら、今日は自習室寄って帰ろう、と決めた。
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